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第1話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』 ジャンププラス原作大賞「連載部門」

【入社式】

 4月1日
 春の空気がまだ冷たい朝の9時過ぎ、小林亜香里は最寄り駅から入社式会場までへの歩道を歩いていた。
 入社式開始の十時までには未だ時間があるが、勤め人の就業時間は始まっており、通りを行き交う車は少なく、街並みには新年度に相応しい清々しい雰囲気が漂っている。

 そんな雰囲気を感じてか、亜香里も新年度の抱負を考えていた。
『今日から社会人だし何かあっても(何か?は深く考えない)一人で生きていけるよね』
 彼女の寝起きは本人も自覚しているとおり良くはなく(朝寝坊が規定値)、リクルートスーツで会場に向かう他の新入社員の姿も目に入らなかった。
 亜香里は大学2年の時に参加したインターンシップ、3年生から始めた就職活動の成果が実り複数の会社から内定を得て、その中で一番潰れにくいと思う会社(本人判断)を選んで、今日の入社式に至ったのである。

『卒業するまでいろいろ(寝坊とか寝坊とか)あったけど何とかなったから、この伝統ある会社に入れば何とかなるよね』
 入社前から、ひとりで大船に乗ったつもりでいる。

 亜香里はいたって普通の二十二才女性である。
 外見はホンワカとしており、カワイイ系(自己評価)である。日頃、考えても仕方がないと思ったことには判断が速く即決するのだが、大きな事を判断する時には慎重で、石橋を叩いて叩いて叩き壊しそうになって、あわてて補修するようなタイプである。

『内定をお断りした証券会社採用担当の粘りは凄かったなぁ。内定者が入社を断ると担当者の評価が下がったりするのかな? でもこれから証券会社に入ってもね。七十才で定年するまでに今の証券会社は残っていないよね』という勝手な超長期予測を立てていた。
 内定者の食事会に顔を出しておきながら内定を断った亜香里に、採用担当者が焦ったのは当然のことだと思うのだが。

 そんなどうでも良いことを考えているうちに入社式会場になっているイベントホールへ到着する。
『前に来たような気もするけど、ここはライブとかやらなそうだから、お初かも?』
 会社から送られてきた書類で念のため、場所を確認しようとすると入口に大きな看板があるのに気がついた。

 *** 東京日本生命損害保険株式会社 入社式 ***

 亜香里は3年生の夏から就職活動モードに入り、業界研究をしながら考えた。
(これからはますます不確実な時代で、将来のことを考えて必ず保険に入るはず)
(生命保険と損害保険の両方をやっていれば無敵のはず)
(たくさんの保険契約数があれば、何があっても国は簡単に潰さないはず)
 はず、はず、はずの論法で出てきた答えが、今日入社式を迎える保険会社であった。
 半世紀以上先の事は国の存亡も含め、誰にも分からないのだが…

 入口で、腕章を付けた若手社員が受付の案内をしている。
 受付に並ぼうとした亜香里のうしろから
「よ! おはよう! あれ見てくれた?」
 と、朝から元気の良い声がかかる。
 同じ大学からこの会社に入社する、藤沢詩織である。

「あ! おはよう! 見たよ、まあまあ?」
 昨日の夜、詩織から『おもしろいツベがあるから見てみ』とメッセージが入っていたのだ。
 二人は、最後の春休みをどうしていたのか等々の話をしながら受付の列に並び、受付では『キリッ』として必要書類を提出し、たくさん書類が入った会社のロゴマーク入り封筒を受け取って、ホールの中へと入って行った。

『眠っ…』
 ステージ以外の場内は薄暗く、式典が淡々と進行する会場は睡眠を取るのに居心地の良すぎる環境である。
『いやいや、入社式で居眠りとかしたら、シャレにならないでしょう! というか起きろよ! 自分!(昨日は早く寝たのに…)』
 入社初日の入社式から眠気と戦っている亜香里である。

 社長挨拶から始まり、次に何たら担当役員(良く覚えていない)、何たら担当役員(全然覚えていない)の挨拶が続き、スピーカーから聞こえてくる、おじさん達の言葉がレム睡眠を誘う。
 式典がとどこおりなく終了し、最後に人事部担当者からの事務連絡の声で、亜香里はようやく目を覚まし、入社式が終了し散会となった。
 大人数の入社式なので出口へ向かうのにも順番があり、亜香里と詩織は席に着いたまま案内されるのを待っている。

「終わったね、思っていたよりも短かったかな」
 先ほどと変わりない様子で隣に座っている詩織が話しかけてきた。

「寝落ちするところでした」
 途中から寝ていたとは、さすがに言えない亜香里である。

「マジで? 入社式で居眠りする新入社員とか聞いたことがないよ」

「声が大きいってば」

 藤沢詩織は亜香里より十センチほど背が高く、百七十センチちょっとの身長である。
 大学で部活はやっていなかったが、単位科目の体育のテストでは体育会系運動部員なみに球を飛ばしたり、走ったりして記録を出していた。
 顔はすっきりのキレイ系で男子の友達は多かったようだが、身長のせいか性格のせいなのか、特定の相手はいなかったような気がする(亜香里視点)。
 亜香里とは学部が違い在学中の接点は無かったが、学内で開催された就活セミナーで知り合いになり、入社する会社が一緒になったため、ここ半年ほどよく連絡を取るようになっていた。

「亜香里、これからどうする? 今日、私たちは帰って良いのよね」

「地方勤務の人たちはこれから勤務地に移動だから、都内勤務の私たちは帰宅でしょう? 眠たいから家に帰って寝ます」

「まだお昼前だよ。亜香里は子供なのかな? 寝る子はこれから育つの?」
 いやいや、子供でもお昼前から寝ないから。

「集合研修に備えて寝だめします。明日から1ヶ月間、初めて会う新入社員たちが集まって泊まり込みの研修でしょう? 持って行くもので足りないモノとかも買わなきゃだし」

「そうね、私も足りないモノがあったかも。じゃあ、ここで解散ということで。おつかれ」

「おつかれさま」

 自宅に帰る電車の路線が違うため、ホールを出たところで分かれる2人であった。

「新入社員はいかがですか?」

    *     *

「改めて全員が集まると、今年もたくさん採用したと思います『組織』に入れそうな新入社員はいそうですか?」

「はい、先ほど会場内をスキャンしたところ、反応する波動がいくつか検出されました」

「そうですか、ではその新入社員を優先してトレーニングテストを始めるようにしてください。他にも適合する新入社員が見つかれば、逐次トレーニングテストに追加してください」

「承知しました。明日から研修センターで新入社員研修が始まりますので『組織』に叶った人材の確保が出来ると思います。進捗は随時お知らせします」

「了解です。急ぎませんが選抜後に行うトレーニングプログラムの実施期間も確保しなければならないので、速やか開始してください」

「承知しました」

【研修1日目 いきなりテスト】

 入社式の翌日、都心から電車で1時間ほど離れた駅の南口から、キャスターバッグを引くリクルートスーツの集団がゾロゾロと出て来る。
 小林亜香里もその中にいた。
『思ったより電車に乗っている時間が長かったなぁ』
 亜香里は電車の中で寝過ごさないように、空席が目立つ車内で立ったままドアに寄りかかりながら外を眺めていた。

『駅から微妙に遠いけどタクシーは無いのね。みんな歩いているから仕方ないかぁ』
 10分ほどキャスターバッグを転がしながら『まだかな?』と思い始めたころ、研修センターの大きな両開きの門が視界に入る。
『ようやく到着。この研修センターは妙に大きくない? 建物がいつの時代か分からないくらい古いのだけど』

 研修センターは街並み1ブロック分の広さがあり、周囲は高さ3メートルのあるコンクリートの塀に囲まれている。
 塀の所々に防犯カメラが設置されており、門を入って直ぐ左手には守衛室がある。
 4階建ての宿泊棟が4棟、研修棟が2棟、食堂や浴場、洗濯が出来る施設棟、その他にもよく分からない建物がいくつかあり、周りにはグランドや空地もあり、企業の研修所にしては広大である。

『保険会社の施設だから、警備もしっかりしているのかな?』
『見た感じは古い学校の校舎と同じね。会社のパンフレットに載っていたものより古くない?』
 少し建物が古くなったリゾートホテルをイメージしていた亜香里は、予想が外れてモチベーションはダダ下がりである。

 門を入ってすぐ右手奥に創業者の銅像があり、少し離れたところに [殉職者の碑] と書かれた石碑がある。
『保険会社なのになぜ [殉職者の碑] があるの? そんなに危ない仕事があるの?  歴史のある会社だから戦時中に亡くなった人とかかな?』
 少し考えてみたが、考えても分からないことはそれを頭からサクッと削除できる亜香里である。
 守衛室横に長机が出されており、新入社員入場の受付を行っていた。
『一度ここに入ったら、ずっと出られないとかないよね? 夜の自由時間は外に出られるのかな?』
 そう思いながら、駅からここにたどり着くまでお店が(コンビニも)一軒もなかったことを思い出して脱力する。
『お菓子を多めに持ってきて良かった。同室の子と交換しよう』
 食べることには、前向きである。

 入場の受付を済ませ、宿泊棟入口のホールに貼り出されている宿泊棟と研修棟の部屋割りをメモして、割り当てられた2階の部屋へ荷物を置きに行く。
『4人一部屋かぁ。1ヶ月間だから何とかなるでしょう。同期になるのだから社内情報網の構築は重要ね』
 ノックをして部屋のドアを開ける。
「小林亜香里です。よろしくお願いします」
 声を掛けると、入って直ぐ右のベッドに座っている小柄でおとなしそうな子が返事をした。
「篠原優衣です。よろしくお願いします」

 室内を見渡すと奥の窓際両脇にあるベッドには、2つとも荷物はあるが誰もいない。
「2人とも遠くから来たそうで、昨日から前泊しているとのことです。さっき、足りないものを買いに行くと言って出かけて行きました」
 篠原優衣が説明してくれる。
「誰がどこのベッドを使うのかを決めなかったのですが、2人が奥のベッドを使っていたので、私はそのままで良いと言ったのですけど」

「いいんじゃない。ベッドの大きさは同じでしょう?」
 即答する亜香里。細かなことにはこだわらない性格である。

 十一時の研修開始に間に合うように研修棟へ向かう。
 割り当てられた部屋に入ると、高校の教室と同じ様な机の配置。1クラス三十人席で、初めて入った部屋なのに懐かしく感じられる。

「よ! 電車で居眠りして寝過ごさなかった?」
 後ろからいつもの調子で勢いよく藤沢詩織が話しかけて来る。
「詩織も同じクラスなの? チョット安心」
「一人でも知っている顔を見ると、安心するね」
 2人が話をしていると、年輩の講師が部屋へ入ってきて教壇に立ち、新入社員たちは着席し教壇に目を向ける。

「みなさん、東京日本生命損害保険株式会社入社、おめでとうございます。私はこのクラスを担当する川島と申します。今日から1ヶ月間、研修を通じて会社に慣れ、同期の社員とも知り合い、一人前の保険会社の社員として活躍して頂きたいと思います。さて、この研修センターでの諸注意ですが…」

『本当に社会人になったのね。このおじさんはずっとここにいるのかな?』
 亜香里は少し緊張し、周りの新入社員と同じように背筋を伸ばして、講師の話を聞いている。

「……ということで、お昼休みまでまだ少し時間がありますので、簡単なテストを行います」
「「「ええっ!!!」」」
初日からいきなりテストとは、一同ビックリ。

「驚かなくても大丈夫です。皆さんは当社に入社された方々なので、改めて何かの選抜をするテストではありません。簡単な知識の確認や性格の傾向を見るものです」
 川島講師の説明を聞いて、ホッとする新入社員たち。
 前の席から順にテスト用紙が配られる。
「それでは始めて下さい」
 講師の合図で三十人が一斉に答案用紙に向かう。

『四択ですか? これなら分からなくても答案用紙を埋められそう』
 いつもの様にポジティブ思考の亜香里である。
『で、1問目は?』

[問1] 質量とエネルギーの等価性について、正しい説明はどれか?
『ちょっ、ちょっと待ってよ! うちの会社は保険会社よね? 化学とか電気の会社ではないよね?』
 1問目からダメージを受ける。
『1問目は鉛筆に任せよう。で、2問目は?』

[問2] マクスウエルの悪魔について、正しい説明はどれか?
『オイオイ、悪魔って何よ? 悪魔って?』

[選択肢 (ア) 均一な温度の…、 (イ) 熱力学第2法則の… ]
(ギブギブ。これって物理の問題? 物理は高一でやっただけだし、なんとか赤点を取らずに済んだ成績だったし)
 亜香里は答案用紙を見てすぐに、ポジティブ思考が折れそうになる。

(このテストが出来なくても、入社が取り消しにはならないのよね? これで配属される部署や営業所が決まったりするのかな?)
 少し不安になりながら(ウゥ…… 急に眠くなってきた。試験中だよ? 寝ちゃダメでしょう! 起きなさい! 自分!)無駄な抵抗をしつつ、意識が薄れていった。

    *     *

「研修初日から、あのテストを仕込んで、トレーニングテストを開始するのですか? 少し早くないですか?」

「昨日、上の方から速やかに実施するよう指示されたからね」

「もう、スキャナに反応している新入社員が何人かいますが?」

「さっそく『組織』の空間へ転送して、トレーニングテストを開始してください」

「本人達に、説明は無しですか?」

「まだ説明は無しで。本人達はテスト中に寝落ちして、変な夢を見たくらいにしか思わないだろう」

「では三十分のトレーニングで、現実時間は三十秒ぐらいで良いですか?」

「それくらいなら周りに気づかれないし、本人も気がつかないだろう」

「それでは始めます」

     *     *

「あれ? ここはどこ? 私は誰? ではないよね。私は私だけど。研修が始まってすぐに変なテストを受けていたと思うけど」
 亜香里は試験中の居眠り状態から目を覚まし、一人でぼけツッコミをしながら、板張りの武道場のようなところから起き上がる。

 周りに顔見知りはいなそうだが、亜香里と同じ様に研修を受けていたのであろう新入社員らしき人たちが5~6人、ボーッと立っている。
 着ているものが何か変だけど。

 頭上から機械的な音声が聞こえてくる。
「みなさんは能力者候補としてここに集められました。能力者に選ばれれば人類を救う活躍ができます! それではトレーニングテストを開始します」

『誰が何を言っているの? と言うか、どこからこの声は聞こえてくるの?』
 意識がハッキリしてきて周囲を観察する。周りのみんなも声が聞こえてくる方向を探している。

 周りのみんなが黒くて光沢のあるジャンプスーツを着ているので変だなと思いながら、自分の身体を見てみると研修センターに来る時に着ていた黒のリクルートスーツが、みんなと同じ黒のジャンプスーツに変わっていた。

『これって小さい頃、テレビの映画番組で見たマトリックスに出てきた、おばちゃんが着ていたのに似ている。飛んだりしていたよね』
 亜香里は映画マトリックスのトリニティーを思い出していた。
(名前を思い出せないなぁ)どうでも良いことまで考えている。

「それではトレーニングを開始します。呼吸を整えて全身をリラックスさせ、意識を上へ集中させて下さい」

『何を言ってるの? アレッ! 何で急に床が無くなるの? 下が真っ暗なんだけど』
 周りにいる人たちも驚いた様子で上へ上ろうと、もがいている。
 つかまるものが何も無いのだが。

「初めてにしては、落ちないだけでも上出来です。もっと気持ちを上に集中させて、グッと昇る意識を持つようにして下さい」

『勝手なことばかり言ってるおっさんやなぁ、こちとら必死やで』
 エセ関西弁が頭の中を巡る。

 下の方を見ると、少しずつ落ちていく数人が涙目で、もがいている。
 亜香里はその人たちのことを気にしつつ、自分のことで一杯一杯。
 少しずつではあるが、上に昇り始めていた。

 目の前のことに必死で気がつかなかったが、いつの間にか天井が無くなり、周りの壁も無くなっている。
 周りには何も無く、上が明るく、下が暗い空間に漂っている状態である。

「もうちょっと頑張ってみましょう。まだまだ行けますよ!」

『何を適当なこと言っているの! 浮いているだけでも、しんどくて疲れてきたのに。だけど暗いところには落ちたくないし…』
 亜香里がチラッと下を見てみると、先ほどまで下の方でもがいていた数人の姿が見えなくなっていた。

『何だか分からないけど、ヤバい… 落ちたくないよ!』
 必死になって『上へ』と気を入れて念じると、身体がグッと上に持ち上がって行く。

「おっ! 初日から出来る人が出てきましたね。これはやりがいがあります」
 ノリノリの機械音声。

『もう、何言っているの! 何とかしてよ!』
 周りを確認すると、自分と同じ様に数人が、下の方から上へ上ってくるのが見えてきた。

「オーケーです。今日は初めてなのでこれくらいで終了します。エネルギーを使ったので、十分に栄養を取ってください」
 最後の機械音声は管理者のような注意事項であった。

【研修1日目 お昼ごはんは大事】

「はい、それでは鉛筆を置いて。テスト用紙をうしろから前に集めて下さい」
 川島講師は時間を確認して、テストに取り組んでいた新入社員に声を掛けた。

『あ! ヤバイ! 寝てた』
 亜香里は川島講師の声で『ビクッ』として目を覚まし、焦る。
 慌てて答案用紙を見ると一通り回答欄は埋まっていた。
『いつから寝ていたのかな? 変な夢を見たなぁ、身体がだるいよ。午前中から夢で疲れるとか… 私、大丈夫かなぁ?』

 隣の席に座の男子新入社員は、バタバタ焦っている亜香里を見て不思議そうな顔をしている。

「それでは午前中の研修はこれで終わります。昼食は食堂に準備されています。テキストなどはこの部屋に置いたままで結構です。貴重品は忘れずに持ち歩いてください。なお食堂は研修施設なのでメニューは選べませんが、ご飯などのお代わりは自由です。午後1時から講義を再開しますので、それまでに教室へ戻っていてください。以上です」
 川島講師はテスト用紙を取りまとめて封筒に入れ、部屋を出て行った。

「お昼を食べに行こう! テストは出来た? なに?あの問題。仕事に関係があるの?」
 藤沢詩織が声を掛けながら亜香里の席へやって来る。

「出来るわけないよ。悪魔って何? 悪魔って」

「だよねー。『悪魔くん』なら知ってるけど。まあいいや、食堂に行こう」

「うん、駅から研修センターまでが遠かったからかな? お腹が空きました。あと疲れたし、眠たい」

「研修1日目から居眠りをしたらまずいんじゃない? 昨日は寝だめをすると言っていたよね?」

「寝だめはしたつもりだけど、テストが終わったら、急に疲れて眠くなったのよね(テスト中に寝落ちしたのは、黙っておこう)」

「亜香里さぁ、卒業試験が終わってから随分経ったし、全然頭を使っていないんじゃない? 春ぼけとか?」

「いやいや、使ってますよ。SNSとか、ツベとかって… それじゃあダメかぁ」

「まあ、最後の春休みだっだからね。これからは社会人の勉強が続くのだろうし」

「詩織はどうなの? 新社会人として、何か事前に勉強をしたの?」

「したよ、保険の勉強。会社から通信教育のテキストが送られてきたでしょう?」

「そんなのは去年のうちに終わらせて、もう覚えていません」

「亜香里はその辺、要領がいいんだか、悪いんだか」

 食堂へ向かう亜香里たちのうしろから、話し声が聞こえてくる。

「相対性理論の基本公式とか、出題した担当者はどんな意図があったんだろう?」
 長身のメガネ男子が話をしている。

「そうそう、おまけに次がマクスウエルだもんな。あれを習ったのは、高2の頃だっけ?」
 固太り気味の男子が、相づちを打つ。

「昔過ぎて覚えてないけど、たぶん、その頃だったと思うよ」

「保険会社だから、数学的な問題が少しは出題されるのかと思ったけど、物理の問題が多かったね」

「一般常識問題として、出題したんじゃない?」

 亜香里たちと同じ教室から出てきた、男子2人だった。

「(亜香里が小声で)一般常識なの? 高校で習うの?」

「(詩織も小声で)保険会社って、商品開発をする時に難しい数字をいじる専門家がいるじゃない? 数学オタクみたいなの」

「そういえば企業セミナーでそんな話を聞いた気がする。確か保険数理士だか、数理人とか言っていたような気がする」
 亜香里は変なところで無駄に記憶力が良いようだ。

「なんで、そんなのになる人たちが一緒に研修を受けるわけ?」

「日本企業特有の新入社員一括研修、だからかな?」

「そっかー」
 なんとなく納得する二人だった。

     *     *

「最初にしては、まずまずですか?」

「そうですね。最初から難なく『飛翔』 が出来る新人がいました」

「富士山超えも、いましたね」

「小林亜香里という新入社員です。入社式会場でのスキャナー反応も高かった社員です。最初から鍛え甲斐がありそうです」

「了解です。明日からはワンオペになりますが、よろしくお願いします」

「承知しました。どこかへ行かれるのですか?」

「ちょっとミッションの応援に行ってきます」

「そうですか。お気をつけて」

    *     *

 研修センターの食堂は、造りが大学の学食に良く似ていた。
 学食と違うのは券売機とメニューのないところであったが、テーブルや椅子等の什器も大学と同様に簡素な作りである。

「お腹すいたぁー、お昼のメニューはアジフライ定食みたいな感じですかね?」
 研修センターの食堂に入る亜香里は、久しぶりに学食に来た気分である。

「配膳されたお盆を持って好きなところに座れば良いのね。で、ご飯と汁物と香の物がお代わり自由になってる」

「うーん、おかずが足りないかな? 缶詰を持って来れば良かったよ」

「亜香里、朝ごはんを食べて来なかったの?」

「ちゃんと食べてきたけど、体育の授業のあとみたいに、お腹が空きすぎて」

「研修センターに来て、テスト受けただけなのに?」

「あと、やっぱり眠たい。食事終わったらチョット寝てきます」

「宿泊棟は部屋が違うから、起こしには行かないよ」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと目覚ましを掛けますから」

『亜香里はガチで寝る気なのね。大丈夫かなぁ?』
 詩織は亜香里とは学部が違い、講義が同じになることはなかったが、時々亜香里が1時間目の講義に遅れ、途中からこっそり入室していたことを亜香里の友達から聞いていた。
 社会人になった初日の講義から亜香里が寝過ごさないか心配になる詩織である。

 お昼ご飯を早々に済ませ研修棟に戻る詩織と別れ、亜香里は宿泊棟の部屋に入ると部屋の中には誰も居らず、シーンとしている。
「初日のお昼休みから部屋に戻ってくる人は居ないのかな? その方が静かで良く眠れる。掛け布団が薄っぺらで少し寒そうだけど、お昼から布団に潜れるのは幸せですよ。スマートフォンにタイマーをセットして、これで良しと」
 直ぐに眠ってしまう亜香里。
 食事の次に眠ることが、彼女にとっての重要事項であった。

    *     *

『アレ? 昼休みもスキャナーに反応している新人がいますねー。初日からお昼寝ですか? 余裕ですね。午後の講義が始まるまで、またトレーニングテストをやってみますか?』

「トレーニングに熱心な皆さーん! 先ほどの続きを始めますよー!」

『エーッ! 何なの? またこの夢? お昼寝をしたからなの!?』
 休息を取るためにお昼寝をしたはずなのに、心も身体も全く休まらない亜香里であった。