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第37話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修第3週 初日の講義】

 新入社員研修第三週の月曜日、亜香里は最寄駅から研修センターまでの道をドンヨリとしながら歩いていた。
(あぁー、疲れたぁ。なんで月曜の朝からこんなに疲れたまま会社(研修センター)に行かなければならないの?)
(おまけに週末はビージェイ担当に怒られたし。ライトセーバーとブラスターを誤って(黙って)持ち帰ったのは良くなかったけど、そのお陰でこの世界に戻ってこられたんだから良しとしよう)
(オオッ! 前を歩いているチビッコは優衣だ。彼女の後ろ姿も疲れてそうだから、少し活を入れてあげよう)
 亜香里は、優衣の後ろからコッソリと近づく。

「おはよう! 元気?」
 大声とともに優衣の肩をワシッと掴む。
 優衣は『ビクッ』として全身が固まり声も出せず、一呼吸おいて返事をする。
「朝から脅かさないで下さいよぉ、寿命が縮みます。肩が痛いです、放して下さい」
「ゴメン、ゴメン、脅かすつもりはなかったの。前を歩いているのが見えて元気がなさそうだったから、元気玉を注入してみました」
「亜香里さんが後ろから突然現れる方が余計に疲れます。普通に現れて下さい。昨日はご迷惑をお掛けしました。亜香里さんと詩織さんが一緒いてくれて、何とかこの世界に戻ってくる事が出来たと思っています」
「スッキリはしなかったけど、ビージェイ担当がハッキリと説明しないから仕方がないね。アキ叔父さんの件は原因究明に向けて、一歩前進したと思えば良いのでは」
「私もそう思います。アキ叔父さんのことは一歩前進ですが、私たちは何歩も急いで前進しないと研修開始時刻に間に合いそうにありませんよ」
 優衣に言われてスマートウォッチを見ると9時15分前である。

「アッ! ホントだ、ヤバい。 走ろう!」
 先週に引き続き、亜香里は週の初めに最寄駅から研修センターまでを走ることとなり、今日は優衣も引き連れている。
 講義が始まる直前に亜香里は息を切らせながら自分の席に着くことができた。
 川島講師がすぐクラスに入って来る。
「みなさん、おはようございます。新入社員研修も三週目に入り、OJT活動にも時間をかけていますので、会社組織や職務のこともわかってきたのではないかと思います。今週も今日午前中の講義の後は、各グループに分かれて活動してもらいます」
「それでは掲示板で連絡した通り、今日は損害保険について…」

 午前中の講義が終わり、お昼休みに食堂の同じテーブルで亜香里たち3人はお昼ご飯を食べていた。
 悠人と英人は男子同士5〜6人で、彼女たちとは少し離れたテーブルで何かを話し込みながら昼食を取っている。
「今週も今日の午後から金曜日まで、ずっと『組織』のトレーニングでしょう? うちの会社って、大丈夫なのかなぁー? 私たち能力者補の新入社員には、仕事とは全く関係のないトレーニングばかりやらせて… 他のグループはちゃんとOJT研修をやって会社の実務に関係することを学んでいるのでしょう? このまま配属されたら、私たちだけ最初から職務知識とかに差がついているんじゃないの?」亜香里はアジフライを咥えながら話をしているので、聞いていて真剣味が感じられない。
「私も同じようなことを先週考えていたけど『組織』と会社は裏で繋がっているのでしょう? 何とかしてくれると思うよ。だって私たちがこの会社の社員として、ちゃんと仕事をして認められないと、能力者としての活躍も出来ないと思わない? 『会社の仕事が終わらなくて残業があるので『組織』のミッションには出動できません』とか、ありえないでしょう?」
「私もそう思います。アキ叔父さんは亡くなるまでこの会社に居たから『組織』でも活動出来たのだと思います」
「そっかー、じゃあ仕事については、そんなに心配しなくても『組織』と会社が何とか上手くやってくれるから大丈夫、ということで了解です」亜香里の超楽天的な祝詞が発動される。
「そうなると、これから随分先の話になるけど会社を定年退職したら『組織』も脱退するのかな? でも能力者って個人の能力に依るものだから、仕事のように会社を退職たら翌日から何もすることが無くなる、みたいにある日突然、能力がなくなる訳ではないよね?」
「そんなに先のことまで考えるなんて、亜香里さんらしくないですね(亜香里「優衣、私のことを誤解してない? 小林亜香里は先々のことまで考えています」)そうなのですか? でも私たちがそういう歳になる頃の日本は労働人口がガタ減りしていて、身体が動かなくなるまで働かなくてはいけない世の中になっていますから、その心配は不要だと思います」
「死ぬまで働けって? おまけに『組織』のミッションまで? アーッ、嫌だ嫌だ! 考えるのは止めよう。頭痛がしてくる。気分を変えてご飯のお代わりをしてきます」
 何を考えていても、亜香里の食欲が変わることはない。

「そう言えば、優衣はあのあと蔵へ行ってみたの? 昨日あれから帰る途中に亜香里と話をしていて、蔵の奥にあった大きな箱はどうなったのかな?と思ったから」
「私もあの箱のことは気になりました。あれから一人でまたあの蔵へ入るのは怖かったのですが、蔵の周りと中に灯りをたくさん用意してから、蔵の中に入って奥の箱があるところまで行ってみました」
「それで、結果は?」
「私たちが階段を降りる時に蓋を開けて、つっかえ棒をしたままの状態だったのですが、中を覗くと普通に木箱の底があるだけでした」
「えっ? 階段とか無かったの?」
「もしかしたら、木箱の底を破ったら階段があるのかな? と思って、親に怒られるのを覚悟して、箱の底に貼られていた木の板をノミとハンマーで壊してみたのですが、木の板を剥いだら、その下はコンクリートで出来ている蔵の地面でした。地面もハンマーで叩いてみたのですが厚そうなコンクリートの床でした」
「そうなんだ。ということはビージェイ担当が言っていた通り、昨日のあの世界は私たちが作り出したものだったのかな?」優衣の説明に納得しながら(なんで優衣の家にはノミがあるの?)と詩織は不思議に思っていた。
 ご飯とスープのお代わりを持って、亜香里が戻ってくる。
「何の話をしているの?」
「昨日、優衣ん家から帰る途中で話をしていた、蔵にあった大箱の話よ。優衣があれから調べてみたら、箱の中には階段も何も無かったんだって」
「そうなの? まあ、あんな変な世界へ行ってしまう階段は、無いに越したことはないけどね」
「そう言えば、亜香里が持ち出した『組織』のライトセーバーとブラスターは、どうしたの?」
「ちゃんと持ってきましたよ。もしものことがあると危ないから、バッグに入れて肌身離さず持ち歩いています」肩から斜めがけにしたショルダーバッグをポンポンと叩いてみせる。
「それなら安心。昨日のビージェイ担当の感じだと『組織』にちゃんと戻せば、今回は昨日以上のお咎めは無しに許してもらえそうだからね」
「小言の一言二言は覚悟していますよ。うっかりとは言え『組織』の備品を持ち出した訳ですから」
「じゃあ、私は先に行ってるよ。亜香里は、お代わりを堪能して下さい」
「了解です」
 詩織と優衣は食堂のトレイを片付けて宿泊棟へ戻って行った。
 亜香里は、午後からのトレーニングはまた移動だし、トレーニングへ行った先では、また食事が出来なくなるのではないかと思いながら、お腹いっぱいになるまで食事を続けていた。