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【本】長距離漫画家の孤独/エイドリアン・トミネ

かつてアメリカンオルタナティブコミックが一部で流行った時からもう20年近く経つ。ダニエル・クロウズのゴーストワールドがブームの発端だったと思うのだけれど、それ以外にもジム・ウードリング、クリス・ウェア、アーチャー・プレウィット(シー・アンド・ケイク)、そしてエイドリアン・トミネらのコミックが翻訳されて立て続けに出版されていた。その中でも一番心を惹かれたのがトミネの作品で、アメコミ=ヒーローものというイメージから程遠い物語である事と、何よりレイモンド・カーヴァーの様な世界を描いたコミックがある事が大きな驚きだった。そもそもトミネを知ったのは、2001年にプレスポップが発行したフリーペーパーに載っていた短編のひとつで、その話が収録された「スリープウォーク」の邦訳が出たのが2003年と、出版まで少し開きがある。

beamsが出版していたIn the cityの表紙や、ニューヨーカー誌の表紙など頻繁にではないにしろ、彼の近況は度々見かけていたので順調にキャリアを築いているのだなと思っていた。

そのあとかなり間を置いて邦訳版が2015年に「サマー・ブロンド」、2017年に「キリング・アンド・ダイング」が出版されて今年2022年に「長距離漫画家の孤独」が出版された。更に同じ時期に、トミネのコミックを原作にしたオーディアールの「パリ13区」の公開と、決して多くはないもののトミネに触れる機会がコンスタントに訪れていた。
「長距離漫画家の孤独」はトミネの半生を綴った自伝のコミックで、A24とアリ・アスター(ヘレディタリー、ミッドサマー)でアニメ化も決まっているらしい。そんな順風満帆な表向きな印象の反面、漫画自体はトミネの斜に構えた、悲観的で屈折した人間性が全開でついつい笑ってしまう。やたらと死ぬことへの恐怖を繰り返すウディ・アレンの映画みたいでもある。人に囲まれていると独りになりたくなり、独りになると寂しさを感じる。人といる事に苦痛を感じる人間は誰でもこんな感じだと思う。徐々に人気作家へと上り詰めていってるはずなのに、全編失敗談ばかり。
サイン会を開いては人が来ない。特に印象に残るのが日本でのサイン会(タワレコ渋谷?)のシーンで、ダニエル・クロウズのゴーストワールドにサインを求めるやりとりは読んでいるこちらも苦笑する。
トミネの名前は日本で紹介され始めた頃、トミーネやトゥーマインなどと書かれた物が多々あったが、本作の中でも発音の間違いが沢山出てくる。日本で言うところの音読み訓読みみたいな所というか、僕も名前をよく間違えられるので、この感覚はよく分かる。まあ英語圏でトミネって普通に読む人の方が少ない気もするけど…。
グチとぼやきと後悔と心配性のデパートのようなトミネの姿はとにかく面白い。彼の作品が何故ああいった作風なのか。人となりをみていると見えてくものがある。
福満しげゆきの「僕の小規模な生活」にちょっとノリが近いのかもと思った。

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