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第36話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【休日に優衣からのお誘い5】


「ビージェイ担当! やっぱり、これは『組織』のトレーニングなのですか?」亜香里が(お休み中なのに! と思いながら)語気を強めて問いただす。

「小林さん、随分な言い方ですね。3人とも今、自分たちの置かれている状況が分かっていないようなので説明します。まず最初に申し上げますがこの状況を作っているのは『組織』ではありません。強いて言えば、あなた方3人が作り出した世界です」
 ビージェイ担当の説明が予想をはるかに超えていたため3人は言葉が出ない。
「きっかけは、篠原優衣さんが叔父さんの亡くなった原因を知りたいという、強い思いです。ただそれだけなら、この世界を作り出したりしないのですが、小林さんと藤沢さんがその思いに強く反応して行動した結果が、この世界を作り出しました」

「ビージェイ担当の説明の通りであれば、この世界を作り出した諸悪の根源は私たちにあるということですか?」

「そういうことを言っているわけではありません。宇宙には人類に分からないことが未だたくさんあり、いろいろな現象や次元で説明のできない世界がたくさんあります。そのような世界にふとした弾みで紛れ込んでしまうこともあるので、それらの事象に感度の高い能力者補の皆さんには慎重な行動をお願いしたいと思っているのです」
「シュレーディンガーの猫やコペンハーゲン解釈の触りを、大学の教養課程で聞いたことがあるかもしれません。宇宙や世界は単調な一本の線で続いているわけではなく、誤解を恐れずに言えば、重なり合っていると見ることも出来るわけです」
「この世界は皆さんの思いが重なり合った世界の隙間に入り、そのフリーズした世界を自ら正当化するために宇宙人襲来という現象を生み出したのだと思います。皆さんが今居るこの10年前の世界は存在するかもしれないけど、存在しないかもしれないという状態です。充分に理解することは難しいと思いますが、とりあえずそんなものだと思っていて下さい。能力者補をその様な不安定な世界に長く留まらせて置くことは『組織』として好ましくないため、みなさんには出来るだけ早く元の世界に戻ってもらいます。今すぐ、篠原さんの自宅へ戻り、蔵の中へ入って下さい」
 3Dホログラムがフッと消えた。

 ビージェイ担当の説明はよく分からないが、この世界に長くいることが『ヤバイ』と感じたため言われた通り、亜香里たちは優衣の家を目指して走り始めた。
「シュークリームなんとかの猫?とか、紅茶のカップがどうした?って、大学の講義では聞いてないよ。ビージェイ担当の言っていた事、分かった?」
 亜香里は分からないことを食べることに結びついてしまうようだ。

「教養課程でそんなことを習わなかったけど、ビージェイ担当が言っていた2つのカタカナ言葉は量子力学の話だと思う。昔、兄貴からそんな話を聞いた気がする」
「だよね、文系学部の教養課程に量子力学とかあるわけないじゃない。そこはビージェイ担当に突っ込まなくては」
「やっぱり私が、アキ叔父さんのことにこだわったのが良くなかったのでしょうか?」
「優衣は悪くないよ。自分の身内が同じ会社で亡くなって昔のこととはいえ、その原因が伏せられているのだもの。もしも亡くなった原因が職務によるもので会社が知らんフリをしていたら、ブラック企業どころか会社の当該責任者が刑事訴追されるレベルよ」刑法関係は余り選択しなかったが、刑事訴訟法(だっけ?)を思い出す亜香里。
「でも、私たちが原因でこの世界を作ったのだとしたら、なんで『組織』がその事を知っていて、この変な世界から抜け出す助言をしてくれるわけ?『組織』が何か隠しているんじゃないの?」
 詩織の疑問で考え込む3人、そのあとは黙って走っているうちに優衣の家に到着し、そのまま蔵に飛び込んだ。
 蔵の中に入ると、再び3Dホログラムのビージェイ担当が現れる。

「皆さん、ちゃんと戻ってきましたね、これから蔵を出ると元の世界に戻っています。私からは以上です。明日の9時に間に合う様、研修センターに集合して下さい」

「ちょっと待って下さい、たった今までいた世界は何だったのですか? さっき外で聞いた説明ではよく分かりません。あと、今の説明だと今日は日曜日の様ですが、また時間が進んだのですか?」

「小林さん、今回の件は『組織』が行ったことではありませんのであなたが納得するような説明はできません。今までにも『組織』はこの様な現象を確認しておりますが、根本的な原因究明には至っておりません。それと3人がこの世界に入ったことを『組織』が知ったのを疑問に思われている様ですが、それは亜香里さんの持ち物です。前回のトレーニングで亜香里さんが持ち出したブラスターとライトセーバーの所在は、あのあと常時トラッキングされており、その2つが突然消えたため『組織』として急遽調査した結果、皆さんが違う世界に紛れ込んだことがわかったのです。結果論となりますが、小林さんが『組織』のモノを勝手に持ち出したから皆さんが助かったわけです。ですが次回からは『組織』のモノを無断で持ち出さないよう、細心の注意を払って下さい」
「最後に、篠原優衣さんの叔父さんの件ですが、篠原昭男氏がかつて『組織』に所属していたことは事実です。ただし『組織』のミッションが直接の原因で亡くなったわけではありません。今日はこれ以上のことは申し上げられません。この件については、いずれお話しを聞く機会があるかと思います」
「あとひとつ言い忘れてました。皆さんがこの世界に入ってから通常の世界では1日以上経っています。皆さんのご家族には3人で研修に関係する小旅行に行ったことにしております。明日からの研修に差し支えるとお互いに面倒ですので。以上です」
 3Dホログラムが先ほどと同じようにフッと消えた。

「私たちが問題を起こしたけど『組織』が上手くやったから明日からも、ちゃんとトレーニングを受けなさい、という理解で良いのかな?」
「今回は今まで以上に分からないことだらけだけど、亜香里のいう通りみたい」
「私のせいで、お二人を面倒なことに巻き込んでしまって済みません」
「良いって、優衣のせいじゃないよ。とりあえず蔵の外に出て、元の世界に戻ったかを確かめよう」
 3人で蔵の外に出てみると塀越しに車が走る音や、街のざわめきが聞こえてくる。
 玄関から入り、優衣が奥に行くとホッとした声が聞こえてくる。
「カレンダーが元に戻っています、電気も通じています。TVをつけてみますね」
 TVをつけると番組は日曜夕方のニュースが流れている。
「また一日、損をした気がする。今月はかなり日数が欠けているよ」
「亜香里に同じくだけど、まあ仕方ないね。明日に備えて家に帰りますか?」
「お腹空いたぁ」
「こんな時間なので引き止めるのも気が引けますが、有り合わせのもので良ければ何か作りますので、食べて行かれませんか?」
「優衣がそう言うのであれば、ありがたく」亜香里はお腹が空いた顔を隠さない。
「了解、それに付き合います」詩織も。
 2人が喜んでくれそうなので急いでキッチンへ向かう優衣、今日も両親は不在の様だ。
(3人が一日経ってから、急に蔵から現れると不自然なので『組織』が不在にさせたのかも知れませんね)優衣は食事の準備をしながら考えていた。
 10分ほどして優衣が、亜香里と詩織が先程の世界の話を続けているところへ戻って来た。
いちから料理を作り始めると時間がかかるので、冷蔵庫から食材を出して切っただけですが、こちらに来ていただけますか?」
 優衣に案内されて、キッチン横のダイニングへ行く2人。しゃぶしゃぶ鍋が用意されており、横においしそうな牛肉が皿に並べられている。
「とても美味しそうなんだけど、優衣んちって、いつもしゃぶしゃぶ用のお肉を常備しているの?」
「そういう訳ではありませんが、お肉屋さんが時々配達してくれるので」
「なるほど、ではいただきます」
 亜香里はサクッと箸で肉をつまみ、鍋にしゃぶしゃぶさせる間も無く、ポン酢タレに付けて食べる。
「亜香里、それ、ほとんどなまだよ。しゃぶしゃぶなんだから、少しは肉を鍋にくぐらせようよ」
 詩織が指摘すると、優衣が説明する。
「このお肉、今朝、届けられたみたいで、ここのお肉屋さんはいつも牛刺し用のブロック肉を、滅菌した調理器具でスライスして持ってくるので、シートから剥がして直ぐであれば多分大丈夫です」
「そう思ったのよね(単にお腹が空いて、早く食べたかっただけ)どこのお肉?」
「そこのお店は但馬牛か神戸牛しか取扱いがないので、どちらかだと思います」
「どうりで、美味しいはず」
 亜香里に注意をしておきながら、詩織も肉を鍋に一瞬くぐらせただけで口に運ぶ。
「まだたくさんありますので、好きなだけ取って下さい。本当に大事な週末を二日間も使わせて済みませんでした」
「私たちの能力も関係していたみたいだから仕方がないよ。でもこちらからあの世界に飛びたいと思ってもいないのに、変なところに飛んでしまうことがあるのなら、能力を上げるトレーニングをする前に注意事項として教えてくれないと安心してトレーニングが出来ないよね」
「そうそう、今回は私が勝手に持ってきたライトセーバーとブラスターで『組織』が気がついたから良かったようなものの、そうでなければ誰もいない十年前の世界で永遠にトライポッド退治を続けなければならなかった訳でしょう? ライトセーバーはともかく、ブラスターはパワーパックを交換しないと、いずれ撃てなくなるからトライポッドにやられてお終いね」
「今後はアキ叔父さんのこととか考えたら、ダメなんでしょうか?」
「故人を悼むことは良いのではないの? 亡くなった理由を具体的に探そうとアクションを取らなければ大丈夫だと思うよ」
「そうですよね、亡くなった人のことを思うのは自由ですよね」優衣は自分に言い聞かせていた。
「お腹も落ち着いたし、そろそろおいとましますか?」
「亜香里にしては謙虚なのね。まあ明日のこともあるし家に帰ってみないと『組織』が、私たちが不在の1日をどう説明したのかも気になるし、帰りましょう」
「ここはそのままで結構ですから、気にせずに」
 外は日が落ちて暗くなっており、篠原家の敷地内には常夜灯が灯っていた。
 3人でガレージまで行き、扉を開けると詩織が運転してきたZ900RSが来た時のまま駐車してある。
「良かった。変な世界に行った時、バイクが無くなって兄貴にどう言い訳しようかと思っていたから」
 ガレージの中でバイクを切り返し、2人がヘルメットを被り準備している間に、優衣が門を開けてくれた。
「「 じゃあ、また明日!! 」」
「亜香里さん、詩織さん、ありがとうございました」
 優衣がお見送りをする門を出て、亜香里を後部座席に乗せた詩織は、帰宅方向に向けてバイクで走り去って行った。