見出し画像

ジョアン・ジルベルトガイド㉓/JOÃO GILBERTO LIVE IN TOKYO SPECIAL Blu-ray BOX


※2021/4/30
ライブ音源がサブスクにアップされていたので追記しました。

ジョアン・ジルベルト初の公式ライブ映像が高画質のブルーレイでリリースされた。2006年の3回目の来日時のライブから11月8日と9日から抜粋した内容で、両日とも2時間ほどの演目だったがその中からチョイスされたもの。
曲目は以下の通り。

1.Ligia(Antonio Carlos Jobim)
2.Pra Que Discutir com Madame?(Janet de Almeida - Haroldo Barbosa)
3.Morena Boca de Ouro(Ary Barroso)
4.Doralice(Antonio Almeida - Dorival Caymmi)
5.Da Cor do Pecado(Bororo)
6.Tim Tim Por Tim Tim(Geraldo Jaques - Haroldo Barbosa)
7. Retrato em Branco e Preto(Antonio Carlos Jobim - Chico Buarque)
8.Samba de Uma Nota So(Antonio Carlos Jobim - Newton Mendoca)
9.Estate(Bruno Martino - Bruno Brighetti)
10.Samba da Minha Terra(Dorival Caymmi)
11.O Pato (Jayme Silva - Neuza Teixeira)
12.Corcovado(Antonio Carlos Jobim)
13.Aguas de Marco(Antonio Carlos Jobim)
14.Treze de Ouro (Heriverto Martins – Marino Pinto)
15Desafinado (Antonio Carlos Jobim - Newton Mendoca)
16.Pica-Pau (Ary Barroso)
17.Meditacao (Antonio Carlos Jobim - Newton Mendoca)
18.Aos Pes da Cruz (Marino Pinto - Ze da Zilda)
19.Bim Bom (Joao Gilberto)
21.Chega de Saudade(Antonio Carlos Jobim - Vinicius de Moraes)
21.Garota de lpanema(Antonio Carlos Jobim - Vinicius de Moraes)

まず聴きどころは「Treze de ouro」と「Pica-Pau」の2曲。公式の音源ではリリースされていなかった曲で、特に70年代以降あまり演奏しなくなったマルシャのリズムでコミカルな曲調の「Pica-Pau(キツツキ)」が音源としてリリースされたのが嬉しい。この曲はライブで聴いて特に印象に残っていたのでやっと公式で聴くことが出来た。
そしてファンの間で注目されているのが「Aguas de Março」。73年のアルバムやスタン・ゲッツとのアルバムやライブとも違った、歌を詰めて早口のように畳み掛ける演奏はライブで聴いた時も早いと感じたが、やはりスリリングな瞬間が収められている。この曲のアウトロで元になった「Eu é vocé」のアウトロのスキャットを再現していて、堪らない演出が施されている。
全体的な選曲はどちらかといえば多くの人が知っているだろうと思える曲が並び、手堅いチョイスだったと思う。ファンの間で評価が高かった「Ave Maria no Morro」や、未録音の「Solidao」、「Duas Contas」、「Sem Voce」、「Falta-Me Alguem」、「Nova Ilusão」といった曲が収録されなかったのは残念。この年はジョアンの代表曲とも言えるアリ・バホーゾの「Aquarela do Brasil」が演奏されていなかったので当然収録はなし。
ライブでは必ず演奏される「O Pato」ではラストメガネがずり落ちて演奏が終了。深く掛け直すお茶目なジョアンの仕草は微笑ましい。
やはり毎回演奏される曲は演奏も安定していてグルーヴが生まれる。
2006年のライブはパッケージする事を念頭に置いていたのか、四日間のうち後半の二日はラストが「Garota de Ipanema」で締めくくられている。Getz/Gilbertoというマスターピースの中でもボサノーヴァのアイコンとして有名だという理由でこの曲が締めとして選ばれているのはわかるのだけれど、その影響なのかどこかライブ全体に窮屈な印象は否めなかった。それは当時ライブで観た印象と、今回の映像でもその印象は変わらなかった。
あとライブ中で印象に残っているのが、終始「ごめんね、喉の調子が悪いんだ」とジョアンがMCの度に言っていたこと。2003年の「In Tokyo」での神がかった演奏に比べると今回のライブ盤は所々で集中力が途切れてしまっている感もあり、リリースを渋ったのも頷ける。幸か不幸かジョアンのキャリアの中で「In Tokyo」は新たなマスターピースになってしまったため、その後の彼にとってハードルが上がってしまったのは否めない。
そんなジョアンの心情はライブに同行していたというTuzé de Abreuによるツイートで明らかにされていた。翻訳したnorijiさんのツイートを引用したい。

2008年のニューヨーク、サンパウロのライブを観ると分かるのだけれど、体調の悪さからきているのか日本でのライブとは比べ物にならないほど集中力が持続していないジョアンの姿がそこにあった。
亡くなってしまった今ではジョアン・ジルベルトというミュージシャンの最期のピークが「In Tokyo」でのパフォーマンスだったというのが分かる。静寂を凌駕した瞬間がパッケージされたジョアンの真髄がそこにあったのだから。
完全に隠居生活となってしまった晩年の10年はどういう気持ちだったのだろう。

ジョアンフォロワーのヘナート・ブラスのジョアン歌唱集である2014年リリースの「Silencio」をジョアンが聴いて、ヴィオラォンを手にしたというエピソードは常に前に進もうとするジョアンの姿がよく分かる。

とはいえ公式にはライブの映像はリリースされていない事と、キャリアの晩年の姿を完全に収めようとしたスタッフの労力ははかり知れないと思う。今回の映像で改めて感じたのは、国際フォーラムという5000人近いキャパシティの会場で演奏しているにもかかわらず、まるで部屋で演奏しているような彼の演奏に心を打たれた。アンプリファイドされているけれど、一人ひとりに語りかけるように歌うジョアンの揺るぎない姿勢は、長いキャリアで培われたスキルではあると思うけれど、彼の小宇宙をあの空間に築きあげていた。高橋健太郎さんのツイートを見てそれを強く感じた。

ディスクを通じて自由人であるジョアン・ジルベルトと共闘して、その姿をこうしていつでも観ることが出来るのは感謝しかない。ただし同梱されたパンフレットは情報のアップデートがされていなかったので、それをこの連載が少しでも補完出来ればと思う。生のジョアンの姿を観ることは今後出来ないけれど、彼の魅力を少しでも感じる事が出来ればと願う。

2006年のセットリストは中原仁さんのブログに完全版があるので、そちらを参照していただきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?