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ネットプリント「コンパスは北を指す」(北町南風インディーズ第一歌集)評

 「コンパスは北を指す」は、北町南風のネットプリント(発行期間2022年4/13~21)でインディーズ第一歌集である。表紙を含めた5ページの内容は、短歌「アン イミテーション ティーンネージャー」と、エッセイ「北町の解体新書」からなる。

 「アン イミテーション ティーンネージャー」の短歌は、彼が作歌を始めた高校時代(冒頭の一首は、中学校の授業で作った歌の再現とのことである)と、卒業後「うたの日」に出詠した歌からの自選46首である。
 歌から受ける印象は、言葉遣いの優しさだ。他者や外界への強い批判はなく、人柄のよさも感じられる。歌われた比喩には、読み手を選ぶ強烈な独創性というより、「そこに注目するのは少数派だよなあ」と思わせる、彼ならではの着眼点がある。軽い自虐も交えた可笑しみのある主体の歌も巧みだが、これは、批判を自分自身に向ける内省的な傾向だろう。彼の歌の鑑賞は以前にも書いた(https://note.com/moi_t/n/nbfadac43df0a)が、その時触れた以外の収録歌では、以下のような歌に魅力を感じた。

永遠を信じたいから英文のlastをいつもつづくと訳す
通らない道に知らない今日があり見知らぬ僕もいたのであろう
屋上へつながる非常階段は空へ飛び込む秘密の通路
葉月へとスタッカートがつくやうに防波堤から飛び込む少年
返却日が近づいたので解決を催促される明智小五郎
群青の絵具に少しずつ白の絵の具を足してゆく朝にいる

 46首の歌は、発表順=編年体で章立てなしに置かれている。編年体というやり方には、当然北町の意図があるだろう。テーマに沿った編集を一切退けた配置は、これが現時点での作者の総集編であることを示している。それは、巻末のエッセイを「解体新書」と題していることからもうかがえる。
 歌集の発行日である4/13は、北町の21歳の誕生日であった。つまり作歌開始から20歳の終わりまでの歌の集成を、彼は「イミテーション」と銘打っているわけだ。20歳の自分が依然として10代の自分のままだという恥じらいなのかもしれない。あるいは、20歳までの自分は、まだ自らが目指す本物になっていないという焦燥か。
 いずれにしろ、歌集の発行を区切りとして、彼は次の段階、コンパスの指す「北」を目指そうとしている。歌集の表紙は砂浜の波打ち際の写真であるが、まさにコンパスを手に踏み出そうとする北町の眼に映る光景であろう。コンパスに導かれ、海に向かって歩くように作歌してきた20歳までの北町が、波打ち際にたどり着いた今、その先の海へどう進んで行くのか楽しみである。

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