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ジューンブライダル 【小説家養成合宿所】

 たぶん、半年前の僕なら、彼女の言うことを全く信じなかったと思う。
 6月の梅雨時にキツネの嫁入り? お話としてはベタ過ぎる。
「それで、お狐さまは何か変なことをしたの?」
 お狐さまが、わざわざ披露宴のリハーサルに出てくるくらいだから、何かあるよね。
「新郎と一緒に、式のリハーサルをこなしていたわ」
 なんと真面目なお狐さま。ブライダル業界への参入を考えているのかも知れない。

「それなら良いのでは? 本番ではホンモノの新婦が出てくるのだから」
「結婚式は神式で、赤坂の日枝神社で挙げられるそうよ」
 あそこの神社は、お稲荷さんではないよね?
 それなのに、なぜキツネ?

 披露宴のリハーサルにお狐さまが参入した理由について彼女と話をしていたら、ビルの外でクルマの止まる音がして、叔父さんが帰ってきたと思ったら、後ろからユリさんも入ってきた。
 叔父さんはともかく、何故ユリさんも一緒なの?

「ユリちゃん、久しぶり。そっかー、土曜日だものね。叔父さんのクルマに乗せてもらったの?」
 今まで少しうつむき加減だった彼女の顔が、パァーッと明るくなる。
 ユリさんは彼女のお気に入り。

 今日は土曜日か。大学に入ってから曜日の感覚が薄れている。このまま4年間過ごすと、卒業してから会社勤めをする自信がなくなりそう。やっぱり小説家を目指すしかないのかな? 甘い考えなのは分かっているけど。
 たった3ヶ月で社会性を失いつつある僕と比べ、叔父さんと一緒にホールへ入ってきたユリさんは、学校帰りに合宿所へ寄ったのか制服姿で、社会性を全身に纏っている。

「学校で試験があったので久しぶりに来られました。今日は絶対合宿所へ行こうと思い、高校から直接来たのですが電車の接続が悪くて、駅からバスも無く仕方なく歩いていたら、叔父さんが見つけてくれて助かりました」
 ユリさんからそう言われ、叔父さんも満更ではない様子。
「見つけるも何も、この道を歩いているのは、合宿所に用事のある奴くらいだからな。そう言えば…」
 叔父さんは僕たち3人を見て、何かを思い出した様子。

「久しぶりに研修生が3人集まったから、講義でもやるか」
 今まで、叔父さんから小説家になるための講義とかあったっけ?
 トラブルに遭った時、アドバイスはしてくれるけど、アレって小説を書くための講義なの?
 僕が訝しげな顔をしていたら、向かいに座っている彼女が挙手をする。
「叔父さんの講義も良いけど、その前にちょっと聞いて欲しいの。叔父さんはオカルト同好会のOBよね?」
「学生の時からオカルト同好会には所属しているがOBじゃないぞ、仲間もみんなバリバリの現役さ。先月、ジャングルジムからお前のことを助け出しただろう?」
 叔父さんは彼女に恩を着せたいようだ。
 彼女をあやかしから助け出したのは確かだけど、妖退治道具の怪しいピアスで、彼女も僕も大変な目に遭ったのは覚えているのかな?

「ハイハイ失礼しました。それでは現役のオカルト研究家の方へお聞きします。披露宴にお狐さまが現れることってあるの?」
 いきなり『披露宴にお狐さま』を聞かされて、叔父さんとユリさんが『キョトン?』とした顔をするので、彼女はアルバイト先で見た不思議なことの説明を始めた。

 僕は一度聞いた話なのでキッチンへ行き、みんなにコーヒーを入れてホールのテーブルへ運ぶ。
 彼女の説明がひと段落して、叔父さんが口を開いた。
「お狐さまって神様の使いだろう? 人では無いとはいえ神様は専門外だからなぁ」
 叔父さんが張り切って関わってくるのかと思ったら意外な反応。神様も怪も日頃、この世に居ないと言う意味では同じだと思うけど。
 今回は前回の様にオカルト同好会から、ピアスの様なアイテム提供は期待薄。

「でも、そんなこと、あるかも知れません」
 彼女が少しガッカリしていると、意外な伏兵ユリさんが口を挟む。
 そういえばユリさんの通う高校は、神道学部のある大学の附属高校。
 その高校の偏差値は高いから、最初からエスカレーターで大学進学を希望する生徒は少ないらしい。
 
「そのカップルが執り行う結婚式と披露宴の場所は有名な所ですよね?」
「ええ、ホテルの挙式パックもある有名なところ。日枝神社で挙式を上げて、ホテルで披露宴を行うの。あのカップルはパックを選ばずに派手にやるみたいだから、ホテルがオペレーションをしても披露宴はホテル内ではなくて別の場所で行うと聞いているわ」
 彼女の話を聞いて、ユリさんが考え込む。神社に何か関係あるのだろうか?

 僕たち3人がユリさんを見ていると、学生カバンからノートを取り出してページをめくり、自分でうなずいてから話し始める。

『「日枝神社」の神使は「神猿まさる」とよばれる猿だとされています。御祭神である大山咋神おおやまくいのかみが山の神であることから、山の守り神とされる猿が使いとして重宝されたとのこと。そのため本殿脇には狛犬ではなく、夫婦の「神猿像(狛猿)」が置かれています。この“さる”という読みから転じて、「魔がる」「まさる」として魔除けや勝運の信仰を集めてきました。また、音読みが「猿=えん」に通じることから商売や恋愛のご縁を運んでくれるとも考えられています』

(ユリさんのノート)

 ユリさんが一気に読んでノートを閉じ、一息つく。

 3人が不思議な顔をしてユリさんを見ていると、本人は喋りすぎたと思ったのか慌てて、恐縮する。
「今書いている小説の舞台が神社なので、神道学部に進学した先輩からいろいろと教えて頂いています」
 なるほど、真面目なユリさんらしい。小説を書くとき、ちゃんと物語の背景を調べてから書き始めるタイプなんだ。

「それで披露宴会場の近くに、稲荷神社はありませんか?」
 ユリさんが僕たちに聞いてくる。
 叔父さんを見るとうたた寝を始めたのか俯いたまま。ユリさんの説明途中で寝てしまったのかもしれない。

 彼女がメモを取り出して、そのカップルの披露宴予定会場の建物を確認し、スマートフォンで調べてみると遠くないところに稲荷神社がある。日枝神社と比べるとこぢんまりしている。

「あるけど、稲荷神社が近くにあると何かマズイの?」
 分からないから聞いてみたのだが、彼女がすぐに突っ込んでくる。
「エムくん、鈍いなぁ。狐と猿よ? 犬と猿以上に仲が悪いはずよ。お猿さんのいる神社で挙式を挙げてその雰囲気を纏いながら、稲荷神社の近くで披露宴を挙げたら、お狐さまも癇にさわると思わない?」
 なるほど犬猿ならぬ狐猿の仲?

「稲荷神社で挙式させるために、その従姉妹に憑依したのではないのかな?」
 寝ていたと思っていた叔父さんが、急に喋り始めるからみんな驚く。
 狸寝入りをしていたのかも知れない。

「でも、今日のお狐さまは真面目にリハーサルをやっていたのよ」
 現場にいた彼女が言うのだから間違いない。
 やはり、お狐さまは稲荷神社総出でブライダルビジネスを始めようとしているのかも知れない。

「今日のリハーサルではそうだったかも知れないが、そんなに簡単に憑依出来るのなら本番で披露宴を台無しにするのも簡単だろう?」
 さすがキツネ、狡賢い。狸寝入りをしていた叔父さんの想像だけど。

 彼女のバイト先の事なので、合宿所のメンバーで何とか出来ないか(出来ないけど)を話していたら、彼女のスマートフォンに電話が入る。
 彼女はソファを立ちキッチンへ行き、話し始める。

「ハイ、そうなんですか? それで… また私がですか? …ハイ分かりました。来週の土曜日ですね? ところで友人が… ハイそうです。ありがとうございます。それでは失礼します」
 彼女が微妙な顔をしてホールに戻ってくる。
「またリハーサルをやるそうよ。今度は両家のご両親も出席して」

 彼女がかいつまんで説明する電話の内容は、今日のリハーサルの様子をネット中継で見ていた両家、新婦側から「映像に変なものが写っている」とクレームが出たとのこと。お狐さまはカメラ好き? ホテルの売上に響くほどの挙式費用は支払い済みで、メンツもあるので全体を取り仕切るホテル側が再度両家に集まってもらい大リハーサルをやることになったらしい。
 今度のリハーサルは、新郎新婦とも双方の両親と一緒に披露宴の様子を見るそうで、新婦役には新婦になる会計士がお気に入りの彼女に指名があり、その依頼がたった今、来たところ。

「それで、今の電話で依頼を受けることにしたのかい?」
 叔父さんが念押しする。
「今日、従姉妹さんの憑依を見たからどうしようかと思ったけど、ご両家は知る人ぞ知る名家だから断ったらエージェンシーの面目上、ブライダルモデルを辞めざるを得ないわ。このお仕事は始めたばかりで面白いから続けたいの。友人もリハーサルを見てみたいとお願いしたらOKが出たから、来週はお狐さまと勝負するためにみんなで式場へ乗り込むわ」

 いつの間にか僕も、リハーサル現場へ行くことになったようだ。
「俺は金曜日から海外出張だから無理だな。エムくん、よろしく頼むよ」
 叔父さんによろしくと言われても、どうしろと? 神さま相手に何が出来るの?
 急に不安になって来た。今まで彼女といろいろなトラブルに遭ってきたけど、神さま相手は未経験。神仏相手に事を起こしたくないなぁ。

 僕の不安げな表情を見たからか(たぶん気にしていないと思うけど)、ユリさんが寄りかかっていたソファを座り直し背筋を伸ばして彼女に聞く。
「所長(所長ってだれ?…叔父さんのこと?)が来られないとサポートがエムさんと私だけになるので、一人連れてきて良いでしょうか?」
 ユリさんの友達? 女子高生を増やすと、お狐さまに勝てるの?
「さっき、話をした高校の先輩で神道学部に進学したレイさんは神主になるために修行中ですが(大学で修行するの?)、実家が代々神主で、高校生の頃から歩くパワースポットと言われている先輩です。それに好奇心が人一倍強くて今の話をしたら、必ず来てくれると思います」

「やっぱり、ユリちゃんがいてくれて良かったわ。これで安心してリハーサルに臨めます。安心したらお腹が空いちゃった。来週、叔父さんは来てくれないから、今晩は何かご馳走して下さい」
 急に美少女スマイル満開の彼女。
 よほど、お狐さまが不安だったらしい。

「そうだな。じゃあ寿司でも取るか」
 今日の叔父さんは太っ腹。
 金曜日から海外出張と言っていたから、出版会社の経営が順調なのかも知れない。

 そのあと、ユリさんは先輩のレイさんに今までの状況を電話で説明し、お狐さま対策の話をしていると、大きな鉢盛のお寿司が届き彼女が作ってくれたお吸い物と一緒にお寿司を堪能したんだ。
 叔父さんはいつものように缶ビールを飲み始め、棚からワインボトルを持ってきたけど、またコルクスクリューが見つからず、コルクを無理矢理押し込んでいた。そろそろコルクスクリューを常備しておいた方が良いと思うけど。

 少し酔ってきた叔父さんが、ユリさんに今書いている小説の内容を聞いてくる。
 ユリさんは少し恥ずかしそうに、カバンからノートを取り出して説明を始めた。

 物語の舞台は神様と妖と人間が共存する古代と、それに影響を受け始める21世紀社会。主人公たちが両方の世界を行き来するうちにトラブルに遭い、それを解決していくお話。
 ユリさんは今、お狐さまに憑依された女子大生のエピソードを書いているところ。だから稲荷神社のことに詳しかったんだ。登場人物の設定やストーリーの説明をするうちに、憑依された女子大生が死にそうになるところまで説明をしたものだから、それを聞いた彼女が青ざめる。
「ユリちゃん、もう分かった! それ以上の説明はいいから!」と、説明をやめさせる。
 今日のリハーサルで見たお狐さまが、よほど怖かったようだ。

 アルコールが回ってきた叔父さんはいい気分。
「ユリちゃんの物語、筋がいいね。登場人物の個性を際立てて、結末まで二捻りくらいさせれば(二捻りも、どうやるんだよ)読者が食い付くよ。異世界転生ものも最近は食傷気味だけど、今さら現実世界の物語を書いても読者はついてこないし、そのあとメディアミックスに展開しようとしても地味になるからなぁ』
 叔父さんが久しぶりに編集長目線でアドバイスをする。僕がそんなものかなぁと思っていたら、ユリさんと彼女は真面目にメモを取っている。『継続は力なり』を久しぶりに思い出した。

 その日は珍しく、小説家養成合宿所の本来の雰囲気で夜遅くまでプロットの立て方、キャラクターの設定、世界観の表現方法など小説家を目指す僕たちには為になるヒントをもらい、みんなで話が出来て有意義な時間が過ごすことができたんだ。
 ココ(合宿所)に来てから3ヶ月経とうとしているけど、初めてのことだと思う。

(つづく)