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重い腰を上げるために整体も忘れない。

10月とな。
個人的には1年の終わりを3月に設定している節があるので、あまり年末感はないのだが、周りがあまりにも年末年末しているので、毎年流され気味ではある。
今年はどうだろうか。
 
前回ミーハーの話を書いたのは、知人と話している時に「やりたい事は後回しにするな」という助言を賜ったからだ。
そこには勿論、年齢の問題もある。
時間との闘いは無視できない。したくないんだけど。
ミーハーを足せばフットワークは自ずと軽くなるし、人生が豊かにもなろう。
 
私は観劇・映画鑑賞・音楽ライヴといった類のエンターテインメント参戦がライフワークであった。コロナ前までは。
その後、人類が引きこもり、それらの全てが寸断され、更に人より長めに引きこもった私は「フットワーク…?」とその言葉の意味すら見失うと同時にライフワークも失った。
 
いつの間にか戦争が始まっていたり、世界情勢や国内政治に絶望するような、ある意味日常ともいえる毎日が坦々と過ぎていき…。
 
よし、やるぞ。
 
まるで逆切れでも起こしたかのように、私はやる気を出し始めている。
観劇もライヴもガンガン行ってやるぞ、と。
遠方まで行っちゃうぞ、と。
メメント・モリだぞ、と。
攻め倒すぞ、と。
ちょうど今、全身がそこそこ痛んでて、ライヴに耐えうる体力があるかは疑問だが、そこはミーハー気力でカバーしたい。
だからお願い、抽選販売に当選しますように。
 

あとは
去年から始めた英語の勉強アプリだが、今年の春には制覇してしまい、やる事がなくなっていたのだが、再開したいと思う。
他のアプリでもいい。
続ける事とアウトプットが大事だ。
 
幼少の頃、何故か我が家には【小林克也のおしゃべりアメリ缶】が存在した。
若い人には一体何のダジャレか、としか受け止められないだろうが、要は、小林氏監修の英会話教材である。
カセットテープ群が大きい缶に収められた、アメリカと缶をモジった商品である。
両親のどちらかが購入したものなのだが、当然、二人がその缶の蓋を開けているところを見た事はない。決して安くはなかっただろうに…。
 
私は幼稚園の頃から洋楽に没頭するような気色の悪い子どもであったため、その缶に興味を抱き、禁断の蓋を開けたのだ。
 
カセットテープを再生すると、超ええ声の小林氏が登場するのである。
監修どころか、出演者だ。
そんな彼の教えは、子どもの私にはとてもユニークで斬新で楽しいものだった。
 
シチュエーション毎に様々なテキストが細長い小冊子としてあるのだが
まずはそのテキスト通りに読み上げる。
次に、彼は、まぁ有り得ない遅いスピードで一音一音読み直す。
今で言うと0.25倍速だ。
日本人には馴染みのない子音をちゃんと聞かせる目的があったと思う。
そして今度は、ラップ調、しかも早口に読む。背後にはビートもかかっていたような気もする。
とにかく想像以上に早口だった記憶がある。
(読む順番は違うかもしれないが)
 
今思えば、
このアメリ缶は、単語のボキャブラリーを増やすだとか、お決まりのセンテンスを覚えさせるよりも
如何に発音をネイティヴ並みにさせるか、という事に特化していたと感じる。
 
実は私は今これがやりたくて仕方がない。
なぜ捨てた、親よ。
カセットデッキは再販されているんだろう?CD版もあるらしいが、俄然カセットだろう。
 
といった具合で
私のミーハーぶりは早くも王道を外れつつある。
 
楽しんだ者勝ちですからね。

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