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第35話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【休日に優衣からのお誘い4】

 亜香里は走りながら考えた。
(『組織』のトレーニングだったら今回のプログラムは『宇宙戦争』の設定だから、終了に向けてやる事をこなして行けば良いのだけど)
(これって現実でしょう? 10年前に戻った時点で現実じゃないのかも知れないけれど、周りはどう見ても都内だし、どうすれば良いのかわからないよ)
 後ろを走る優衣が追いついて来て、息を弾ませながら声を掛けた。
「亜香里さん、今が10年前だったら、ちょうどアキ叔父さんが亡くなった頃なんです。後ろにいる大きなタコの様な機械にやられたのですか?」
「わからないけど、こんなとんでもないことが歴史の記録に残っていないのが不思議だし、もしも現実だったら私たちも生まれていて小学生か中学生の頃だから、ニュースで知っているはずよね」
 前を走っていた詩織がスピードを緩め2人の横に並ぶ。
「亜香里の言う通りだと思うけど本当に10年前に戻っているとすれば、この時代の私たちは近くにいる子供のはずだから、ここで何かをやらかしたら先々のことに影響が出ないのかな?」
「それは大丈夫よ。2010年に日本にトライポッドが出現したという記録はないから、やっつけた方が歴史にかなってるよ。そこのビルに入って少し休もう。このあと戦うことになりそうだし、少しでも体力を温存させておきたいから」亜香里はトライポッドと戦う気満々で、その理由がこじ付けにしか感じられない。

 3階建てのビルに駆け込み、電気の切れているオートドアを手で開けて中に入ると玄関に建物の模型がケースに入って展示されている、建築事務所のようだ。
 玄関横の部屋はスタッフのリフレッシュルームで、テーブル等いろいろと揃っていた。
 3人は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを飲みながら、椅子に座り一休みする。
「さっきの続きだけどトライポッドってなに? 三脚じゃないよね」
「『組織』のトレーニングだったら『今回はこの映画の設定です』と言えるのだけど、今回はどうしたものかな? 原作はH.G.ウェルズが百年以上前に書いたSFだけど、最新作は21世紀に入って制作されたトム・クルーズが主演の映画なの。あらすじは火星人みたいな宇宙人が地球を侵略するお話。太古の昔から地球に埋め込んでいたトライポッドという大きな三足の殺人タコロボットを起動させて、それに雷を使って宇宙人が乗り込み、人間を捕まえて血を抜き取って栄養にしているのだけど、最後は宇宙人が地球にもともとあるウイルスに免疫がなくて、やられてオシマイっていう、何とも尻すぼみな結末。それが今の現象とどう繋がるのかは分かりません。10年前に飛ぶ設定とか無いし」
「まさにSFって感じね。現実にはあり得ないよ。訳の分からないこの世界から、もとに戻れる方法で思い付くのは、優衣の家の蔵に戻ってもう一度地下の部屋に下りてから地上に出てくれば、何とかなると思うのだけど」
「詩織と同じことは考えたけど、それをやって地上に出てきて、この世界のままだったら、詰んじゃうし。研修センターのトレーニングを何回かやってみて思ったのだけど、こういう変な世界ってそのまま後戻りをしたら元の通りに戻れます、というのは難しいんじゃないのかなと思うの」
「亜香里さんの言う通りかもしれません。何か理由があって私たちはここに来ているのだと思います。タイムトラベルか多次元世界による仕掛けなのか分かりませんが、私たちがこの世界を認識していることだけは事実なんです。だから何とかしてから、ここを抜け出す方法を考えるべきだと思うんです」
「優衣が、そこまで思っているのなら、この世界でどうすればよいかを考えよう。アキ叔父さんのこともまだ何もわかっていないからね」

「じゃあ、トライポッドをやっつけて、アキ叔父さんが亡くなった理由を見つけてからもとの世界に戻れるようにしよう!」
 亜香里の威勢の良い宣言のあと、3人でトライポッド対策を考えたり、地下室にあったアキ叔父さんのノートに書かれている内容を確認する。
 空は相変わらず黒い雲に覆われているが、トライポッドの機械的な音は近づいて来ない。
「役割分担は今、決めたとおりで良いね。ではトライポッド退治に行きましょう!」
 亜香里の発声で3人は立ち上がり表通りに出て、トライポッドの機械音がする方向へ歩き始める。

 トライポッドの姿が見えるところまで来ると、トライポッドが3人に向かって触手を伸ばしてくる。
 詩織が起動したライトセーバーで伸びて来た触手を叩き切り、トライポッドの態勢がひるんだ隙を見逃さず、亜香里が腹部の取り込み口に向けてブラスターを連射した。
 トライポッドの中から火花が出て、頭の部分がゆっくりと傾き地面に倒れたところでハッチが開き、中から人間が想像するような火星人(?)が出てきたところを、優衣がトルコ弓で狙いを定め次々に倒していった。
「一機、討伐完了です。さて次はどうしますか?」
「う~ん、決めた通りにトライポッドと宇宙人を倒せたから、とりあえずは良いけど、これからどうするかよね。『組織』のトレーニングだと終了があるけど、ここではどういう状態なのか、まだ分からないし」
「アキ叔父さんが亡くなった頃に、飛ばされた事くらいしか分かっていませんから。あと不思議なのは街で誰も見かけないことです」
「そうだ! 肝心なことを見落としていた。優衣の言うとおり! 大規模な宇宙人の侵略があったとしても、環七の内側に誰もいないのはおかしすぎる。都民はどこかに避難していたとしても、自衛隊や機動隊まで逃げ出して都内をスッカラカンにするはずはないよ」
「ということは、これも『組織』のトレーニング?」
「いくら『組織』でも、都内でこれだけの人間を一人残らず、どこかへ移動させるのは無理でしょう? ここにきてから一時間以上経つけど、その間、車は一台も走っていないし飛行機も飛んでいないでしょう?」
 3人が話を続けていると百メートルほど先の通りに落雷が数度落ち、地面が裂けトライポッドが出現した。
「繰り返しのプレイになるけど、やらないとやられちゃうから、仕方ないね」
 亜香里は、地中から出て来て立ち上がりつつあるトライポッドの腹部に向かってブラスターを連射すると、近くから攻撃を受けたためかトライポッドの中で大きな爆発が起きてハッチが弾け飛び、中にいた火星人は既に息が絶えていた。
「トライポッドが動き始めたら攻撃されるから、その前にやっつけるのが得策であることは間違いないけど、相手が宇宙人とは言え何回もやっつけるのはあまり気分が良くないね」
「亜香里もそう思う? 屋上からM16でゾンビを撃ち続けたのを思い出したよ。こちらが先手を打たないと、もっと面倒なことになるのは分かっているんだけど、ワンサイドゲームが続くとやっている事に気後れしてくるね」
「どうしましょう? 一旦どこかへ隠れますか? もう少し先に地下鉄の入口がありますけど」
 優衣が生まれ育った街なので、辺りの状況には詳しい。
「隠れてもねぇ。トライポッドの触手は優秀で地下室のすみずみまで追っかけて来るから、動き始めたら先にやっつけるしかないのよね」
 亜香里は『宇宙戦争』でトム・クルーズが一般家屋の地下室を娘と一緒に逃げ回るシーンを思い出していた。

 3人がどうしたものかと頭をひねっていたら、目の前に見慣れた3Dホログラムが現れてきた。
「ビージェイ担当! やはりこれは『組織』のトレーニングなのですか?」亜香里が(お休み中なのに! と思いながら)語気を強めて問いただした。