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第3話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』 ジャンププラス原作大賞「連載部門」

【研修2日目 良くない目覚め方】

「小林さん、そんなに肌を出したまま寝ていて大丈夫なの? まだ4月よ。風邪を引かないのかしら?」
 熟睡している小林亜香里の足元の方から、人の声が聞こえてくる。
「小林さんの、裸健康法とか?」

「それはないでしょう? 私だったら、ちょっと恥ずかしいかも」
(誰なの? 朝から人の安眠を邪魔するのは?)
 誰かの声が聞こえてはくるものの、寝起きの悪い亜香里はなかなか目が覚めない。

「小林さん、朝食の時間が始まっていますから、私たちは先に行っていますよ」
『バタンッ!』というドアの開閉音がして声が聞こえなくなる。

 ハッとして、起き上がる亜香里。
「ヤバッ! 寝過ごした! 朝食抜きとか考えられないよ。急いで食堂に行かないと」
(腰のあたりがスースーする)と思ったら寝間着にしているジャージの下とパンツが、ずり下がっている。
 お尻が、ほぼ丸出しの状態。
「なんなの? どうしたのぉ!」
 慌ててジャージとパンツを引き上げる。
 誰かに脱がされた覚えはなく、自分で脱いだ記憶もないので昨晩のことを思い出してみる。
「そうだ! あれから寝落ちしたんだ。お尻の痛みは無くなったけど昨晩のヒリヒリしたのは何だったんだろう… でもボーッとしている場合ではないよね。朝ごはんを食べ損ねちゃう」
 気持ちは焦るが、まだ寝ぼけているので行動が伴わない。
「顔を洗ってメイクをする時間は無いよね。とりあえずマスクと色の入ったメガネとニット帽で、朝の食堂はやり過ごそう。メイクはここに戻ってきてから講習が始まるまでになんとかすれば間に合うよね」
 亜香里はメイクがあまり上手くはなく、スッピンに近い方が見栄えが良かったりする。髪をとかして顔を洗いさえすれば、防犯カメラ対策をした強盗のような格好をしなくても良かったのだが。
「みんなは朝食の時からスーツを着ているのかなぁ? まあいいや、ジャージのままで」

 急いで食堂に入ると新入社員のほとんどが席に着いて朝食を取っており、格好を見てみると、ジャージ姿は亜香里と一部の男子社員だけである。他の新入社員はスーツ姿か、オフィスカジュアルの服装をしている。
 遅れて食堂に入って来た亜香里のコンビニ強盗姿に、食事中の新入社員全員が注目した。

 亜香里と同室の女子社員たちは同じテーブルで朝食を取っていたが、部屋ではお尻丸出しで、今度はコンビニ強盗モドキの亜香里の格好を見て驚きながら小声で申し合わせをする。
「さっきはお尻を出していて、ここであの格好はないよね。食堂では知らない振りをしておきましょう」
 団体生活開始早々、変に目立ちたくないのは人の常。

 亜香里は食堂に入ってすぐに自分が注目され、変な目で見られていることに気づいたがそれを気にしている時間的な余裕はなく、平静を装って配膳コーナーへ歩いて行く。
(アチャー、やらかしたかな? でも食事の時の服装に決まりは無かったし、まずは朝食ですよ。ごはん、ごはん)
 注目されているのはジャージ姿よりもメガネ(サングラス)、マスク、ニット帽の怪しい姿なのだが。

 萩原悠人は大学の同じ研究室からこの会社に入った固太り男子、加藤英人やその他の同室のメンバーと朝食を取っていた。
 そこにコンビニ強盗まがいの女子が現れたので「何だ、あれーっ?」とみんなが注目する。
「朝から怪しすぎない? 同期にあんな子、いたっけ?」
「警備を呼ばなくて大丈夫?」とか朝から大いに盛り上がっている。

 亜香里がマスクを取って朝食を食べ始めると、悠人は(あれ? 昨日夢に出てきた同じクラスの子だよな)と気がついたが、夢のことを話して周りからいじられるのも嫌なので、黙って食事を続けた。
(同じクラスだから、あとで名前を確かめておこう)
 悠人は亜香里のことがいろいろな意味で気になっていた。

 亜香里が朝食をダッシュで食べていると、食事の終わった詩織が声を掛けてくる。
「おはよう! コンビニ強盗。今日の収穫はどう? ていうか2日目の朝から寝坊したの?」

「おはよう、寝坊は否定しません。でも研修センターに来てから夢見が悪いというか、寝ているはずなのに眠れていない感じなの。今も眠たいし」

「どこか悪いんじゃない? 5月病? いや未だ4月3日よ。大丈夫?」

「食欲はあるし熱もないから、たぶん大丈夫。寝たら直ります」

「熱もないのに朝から横になったらまずいよ。これから講義が始まるし」

「ムーッ! 夜まで長いなぁ。今日も昼寝をしようかなー」
 亜香里の優先順位、食事、睡眠の順番は揺るがない。
「三大欲求ばかり考えないで、少しは文化的なことも考えようよ。まず、その髪をとかすとか、化粧をするとか」

「文化的なことは考えていますよ。美味しい料理の調理方法とか、安眠枕とか、アニメとかコミックとか」

「それって文化的なの? まあ、健全ではあるけどね」
 学生時代、学内で開催される就職活動セミナーを受講した帰り、一緒に最寄り駅まで歩いていると男子学生からジッと見られるくらい、顔もプロポーションも良いのだがリアルには余り興味のない2人であった。

「亜香里は、寝過ぎが良くないのかも知れない。お昼休みに研修センターの中を探検してみようよ」

「そだねー(ダルいけど)。天気も良いし敷地内だったら歩き回っても平気でしょう?」

「先に宿泊棟に戻るからね、講義の準備があるし。亜香里はその格好で教室に来ない様にね」

「そこまでダラシなくありません。講義中はスーツでしょう?」

 近くのテーブルで悠人は、亜香里と詩織の会話を聞いていた。
(アカリ、って言うんだ。クラスに掲示されている座席表で確かめてみよう。友達のシオリ、って子はキレイで背が高いなぁ。彼女も要チェックだね)
 データ・チェックに余念のない悠人である。

「悠人、さっきからあそこのテーブルの二人をずっと見てるけど、さっそく気になった?」隣に座る英人から突っ込まれる。

「怪しい格好で遅れて食堂に来た子、マスクを取ったら同じクラスにいた子だなと思ってさ。どうしてあんな格好で食事をしてるのかな?」英人から変に思われないように話をはぐらかす。

「俺はすぐに分かったよ。あの背の高い子がすぐ、マスクをした子の席に来たから。あの二人、昨日の昼食に行くときに俺らの前を歩いていたでしょう? えっと名前なんだっけ? 昨日座席表を見たんだけど、確か背の高い子が藤沢って名前じゃなかったかな?」英人もチェックを入れていた。

 ただ、データ・マネジメントをこじらせたせいか、二人ともリアルへの関心は薄かった。