見出し画像

大きな包み 【児童公園】

「エーッ! 消えたけど… どこに消えたの?」
 彼女も同じように消えて見えたようだ。
 昨日の夜は遅くまでSF小説の続きを書いていて、今朝は周りの風景がぼんやりと見えていたから、自分の見間違いではないことが分かり安心する。

「そうなんです。さっき合宿所に来る時もあそこのベンチに座っていて、変な人だなと思って見ていたら急に消えて、そのあとブランコに乗って、また消えて。そのあと嫌な感じがしたから振り向いたら、私の直ぐ背後うしろに現れました。大きな鎌を持って」
 ユリさんが、自分のうしろを振り返りながら説明する。

 人が現れたり消えたりするのには少し驚くだけだけど(彼女や叔父さんと一緒に居るせいで自分の感覚がズレてきた気がする)、自分の背後うしろに大鎌を持った怪しい人が現れたら怖いよね。
 彼女も、めん棒を握りしめて、周りをキョロキョロと見ている。
 僕たち三人はお互いに身を寄せ合い、警戒態勢。
 そんな状態がしばらく続き、陽が無くなりかけたところで彼女が大きく頷きながら声を上げる。
「とりあえず、今のところは大丈夫そうじゃない? さっき消えた黒い人は不気味だけど、消えただけだから影響はなさそうだし」
 消えた黒い人物の謎は、彼女の好奇心を満たしていないようだ。

「でも、消えっぱなしってことはありませんよね?」
 ユリさんはまだ油断を怠らない。大鎌を持った黒い人物が、余程怖かったようだ。
「霊的なモノだったら消えたままかもよ。中途半端は気持ち悪いから、エムくん、念のために公園の中を確認してから帰らない?」
 彼女は口では『気持ち悪い』と言っているが、薄暗くなった公園の前で彼女の瞳が輝き始めた。怖さより好奇心が優ってきた様子。彼女の行動基準はそれが最優先なのは、この半年で学習してきたんだ。

「じゃあ、公園の中をぐるっと回ってから合宿所に戻ろうよ。何も無かったら、霊的なモノということで良いのでは」
 僕はどちらでも良いのだけど、彼女が納得しないと合宿所へ戻れないからね。さっさと済ませることを第一優先に考えた。

 彼女が「それでは」と言いながら、めん棒を片手にズンズンと公園に入って行き、ユリさんが追いかけるようについて行く。僕は引き続きしんがりを務め、前を行く彼女たちを見守りながら少し間を空けて公園に入って行った。
 彼女は入って直ぐのところにある、ユリさんの前で黒い人物が乗っていたというブランコのチェーンを握り揺さぶってみる。
「何ともないわね」
 今度は隣にあるシーソーの真ん中に飛び乗って両足でバランスを取る。
「懐かしいなぁ。こうやって、どっちが地面に着かないように続けられるか競わなかった?」
 彼女は『ヨヨッ』とか言いながら器用にシーソーの上でバランスを取る。膝上のスカートを履いているけど、気にしていないようだ。
 バランス運動に満足したのか、その先にあるすべり台へ向かう。
 もしかしたらと思ったら、思ったとおり彼女はすべり台の方から勢いを付けて登り始める。途中でワラビーの靴底が滑り、慌ててすべり台を掴んだのはお約束。

「見えていますけど」
 僕の横に立って彼女のアクティブな行動を見守るユリさんが、女性目線で助言する。
 彼女はすべり台のてっぺんに立ち、周りをひと通り見回し頷いてから僕たちの方を見下ろす。
「ユリちゃん、見せパンを履いてるから大丈夫。わざわざ見せたりはしないけどね。ここから見た感じ、この公園には何も居なそうよ」
 彼女は駆け登った滑り台を今度は立ったまま、バランスを取りながら滑り降りてくる。そういえば高校の体育祭で、彼女が障害物競走で一等を取ったのを思い出した。

 最後に公園の奥にある小さなジャングルジムへ向かう。
「結局、何も無いわね。あの黒い人は何かの見間違いだったのかしら」
 それは無いと思うぞ。若い僕たち3人が揃って見間違えるはずはないし、ユリさんは2回も見ているんだから。

 彼女がジャングルジムを登り始めたところで、動きが止まる。
 ジャングルジムから少し離れていたユリさんと僕が『何かを見つけたのかな?』と思い彼女の動きを見ていると、ジャングルジムを登り掛けていた彼女の身体が格子状の鉄棒の中に吸い込まれるように消えていった。

(つづく)