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突然の来訪者 【行き倒れの少女】

 笑いを堪えている彼女の横顔を、僕がいぶかしげに見ていると、彼女は右手を横に振り『違う、違う』のポーズをする。
 僕の方に向き直り、自分を落ち着かせるような仕草をしてから、おもむろに口を開く。

「ゴメン、ゴメン。細かいことは端折るけど、昨日の夜、エムくんが先に寝てから、叔父さんに今日の『人物観察』のことを相談していたら話が盛り上がって、叔父さんがよく知っているこのお店を使う方向で話に進んだの。エムくんがどう反応するのかなって」

「彼女の言う通り、ちょっとしたビックリパーティー。悪気は無いよ。去年からエムくんのことを見ていて、あまりにも素直な青年だと思ったから。このまま小説を書き続けると行き詰るのが、目に見えていたからね。少しは疑いの目も持てるように、一芝居打ってみたのさ」

 叔父さんの言わんとすることは分かるけど、なんだか腑に落ちない。
「ということは、二人で僕を騙していたのですか?」

「騙すとか、人聞きが悪いよ。同じ高校の同窓生じゃない? これも小説家になるためのトレーニングよ、トレーニング。それに、お芝居を打ったのは二人だけじゃないのよ」

「目の前にいる、シェフさんでしょう?」
 オーダーした料理を出してくれないし。

 彼女がまた、右手の人差し指を左右に振りながら『チッチッチ』と口で効果音を付け加える。
「一番大事な役者さんを見逃しています。さて、誰でしょう?」

 彼女から言われて、はたと気がつく。
 というか、このお店にはあと一人しか残っていない。
 メイド服を着た女の子。
「もしかしたら…」

「うん、うん、もしかしたら?」
 彼女が焦らす。

「もしかしたら、メイド服の彼女は、昨日の『行き倒れの少女!』」

 僕が半ば叫ぶように答えると、メイド服を着た女の子がホールの真ん中に出てきて、赤毛のウイッグをバサっと外し、赤いセルフレームを取り、胸元の苦しそうなブラウスのボタンをいくつか外した。
 昨日、彼女が言ったとおり、胸は大きいようだ。

「フゥー、疲れました。急にメイド服を着せられるし、サイズも全然合わなかったし…」

「ユリちゃん、お疲れさま。お水を運んでくる時は危なっかしくて、見ている方がハラハラしたわ。 エムくん、どう? ユリちゃんの演技、様になっていたでしょう。 そうそう彼女、ユリちゃんっていうの」

「初めまして」
 彼女がユリと呼ぶ、小柄な少女が挨拶をする。
 僕も釣られて挨拶をした。

「誰が、たくらんだの?」
 キャストが揃ったので、あらためて確認しよう。

「たくらんだとか騙したとか、エムくんは意外と口が悪いのね。お芝居よ、お芝居」

 僕だけが知らなかったことを『騙す』と言うのでは?
「昨日、ユリさんが玄関で倒れるところから、お芝居を始めたの?」

「それは現実。昨日、彼女はやっとの思いで、合宿所に辿り着いたの」

「合宿所…? 僕たちが住み始めた、あのオンボロビルのこと?」

「そうよ、彼女の小説家への熱意は熱いの」

 叔父さんが振り返り、メイド姿のゴテゴテした装飾を、近くのテーブルに次々置いているユリさんの様子を見守りながら、つぶやく。
「俺も昨日の夜、彼女から話を聞かされた時にはビックリしたさ。ユリちゃんのお父さんはよく知っているし。まさか娘さんが小説家になりたいなんて知らなかったよ」

「だって父は、自分が仕事で書籍を扱っているのに、娘には『職に就ける学部に入りなさい』と言って聞いてくれませんから。合宿所の研修生になれば父も認めてくれるかなと思って」
 ユリさんはまだ高校生のようだ。

「今日のユリちゃんの演技を見て、小説家になれる資質を感じたよ。(演技で小説家になれるの?)研修生の3人目に加えよう。高校を卒業して、お父さんの言う通りまず大学に入ること。合宿所に入るのはそれからだ」

「分かりました。家から合宿所は遠いですが、それまでは週末に通うようにします」
 ユリさんの瞳が輝いている。

 待てよ?
 良い雰囲気でパーティに流れ込みそうだけど、一つ思い出した。

「昨日、ユリさんをソファに運んだあと、消えましたよね? あれはどうやったの?」

「あぁ、アレね。エムくん、知りたい?(「人が急に消えたら、どうやったのかは知りたくなるでしょう?」)そっかー、エムくんにとっては謎なのね」

 それを聞いて叔父さんがニヤリとする。
「良い課題が出たじゃないか。君たちが運び込んだユリちゃんが、どうやって消えて、そのあとメイド服のフロア係になったのかを考えてご覧。密室殺人ならぬ、密室瞬間移動と早変わりで小説が書けるから」

 叔父さんの合宿所は、思っていた以上に課題が出て大変だ。
 昨日と今日でお財布から消えた5万円の方が、もっと大変だけど。
 結局、手元から消えた3万円はどうなったのだろう。


(つづく)