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ゆっくんがあらわれた 短歌ネットプリント評

 「ゆっくんがあらわれた」さん(以下「ゆっくん」)は、中学2年生の少年歌人として「うたの日」等の短歌サイトに作品を発表している。そのゆっくんがネットプリント(以下「ネプリ」)を発行したとのことで、さっそく読んだ。

 ゆっくんの歌の特徴として、作中主体は作者と等身大の少年という印象を与え、内容もその年代の日常を取り上げた歌が多いということが指摘できる。その特徴は、このネプリにも表れている。

 ネプリの最初には「令和四年 遊君中学校二年 三学期定期考査 国語/2年2組 13番 名前 ゆっくんがあらわれた」とある。本文を含めすべてゴシック体のフォントの中で「ゆっくんがあらわれた」だけが教科書体となっており、手書きで記名した雰囲気を醸し出している。読み手に公開されている作者像を生かしたテスト仕立てであり、末尾には点数を記載する枠もある。本文の章立ても、問題1~3、となっている。

 最初の章は「問題1 小学生の思い出をあなたの歌で十首作ろう」。雨に濡れたダンボールの秘密基地が壊れて泣いた1首目から卒業式の10首目まで、作中主体の成長に沿って歌が並ぶ。

ランドセル計算ドリル黄色帽ドッジボールとお別れの春

 卒業を迎える光景を詠んだ9首目。上句の名詞の畳みかけは、小学校生活を象徴する具体的な事物として適切であるばかりでなく、視覚的な漢字と片仮名のバランスも良い。また句の末尾が「る」(ランドセ「ル」、ドリ「ル」、ボー「ル」、は「る」)で韻を踏んでおり、音読してもリズミカルである。言葉へのセンスの良さが感じられる歌だ。

 続く章は「問題2 友情の歌恋の歌リアルな今を三十一文字で」10首。中学生の日常場面のあれこれが描かれている。

土曜日の部活の後の昼食のおむすびの具は塩だけがいい

 「の」の繰り返しからは、石川啄木「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」が連想される。構造的な本歌取りと言ってもよいかもしれない。「土曜日」という大きな場面から徐々にピントが絞られ、最後にアップになる具のないシンプルなおむすびは、部活に集中する主体そのものなのかもしれない。また、

お祭りでじゃがバター買う気になる子あっちに行ってから買いに行く
髪の毛の色が変わった気がするがそこにはあえて触れないでおく
ちょっとだけ手伝いのいる友がいて頼られるのがちょっとうれしい

の3首は、思春期ならではの距離感が感じられる歌として印象的に残った。

 最後の「問題3 少ししんどい思い出もこの場で全部吐き出しましょう」は、病院(小児病棟)を舞台にした5首で構成されている。この中では

手術前大丈夫だととなりの子おれは何度かやっているから

がよい。大人でも怖さを感じずにはいられない手術を「何度かやっている」という過酷な経験。その経験に裏打ちされた「大丈夫だ」という言葉は力強いが、その裏にさまざまな仲間への思いを含んでいるであろう。この「となりの子」の存在感に圧倒される。

 上記のような歌を楽しみながら読み進めたが、その一方、読んでいてひっかかる歌もあった。「ポケモンのレベルが上がるみたいにさ自分のレベルアップするかな」の下句は、文法的にしっくりこない。7・7の定型に合わせようとしたのか、あるいは何か表現上の意図があったのかもしれないが、私には「自分『も』レベルアップするかな」の「も」を書き誤ったと読めてしまった。また「もしかして死んじゃうかもと泣いていた親帰宅後の小児病棟」の歌では、「親帰宅後」という言い回しがぎこちないこと、泣いていた子どもに焦点をあてた歌なのに、結句の「小児病棟」というのが広すぎる場であることが気になった。たしかに「小児病棟」は7音で定型に納まる言葉ではあるが、この歌では「泣いていた」「親(の)帰宅後」という状況から対象が子どもであることは分かるので、「小児」を消して「親が帰った後の病室」や「親が帰った後のベッドで」などとしてもよかったかもしれない。この章で歌われている舞台が小児科の病棟であることは、全体を読めば読み手に伝わる構成になっている。

 本作は、倒置法によって句の音数に合う言葉をもってきたり、長い片仮名語は句またがりを利用したりすることで、全般的に5・7・5・7・7・の定型に沿った読みやすい作品が集まっている。具体的な物や事実を語る言葉が多く、感情を表す言葉や形容詞が少ない歌が多いが、これは作り手が、歌中における感情を安易に描かずに読む側にゆだねると同時に、読み手に歌を読み解くのに十分な情報を提示しているということであり、好ましい作りであると思われた。うたの日などに1首単位の歌を発表し続けてきたゆっくんであるが、最近はものすごい勢いで連作も発表している。伸び盛りのゆっくんに、これからも注目していきたい。

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