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エレクトロニカは何を夢みたのか?⑥/エレクトロニカの時代の終焉

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"細野晴臣
「エレクトロニカもそうだったんだよ。みんなが同じ様な事をやるようになると面白くなくなっちゃう。」"

2003年辺りをピークにエレクトロニカのサウンドは新鮮味が薄れ、誰もが同じようなグリッチサウンドを奏でるようになっていた。ハードウェアのプリセットの制約から離れ、リズムや音階から自由になろうとしたはずが、気づけばエレクトロニカという音色のイメージが固定化され、その枠を越えようとする表現は生まれなくなりつつあった。初期のエレクトロニカから感じられるのは、音階やリズムと倍音が整理された西欧的な音楽からの脱却や、それまでの音楽の形態を構造から見直し換骨奪胎を目指した未来の音楽だった。近代クラシックや音楽に限らずビートニクスやニューエイジなど、この100年の欧米のカルチャーは西欧の構築美から脱却しようとする流れがあった。エレクトロニカの本来の姿はこの流れの中にある。
エレクトロニカが夢みた未来の音楽は、僅か数年で過去の音楽に成り下がり始め、スタイルが形骸化した事と多くの人がラップトップPCから離れてフィジカルな演奏やアコースティックな響きに回帰していった事で終焉を迎えていく。
冒頭の細野晴臣のコメントにあるように、サウンドが平均化され新鮮味が失われてしまった事により多くの人々の関心が離れてしまった。今回はそれを駄目押しするように起きた二つの出来事を振り返っていきたい。一つはエレクトロニカというムーブメントを常に否定していたオヴァルのマーカス・ポップに起きた出来事、もう一つは2004年に起きたディストリビューターの倒産に関連する出来事がエレクトロニカの終焉へと導かれていった。

オヴァルプロセス

2000年にオヴァルのマーカス・ポップはソニーからの出資でオヴァルプロセスというソフトウェアの開発に取り組み始める。このソフトは「誰でもオヴァルになれる」というテーマの元に開発が進められていた。(当時、青山のスパイラルで期間限定で実機が展示されたこともあるため、実際に触った事がある人もいると思う)

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マーカス・ポップは自身の創作過程や、音楽的な影響元を明らかにせず、ゲーマーであることを公表しながらどのようなゲームをしていたかなどは一切明かされていなかった。過去の作品と結びつける事は不要で、今ここにあるものが全てだというマーカス・ポップのスタンスから、秘密裏な彼の創作スタイルの一端が垣間見えるこのソフトに色々な人が関心を示していた。しかしこのソフトウェアを巡るある出来事がきっかけで、2001年から長い沈黙に入ったのではないかと推測する。
2001年5月。マーカス・ポップは青山のドイツ文化会館でオヴァルプロセスについてのシンポジウムを行なった。ゲーム感覚で操ることで「誰でもオヴァルになれる」というこのソフトウェアについてのレクチャーだったものの、パネリストとの軋轢が生じてしまい険悪なムードのまま終わりを迎えた。僕もその場にいて聞いていたが、20年前のことである事と後半の会話のペースが早く聞き取りきれない部分も多かった。マーカスとパネリストのやりとりで印象に残っているのは、パネリスト側から「用意された音がオヴァルの音ならばそれはオヴァルのサウンドになるのは当然。ゲームのようなものとはどのようなゲームを指しているのか?」という質問に対しマーカス・ポップの逆鱗に触れ、壇上の雰囲気が荒れに荒れてしまった。マーカス・ポップはしきりにオヴァルの音楽について「これはパンクロックだ」と何度も口にしていたのも印象的だった。マーカス・ポップのストリートカルチャー的視点と、パネリスト側のハイカルチャー的視点は交わることがなく泣き別れする結果となった。エレクトロニカは現代音楽サイドのハイカルチャーと、クラブミュージックから連なるストリートカルチャーが交差したはずが、このシンポジウムで分断される結末として印象に残る出来事だった。
この時の詳細は以下のサイトでその断片が書かれている。

2001年のアルバム「オヴァルコマース」以降、長い沈黙に入ったのは(間にSo名義のアルバムをリリースしている)このシンポジウムがきっかけになったのではないかと思う。この後オヴァルプロセスの開発は暗礁に乗り上げ中断。オヴァルは沈黙の後、約10年後にアルバム「O」で復活。2011年の「オヴァルDNA」のDVDでそれまで秘密を貫いていたゲームで遊ぶ様子や、DAWソフトウェアLIVEで音楽制作をしている姿が映し出されていた。過去作のサウンドファイルや新たなソフトウェアであるオヴァルDNAのダウンロードクーポンも同梱され、それまでの黙秘が嘘のように全て開けっぴろげに公開されていた。2000年代初頭のエレクトロニカブームの頃に一線を引こうとしていた彼の姿勢は、10年の時間を置いて氷解する事となる。

ディストリビューターの倒産によるミル・プラトーの連鎖的な倒産

2004年初頭にドイツのインディー業界で事件が起こる。多くのインディペンデントレーベルを配給していたドイツのディストリビューターEFAが倒産。その影響で連鎖的にミル・プラトーも倒産に追い込まれ閉鎖。一時的に多くのレーベルが配給元を失い流通危機を迎えた。現在のような新譜も旧譜も瞬時に触れられるサブスクのようなインフラが無い以前に、まだYoutubeも存在していなかった時代である。itunesやダウンロードが普及し始めてはいたものの、まだフィジカルのリリースのシェアが大きかった頃という事もあり、インディレーベルは大打撃を受けていた。
エレクトロニカの中枢レーベルであるミル・プラトーが閉鎖された事で、その前から漂っていた閉塞的なムードに対して駄目押しするかのようにムーヴメントは一気に収束し始めていった。
90年代後半から始まったエレクトロニカのムーブメントは2004年で完全に終わりを迎える。その後もアルヴァ・ノトや池田亮司らのように、現在も継続してマイクロサウンドを追求する人々や、各々のレーベルは存続しながらもこの頃の熱気は完全に霧散してしまった。エレクトロニカが発していた熱気はやはりこの時代の中にある。エレクトロニカのフォロワーは度々登場しているものの、あらゆるジャンルが集結したこの時代の混沌としたムーブメントまでは今のところ至る事が無い。
エレクトロニカを語る上で、この2004年までの状況を知らなければ何を指すジャンルなのかは見えてこない。未来を夢見たエレクトロニカはすでに過去の産物となり、未来の音は過去の音になってしまった。

エイフェックス・ツインの沈黙と復活

99年の「Windowlicker」と「Drukqs」リリース後にエイフェックス・ツインは長い沈黙に突入する。これまでエイフェックス・ツインをあえて取り上げなかったのはいくつか理由がある。エイフェックス・ツインはエレクトロニカに影響を与えたノイジーな音楽を作ってはいたものの、グリッチやマイクロサウンドとは表現や構造が異なる。アルヴァ・ノトやオヴァルの音に比べると明らかに表現のフィールドは異なるし、例えば「クリックス+カッツ」の曲目にエイフェックス・ツインの曲が入る余地はなかったと思う。メタシンスなどグラニュラーなソフトは使用していたものの、エレクトロニカのサウンドに比べると明らかに構造はテクノ寄りなスタイルであった事と、エレクトロニカという時代のサウンドに対して自身の楽曲との距離感から限界を感じていたようにも感じる。これらを踏まえて①の回で触れた広義なニュアンスを含むIDMと、今回時代を絞った狭義なエレクトロニカのフィールドの違いを考えると、それらは近い所にいながらも明らかにアウトラインの境界線がある。境界線の外側にエイフェックス・ツインが存在すると考えられる。
こういった出来事を裏付けるように、2014年の復活作「サイロ」のジャケットにはアイロニックなまでに使用したハードウェアの名前が羅列されている。2010年代に入った頃から、ソフトウェアからハードウェアの回帰が始まり、時を同じくしてエレクトロニカの呪縛から解かれた宣言としてハードウェアの名前が羅列があったのではないだろうか。時は来たれり。グリッチ/クリックが時代と主に古びた事と、ハードウェア回帰の土壌が整ったからこその高らかな宣言がこのアルバムには刻まれている。
そんな一方、面白いのは99年にリリースした「ドラックス」の時点でその後のフォークトロニカを予見したような音楽性が含まれていて時代を先取ってもいた。

エレクトロニカの時代を近い場所で歩みながら、その輪に入らずに影響を与え続けたエイフェックス・ツインはエレクトロニカとは別軸ながらも、切っては切れない存在とも言える。この辺りはスクエアプッシャーやボーズ・オブ・カナダなどワープ所属のミュージシャンとエレクトロニカの関係性に近い。

エレクトロニカの終焉

細野晴臣は数年前のインタビューで当時流行ったソフトやプラグインが現在は一切使えなくなってしまったと語っていた。数々のソフトウェアやプラグインはOSのアップデートとともにロストテクノロジーと化し、全ては時代の徒花として消えていった。中心にあった3大ソフトウェアのMAX、リアクター、スーパーコライダーは現在でもアップデートを続けているものの、その他にあった多くのソフトは使えなくなっている。時代の終焉はジャンルの終わりだけでなく、テクノロジーの一つの終わりでもあった。

次回は2019年にリリースされたエレクトロニカを彷彿とさせるあるアルバムを軸に、これまでグリッチ/クリック/マイクロサウンドで括り切れなかった音楽を振り返っていきたい。

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