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大きな包み 【ピアスと黒い人物】

 合宿所に戻ると叔父さんはバスルームへ向かい、鼻歌を歌いながらお湯に浸かっていた。
 バスルームへ入る前に叔父さんが「何か食い物を取ってくれ」と言うので彼女が「何、取ろうか?」と聞くと、ユリさんが「この前のピザ、美味しかったのであれがいいです」と即答する。
 アレッ? ユリさんは、ここでピザを食べたことがあったかな?

「ユリさん、ここでピザ食べたっけ?」
 僕の質問に、彼女とユリさんは一瞬顔を見合わせて吹き出し、涙を流さんばかりに笑い続ける。
 一時いっときして、ユリさんが呼吸を整え、にっこりしながら口を開く。
「あの時は、ピザをご馳走になりました」
 あの時… 「アッ! 分かった! ユリさんが行き倒れになって初めてここに来た日。ユリさんが隠れてから、彼女がこっそりピザをユリさんに運んでいたんだ」先月、彼女が時々いなくなった理由がようやく分かった。
「エムくんにタネ明かしをした時に話さなかったっけ?(「ユリさんが隠れていたことしか聞いていません」)そっかー、だってユリちゃんお腹を空かせていたし、叔父さんがオーダーしたピザの量が半端なかったからちょうと良かったわ」
 それで僕は2万円も支払う羽目になったんだけどね。

 そのあと、ユリさんご所望のピザ屋さんに注文をし、
(今日は叔父さんのアルコール抜きだから前回のような金額にはならなかった)しばらくして叔父さんがバスローブ姿でバスルームから出てくると、タイミングよく、デリバリーサービスが玄関の呼び鈴を鳴らす音がする。
 今日は叔父さんに払ってもらうからね。

「ピザ頼んだの? じゃあ受け取っておいて」そう言いながら1万円札を渡してくる。今日は気前が良いのかな?
 ピザをテーブルに並べていると、叔父さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲み始める。酔う前に公園での質問に答えて欲しいのだけど。
 バスローブ姿の叔父さんが缶ビールを片手に「あーっ、疲れた」と言いながらソファに腰を下ろす。
 僕たちが叔父さんの説明を黙って待っていると「冷えたピザほど不味いものはないぞ。とりあえず食べよう、説明はそれからだ」
 ほんとに話してくれるのかな?と思いながら僕たちもピザを口に運ぶ。

 4枚届いたピザの半分ほどなくなったところで叔父さんがおもむろに口を開く。
「あのあやかし、たいした妖じゃなかったな」
「「「エッ!」」」
 今、叔父さんは「あやかし」って言ったよね。
 叔父さん『ムー編集部』編集長ではなかったはず。
 僕たち3人が疑いの眼差しで叔父さんを見ていると、それに気がついたのか「じゃあ、ざっと説明するよ。最初から全部話しても理解できないだろうから」と、少し勿体ぶった言い方をして説明を始めた。

 叔父さんとその仲間(どの仲間かは分からない)は、大学時代に人間ではないものを研究するサークルを始めたそうだ。いわゆるオカルト同好会。
 大学を卒業してからも時々集まって、情報交換という名の飲み会をしているらしい。
 その会合で最近、あやかしの活動が活発化しているのが話題になり、サークル仲間が叔父さんの家に来た時「この辺はあやかし臭がする。女性は気をつけた方が良い」と助言したそうだ。
 叔父さんは僕たちが上京する前に、彼女のあやかし対策用に妖撃退ピアスを仲間に頼んだらしい。妖退治どころか、それを付けた本人が死にそうになったんだけど。

「叔父さん、アレは無理。あんなの付けたら、妖に遣られる前にピアスに殺されてしまうわ」
「いや、アレをお前があんなに早く手に入れるとは思わなかったからさ。ピアスが妖避あやかしよけだと言っても、お前は信じなかっただろう?(彼女「信じません」)だよな。だから少し手の込んだ芝居を打とうと思っていたら、最初にあの店に入ってピアスを手に入れてしまったから。あの道具は調整不足だったんだ」

 叔父さんは彼女がそのピアスを付けたくなるように、元オカルト同好会の仲間たちと手の込んだ芝居を打ったらしい。お使いを何度か頼んでピアスを買うように仕向けるつもりが、初めてのお使いで彼女がピアスを買ったために計画が狂ってしまったようだ。

「そのピアスはどうするの?」
 彼女は、叔父さんが手のひらで転がしているキラキラ光るピアスが気になるらしい。何も起こらなければ天色あまいろの石が光る綺麗なピアスだ。
「これか? さっきあやかし払いに使ったから道具としての効果はなくなったよ。欲しいのならあげてもいいけど」
 叔父さんが彼女の手のひらにピアスを落とす。
 ピアスを受け取った彼女は思案顔。
 それはそうだよね、真夜中に酷い目にあったわけだし、効果が無くなったとはいえ、妖避けのピアスなんて僕だったらゴメンかも。

「一応もらっておくわ。でも様子をみたいからエムくん、冷蔵庫に入れておいてくれる?」
 ピアスは彼女のモノになったけど、その管理は僕に託されたようだ。

 ユリさんが手を挙げながら「ちょっとよいですか」と叔父さんに質問する。
「あの公園に居た黒い人は何だったのですか?」
「アレかい? なんだろうねー、俺たち同好会仲間はあやかしと呼んでいるけど本当のところは分からない。何も害がなければ気にしなくて良いけど、さっきみたいに人が攫われると面倒だろう? だから気をつけるに越したことはない」
「でも、あの公園はココ(合宿所)へ来る時、必ず前を通るから怖いです」
 それはそうだ。僕たちもあそこを通らないと合宿所からどこへも行けない。

「それは大丈夫。ピアスの威力でここに近づくことはないよ。しばらくの間はね」
『しばらく』が、どのくらいの期間なのか気になるところ。

 説明がひと段落し、叔父さんはキッチンの棚からワインボトルを取り出したけど、コルクスクリューが見つからず無理やりコルクをボトルに押し込んで、歓迎会の時のようにボトルから直接飲み始めた。ワインはグラスに入れた方が美味しいと思うけど。

 夜が遅くなる前にユリさんをバス停まで彼女と送りに行き、その日は冷蔵庫のピアスを気にすることもなく眠りにつくことができたんだ。
 そう言えば、彼女がお使いに行った『大きな包み』は結局何だったんだろう? そんなことを考えているうちに長い坂を走って往復して疲れたのか、すぐに寝入ってしまった。

 熟睡している真夜中に、スマートフォンが鳴り始めた。
 寝ぼけ眼でディスプレイを見ると、彼女からだ。

 一件落着したよね?と思いながら 通話ボタンをタッチすると彼女の悲鳴。
エムくん、来て! なんか変!

 大きく伸びをしてから起き上がり、裸足をジャングルモックに突っ込んで立ち上がった。

(仮)彼女と僕の奇妙な日常『5月 大きな包み』(了)


と書きながら、お話は『6月 ジューンブライダル』に続く…

MOH