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第43話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修第3週 能力者補トレーニング6】


「ここの海岸は遠浅なのかな? 何かいそうね」亜香里たちは不自然に波立つ少し離れた海岸をバイクを停めてボーっと眺めている。
「何かいますか? アッ! 海の中で何か大きなモノがうごめいています。近づいて来ている! 海岸線から離れましょう!」英人の言う通り、大きな飛沫を上げながら巨大な海竜が、のたうち回るようにして海岸縁を暴れながら近づいて来る。
 亜香里たちは濡れながらもバイクを発車させ、なんとか海岸線から離れることが出来た。
『ヘルメットやリュックを脱ぐ前で良かった。全部流されるところだったよ』
『海にも恐竜がいるのね』
『陸海空と全部揃っている。『組織』のやることだから抜かりがないね』
 全員ずぶ濡れになっても、インターカムは正常に機能している。
『これから悠人たちがいるホテルに向かおうと思いますが、良いですか?』
 英人が念押しするように亜香里たちに聞いてみる。

『ちょっとだけ、待ってくれますか?』
 亜香里はそう言いながら、バイクをUターンさせて海竜の方へ向かって行く。
『亜香里さん、どうしたんですか? 海竜に襲われますよ!」
『優衣、悪いけどちょっと待ってて!』
 亜香里は、海竜が岸辺で暴れ回っているところへバイクで走り寄り、急ブレーキをかけたが足下は濡れた砂浜で、そもそも亜香里が超初心者ライダーでもあるため、派手にスッ転んだ。
 亜香里の予想外の行動に、声も出せずにフリーズする英人と優衣。
 海竜がバイクと一緒に倒れた亜香里に、大きな口を開けて襲い掛かってきた。
 その瞬間‼️
 海竜が大きく開けた口に一筋の光が走り、海竜はうなり声をあげてのけぞり、海側に派手な飛沫を上げながら沈んでいった。
 海岸の波と飛沫が引いた砂地には、亜香里がブラスターとライトセーバーを持って立っている。
 優衣と英人が、急いで亜香里の所へバイクで駆け寄る。
「亜香里さん、大丈夫ですか?」
 英人が心配そうな顔をして声を掛け、優衣は飛沫まみれの亜香里の顔を見て、呆れながら言い放つ。
「急に海竜に向かって行くから、驚きすぎて心臓が止まりましたよ! 寿命が3年縮みました! なのに何ですか? そのドヤ顔は!」
「スミマセン、心配をおかけしました。勝手なことをしたとは思っていますが、さっきは自分自身で動きが止まりませんでした。個人的な感覚だけど『ここで逃げたら負けかな?』と思ったので…」
「亜香里さん、バカですか?」優衣が冷めた表情でつぶやく。
「まあまあ、無事で良かったじゃないですか? これから悠人たちのところへ向かいましょう」英人が優衣をなだめる。
 亜香里のバイクは車体の半分以上が砂に埋まっていたため砂地から引き上げ、立て直して乗車すると走行には問題がなさそう。
「さすが『組織』謹製の電動オフロードバイクね。タフな作りですよ」
 海水と砂でドロドロになったバイクを軽快に走らせ始める亜香里である。
 海竜が上げた激しい飛沫で、亜香里はインターカムをどこかへ飛ばしてしまい、亜香里の声は他のメンバーに届かなかった。

 3人は全身海水を浴びたまま、海岸を走り続ける。
 『組織』のジャンプスーツを着ているので、寒さやジャンプスーツ下への海水の染み込みはない。走っているうちに表面が乾き、亜香里たちの黒いジャンプスーツ姿には白い塩が噴いていた。唯一、露出している顔も塩だらけ。
 英人がインターカムで悠人を呼び出してみる。
『ハロハロ、こちら加藤です。悠人か藤沢さんいますか?』
『藤沢です。萩原さんは水を探しに行っています』
『今、藤沢さんたちが橋で渡った川の河口付近を海岸線沿いに通過しました。このまま走ればホテルに着くと思います』
『私と萩原さんは川の上流から渡って、そのあと恐竜と長い時間、追っかけっこをしたので川から今いるところまでの距離は分からないけど、方角は合っているので、そのうち着くと思います』
『了解です』

『加藤さん、今の話だと、しばらく走れば詩織さんたちのいるホテルに着きそうですね。たぶん今、六十キロぐらいで走っていると思いますが、亜香里さんもついてきているから大丈夫ですよね?』
 優衣は詩織と英人の通話を聞いたあと確認する。
『組織』謹製オフロードバイクにスピードメーターはない。
『速度感は僕も篠原さんと同じでもっとスピードを出せそうですが、砂地だし初心者もいるので、このくらいにしておきましょう』
『それを言うのなら、亜香里さんは無免許です。さっきの海竜に特攻してインターカムを飛ばしたので、今なら遠慮なく亜香里さんの変なところをお話しできます』
『そうですね言い過ぎると陰口になってしまうので、ほどほどにするとしても… 何でさっきは二輪免許も持っていない小林さんが海竜に凸って行ったのですか? 自爆行為にしか見えなかったのですが』
『亜香里さんは不思議な人です。研修センターで初めて会って2週間足らずの知り合いですから、知らないこともたくさんありますが、今まで会ったことの無いタイプの人です。考えていることが普通の人とちょっと違うというか、何なのでしょう? うまく説明できませんが何かが起こったとき、次の行動を全く予測できない人です。同じ大学だった詩織さんが『亜香里だから、仕方ないかぁ』なんてよく言っていますから、大学でも亜香里さんの変なところは、有名だったのかも知れません』
『篠原さんや藤沢さんから見てもそうなのですか? ここだけの話ですが、研修が始まって未だ僕たちが能力者補と認められる前、悠人とは小林さんのことを『不思議ちゃん』と呼んでいたのですよ』
 大笑いする優衣の声で、インターカムの音が割れて耳が痛い。
『それ、当たりすぎです。全くひねりも何も無く、そのものズバリ亜香里さんです。本人に言ったら『何で? 何で?』って詰め寄られそうですけど。本人は全くそう思っていないようですから』
『そうですか? 確かに本人がそう思っていたら、あんな行動はとりませんね。アッ! 先の方にうっすらと建物が見えてきました。GPSには映りませんが』
『私にも見えます。多分あれが、詩織さんたちがいるホテルだと思います』
 英人たち3人はそのまま海岸線を突っ走り、思っていたよりも早く建物に到着し、その様子を詩織はバルコニーから眺めていた。

『私だけど、優衣、聞こえる? バイクでそのままロビーに入って、左側に2階へ上れるスロープがあるからそのまま上に登っておいで』
『詩織さん、了解です』
 詩織のインターカムを聞いた英人と優衣は、ロビーに入りそのままスロープを登り、亜香里は2人のあとをついて行く。
 2階のバルコニーに到着した3人はバイクを停めてヘルメットとグローブ、リュックを床に置いた。
「あーっ、やっと着いたぁー。結構、長かったよ」無免許で長くバイクに乗っている亜香里が伸びをしながら声をあげる。
「それは、亜香里が海竜に凸ったり、したからでしょう」
「詩織が何で知っているの? そっかー、インターカムで聞こえてたんだ」
「ええ、ここでホテルの中を調べながら、ずっとやり取りを聞いていましたよ」
 優衣の方を見てウィンクをする。
 優衣は、海竜騒ぎのあと英人とだけ話していたつもりでいたので、慌てて取り繕う。
「ホテルに近づいてから詩織さんのナビゲーションで助かりました」
 優衣は言いながら(加藤さんと亜香里さんのこと話したのは黙っておいてください)と詩織に顔の表情で訴える。
 詩織は(大丈夫)と、口の形で答える。
「悠人は、水を探しに行ったきりですか?」
「行ってから2時間経つので、そろそろ戻ってきても良い頃なのですが、1時間ほど前に湧き水を見つけたから汲んで帰る、という連絡が最後なの」
「しばらくして、戻って来なかったら探しにいきましょうか?」
「探しに行くにしても、このGPSだとそもそもどの辺に行ったのか分からないし、探しようがないと思いますけど」
「確かに藤沢さんの言う通り。ところでこの元ホテルから何か見つかりましたか?」
「全部調べた訳ではないけど低層階をざっと見たところ、長い間放置されたままって感じかな? 経年劣化はあるけど恐竜に壊されたような跡はありません」
「私たちがこのホテルに来た反対側の海岸に何か見えますよ。悠人さんじゃないですか?」優衣が言う方向の波打ち際に、飛沫に紛れそうなくらい小さな影が段々と大きくなってくる、バイクに乗った悠人だ。
「本当だ、優衣って目がいいなぁ。やっぱりエルフじゃない?」
「亜香里さん、もうソロソロそのネタから卒業しませんか?」
「まあ、良いじゃない? 減るもんじゃ無いし」
 亜香里からそう言われて、優衣はそれ以上言い返すのが面倒になって虚脱する。
「悠人がバイクのタンクの上に、縛った袋みたいなものを載せています。水ですね」
「萩原さん、無事に帰って来て良かった。ズッと音信が途切れていたから行ったあとで、行くのを止めれば良かったのかな?と思っていましたから」
 詩織がほっとした表情をする。
「やっぱり、一晩一緒にいると心配になりますよね? アーッ、変な意味じゃ無いです! 亜香里さん、その邪悪感溢れる手の形は止めて下さい! さっき亜香里さんが海竜に突撃して寿命が縮んだばかりですから!」
 背後から近づいてくる亜香里に気づき、優衣は飛び退いた。
「優衣さぁ、時々、言うことが微妙なのよね。私たちと一緒の時はその辺、気をつけてね」
 亜香里が念を押すように言う言葉よりも、優衣は詩織の視線が怖かった。
「スミマセン、スミマセン。以後注意いたします」

 悠人がバイクで、2階のバルコニーまで登ってくる。
 水が入った袋を縛った紐をほどき、袋を英人と詩織に渡してバイクを降りる。
「英人たちが無事ここに到着出来てほっとしたよ。途中、海竜が出て来て大変だったみたいだけど」