突然の来訪者 【タネ明かし】
叔父さんに、ユリさんが消えた方法を『課題』という名の謎かけにされて、思いついたことをいくつか挙げてみたが、その度、目の前に座る彼女からはテーブル越しに「うん、うん。それで?」とか「そこは合っているけど、惜しいなぁー」と突っ込まれ、叔父さんとユリさんはニヤニヤしている。
シェフさんはパーティ料理の準備をするため、厨房へ戻ったみたい。
調理用の食材は、たっぷりとあるらしい。
テーブルに置いたままの借用書を見て思い出した。
貸そうとした3万円はどこへ消えたの?
叔父さんが盗ったとしか思えないから、遠回しに聞いてみると頷きながら、こう答えるんだ。
「あの時、真っ暗になっただろう? ああいうのを『全ては闇の中』と言うんだよ。推理小説を書いていて、細かい出来事の整合性が取れなくなったら、使ってみると便利だよ。謎の本題に使ったら小説として成り立たなくなるけどね」
また、はぐらかされた気がする。
彼女がまた『叔父さんメモ』をシステム手帳に書き足している。
小説家も『継続は力也』なのかも知れない。
3万円は有耶無耶のままになるのかなと、半分諦めかけていたら叔父さんが歩み寄り、僕の肩に手を置いて顔をのぞき込む。
「昨日の立替も覚えているよ。今日の分と合わせて(やっぱり盗ったんだ)合宿所の敷金ということにしておくから。君たちを入居させるために、いろいろお金が掛かったんだから5万円なんて安いものさ」
敷金だから、いずれ返してくれるんだよね?
でも僕たちが、あのオンボロビルに入るために、何か手を掛けたようには見えないのだけど。
そのあと、ユリさんが消えた方法と、このお店でメイド姿になるまでの過程をいくつか挙げてみたけど、『正解』は貰えなかった。
叔父さんは、お手上げ顔の僕をからかい、彼女とユリさんはニマニマしながら、シェフがようやく出してくれた最初にオーダーしたカツレツやオムライス、それにパーティー料理のエビフライや唐揚げ等々、洋食屋さんの料理を楽しんだ。
謎が解けない僕は悶々としながらも、出てきた料理が美味しかったので、それなりに満足したんだ。
叔父さんは最初からビールを飲み、途中からワインのフルボトルを昨夜と同じようにラッパ飲みし始めたから、そのあとはグダグダ。
日曜日の銀座裏通りは昼間以上に暗く静まりかえり、高校生のユリさんもいるので合宿所のオープニングパーティーもお開きになった。
合宿所所長のはずの叔父さんが寝ちゃったから、お終いにしたのだけど。
お店のシェフさんが叔父さんの面倒を見てくれるそうなので、お店で散会にして、ユリさんは自宅へ、彼女と僕は合宿所に帰ることにした。
お店の外に出ると看板の横に交通量調査、いや人物観察に使った2脚の折り畳み椅子が置いてある。
彼女も折りたたみ椅子に気が付き、僕の方を向いて美少女スマイル。
「エムくん、よろしくね」
ハイハイ、分かりましたよ。来た時と同じように僕が担げば良いのね。
日曜日の遅い時間だったので電車の中は空いており、座って帰ることが出来たけど、バスに乗る段になって時刻表を見て驚いた。
終バスが終わっている。
駅に何台かタクシーが止まっているけど、5万円が消えたから僕のお財布は空っぽ。彼女に聞くと彼女も小銭しか持ち合わせがなく、キャッシュカードはオンボロビルに置きっぱなしらしい。
彼女は東京でカードを持ち歩くとスキミングされて危ないと宣うが、あのビルに置きっぱなしの方が危なくない?
仕方がないから、オンボロビルまでの長い道のりを、彼女と僕は歩いて帰ることにしたんだ。
日付が変わる前になんとか玄関へ辿り着いたけど、折り畳み椅子を担いでいたから身体のあちこちが痛い。
ビルに辿り着くまでの道すがら、彼女からユリさんが消えたタネ明かしを聞けたのが、唯一良かったことかな。
でも歩行者天国に置いたままの椅子が、お店に届いていたのは謎のまま。
叔父さんの言う通り『全ては闇の中』なのかも知れない。
(突然の来訪者:了)
このエピソードを最後までお読み頂きありがとうございます。
次のエピソードも、ある程度形になればnoteに掲載を始める予定です。
MOH