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第26話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修第2週目 初日の講義】


(超眠い…)
 最寄りの駅から研修センターへの道を、亜香里はゾンビ状態で歩いていた。
(今週はキャスターバッグを引き摺らなくて良いから楽だけど、昨日の晩は目を覚ましてから、朝まで寝ていたのか起きていたのか分からないよ)
 日曜日の明け方、横浜から自宅へ戻って来た亜香里は思っていた通り、夕方まで熟睡したあと、夜になってからゴソゴソと動き始めて月曜日の朝を迎えたのであった。
(8時半? そうだ! 9時に研修開始だから急がないと。宿泊棟に寄って講義の資料を取りに行く時間を忘れていたよ)
 亜香里は慌てて走り始める。
 周りを見ても研修センターへ向かう新入社員の姿は見当たらない。

 結局、亜香里は駅から研修センターまでの道をほとんど走っていた。
「ハァ、ハァ、ハーッ」
 息を整えながら、宿泊棟の下駄箱でスリッパに履き替える。
「おはようございます。亜香里さんは朝からトレーニングですか?」
 研修棟へ向かう途中の優衣が、亜香里に声を掛けてきた。
「時間を見誤りました。宿泊棟に研修資料を取りに行く時間を忘れてたよ。優衣は余裕ね」
「先週は『組織』のトレーニングで体力を消耗したので、週末はお休みをたっぷり取って今日はいつもより早起きをして研修センターに着きました。亜香里さんは土曜日の午後からどうされたのですか?」
「チョット、いろいろあったから週末も疲れたよ」
「亜香里さんの『いろいろ』は気になるから教えてください」
「マジで時間が無いから、あとでね!」
 亜香里は宿泊棟の階段を駆け上って行った。

「…ということで、研修2週目初日の講義を終わります。午後からは先週と同じようにOJTトレーニングを行います。グループによっては週末までトレーニングが続きます。それぞれの責任者の指示に従い、着替え等を準備してから集合してください。今後の講義予定については1階の掲示板に貼り出しておきます。以上です」
 川島講師が部屋を出て行った。
 詩織が、亜香里の席にやって来る。
「亜香里の(おおよその)配属先はどうだった?」
 先週、OJTトレーニングでクラスへ戻れなかった新入社員には講義の最初に講師から小さなメモが配られていた。
 わざわざ『これは正式な辞令ではありません』との但し書き付き。
「意外や意外『ホールセール部門』と書いてありました。詩織は?」
「亜香里と同じ。法人担当だから勤務は東京本社か支社になるのね。支社だと関東支社だけど関東支社は昨日行ったMM21よね?」
「そうだ! そうですよ。関東支社勤務だったら毎日、おいしい中華のお昼が食べられるのかな?」
「昨日は真夜中だったしバイクだから中華街まで近かったけど、仕事のお昼休みに中華街まで行くのは時間的に無理よ。昨日の様な特別なインビテーションカードもないからね」
「招待状はミッションをやればもらえるよ。それよりお昼を食べに行こう」亜香里のポジティブさは研修2週目になっても変わらない。

 亜香里と詩織が座る昼食のテーブルに、優衣がトレーを持ってやって来た。
「(おおよその)配属先はどうだった?」さっそく亜香里が優衣に聞いてみる。
「ウーン」と、優衣にしては珍しく悩んだ表情で口を開く。
「『コーポレート(人事部)』としか書かれていません。これは、どう解釈したら良いのか悩みます」
「それは見ての通りです。篠原優衣は晴れて人事部に配属され、社員情報を全て掌握して悪事の限りを尽くすのです」亜香里は自分で言っておいて『冴えてるな、私』と思っている。
「人事部に配属されるのかもしれませんが、配属されたばかりの新入社員が情報を掌握とか出来ないですし、出来たとしても悪事は働きません」優衣が真面目に反論する。
「最初のうちはデータへのアクセス制限があるかも知れないけど、人事部ならいずれ業務で情報を見られるはずだから、叔父さんのことが分かるのかもしれないよ。会社レベルの情報ならね。『組織』のことは分からないけど」優衣の反応が真面目なので、亜香里が真面目にフォローする。
「そうですね。配属されてからですね。それよりも午後からまたトレーニングで長くなるかもしれないことを講師の方が言ってましたけど、どうなのですか?」
「それこそ、行ってみてからだね。例の棟へ集合でしょう? 今週は高橋さんが実体として現れるのかどうか」
「詩織の言うとおり、まだトレーニングの責任者に会っていないよね」

 悠人と英人は食堂へ向かいながら配属予定先の話をする。
「(おおよその)配属先だからコーポレートだとは思ったけど、括弧書きで(国際計理室)って具体的すぎない?」英人は希望部署に合うメモを渡されて喜んで良いのかどうか分からない。
「それを言ったら俺の方が微妙だぞ。海外事業部門(海外事業企画)だから理系の新入社員が配属されても、まず戦力にならないのはともかく、そこでキャリアを積めるのかどうかも分からない。さっき調べたらアクチュアリーみたいなことも書いてあったから、まあ配属されてからだね」悠人は開き直り気味。
「小林さんたちがテーブルにいるよ。OJTで同じチームになっているから、近くのテーブルに行こうか」英人の積極性が戻ってきた。
「みなさん、こんにちは。今週もよろしくお願いします。隣、いいですか?」3人に挨拶をしながら隣のテーブルにトレイを置く。一緒に悠人も会釈をしながらトレイを置く。
「こちらこそ、よろしくお願いします」女子力高めの優衣がすぐに返事をする。詩織と亜香里は曖昧な会釈のみ。
「お三方とも(おおよその)配属先はいかがでしたか?」英人がコミュニケーションを促す。
「3人とも、それなりです。お二人はいかがでしたか?」亜香里がそつなく答える。
「同様にそれなりです。実際に配属されてみないと、どんな職務につくのか分からない感じ。勤務地は本社だと思いますが」英人が同じ様に答えた。
「優衣、良かったじゃない? お兄さん達と一緒だよ。避難する時にまた、おぶってもらえる」
「亜香里さん! あれは溺れそうだったからじゃないですか。普通なら自分で歩いて避難します」
「小林さんと藤沢さんの勤務地はどちらですか?」
「詩織と私はホールセール部門。法人営業だから関東支社かも知れません。本社にもあるけど、いきなり新入社員が配属されるのかな?って感じです」
「篠原さんは、本社のどちらですか?」
 悠人の質問を亜香里が横取りする。
「優衣は人事部で社員情報の全てを掌握して悪事の限りを尽くすのです」
「亜香里さん、二度はシツコイです!」
「悪い、悪い。ちょっとこのフレーズ、気に入ったからさ」
「篠原さんは人事なのですね。じゃあ、いろいろ教えてもらえるのかな?」英人が少し期待する。
「人事部に配属されても、個人情報漏洩はコンプライアンス違反です」優衣はピシッと英人に答える。
「ホォー、さっそく人事部っぽいなぁ。活躍を期待しております」亜香里がからかう。
「茶化さないでくださいよ。いきなり人事部なんて不安なんですから。ところで亜香里さんが朝、言っていた週末にあった『イロイロ』って何なのですか?」
食堂ココだから簡単にしか言えないけど、詩織が近くの川で変なモノを見つけて私を呼び出して、そこにビージェイ担当が現れて横浜までお使いに行かされて中華を食べて帰りました、って感じかな」
「小林さん、簡単すぎて全然わかりません。だけど、ここではなんですから、あとで詳しく教えてください」
「昨日、ビージェイ担当に会ったのですか?」悠人が食いついてくる。
「いつものホログラムです。内容はあとで説明します」
「了解です。お昼休みが終わるので、部屋に戻ってトレーニングA棟へ行く準備をしませんか」
「今週のトレーニングは長くなるかもで、着替えの話があったと思いますが、どうします?」女子力の高い優衣にとって着替えは大事なこと。
「トレーニング中は例の黒いのを着なくてはいけないのでしょう? 戻ってきてから、着替える服を持っていけばいいんじゃない?」
 詩織はジャンプスーツを着たくないけど、仕方ないかなと思い始めている。
「じゃあ宿泊棟で準備をして、トレーニングA棟へ集まりましょう」
 亜香里が話を締めて、席を立つ5人であった。