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第31話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修第2週 能力者補トレーニング5】

 5人は、大きなブザー音で目を覚ました。
 乗り込んだ時と同じカプセルの中にいることに気がつくと、ハッチがすでに開いている。
 中央のディスプレイに何か表示がされているのを、5人は寝ぼけまなこで眺めていた。

『到着です。ハッチから外に出て更衣室へ戻り、ディスプレイの表示に従って下さい』

「ずいぶん眠ったけど、研修センターに着いたみたい。今回も疲れました」
 亜香里がみんなの気持ちを代弁しながらシートベルトを外し、座席から立ち上がる。

「お腹が空いた。携行食ばかりだったから」
「詩織が、私より先に空腹を訴えるとは珍しい」亜香里はそう言いながらカプセルの奥に入って行き、携行食を取り出して食べながらカプセルの外に出た。
 カプセルに乗り込む時と同じ通路を通り、男女別の更衣室に戻って行く。
「萩原さん、加藤さん、それでは後ほど。おそらくまたこの棟の食堂でお会いするかと」
 優衣がソツない挨拶をする。

 更衣室に入るとスリガラスの窓から日が入っている、まだ日没前のようだ。
「ハーッ、ここが一番落ち着くよ。まだ外が明るいけど何時だろう?」
 詩織はロッカーから自分のスマートフォンを取り出す。
「また金曜日!『猿の惑星』では眠っていないし、そこまでの往復で眠っていたとしても、時間の感覚はどうなっているの?」
「スターウォーズを観ても、出演者はオープニングクレジットのあとクロージングクレジットまで、戦いっぱなしで眠るシーンとかないじゃない? たぶんそれと同じだと思うよ」亜香里は映画と現実を混同しているが『組織』のトレーニングを現実と言って良いのかはまた別のお話。

 3人がジャンプスーツのファスナーを下げながら、更衣室中央に表示されているディスプレイを見ていると新しいアナウンスに気がついた。
『今週の研修とトレーニングは終了です。来週、月曜日9時から研修を始めます。研修棟の教室へ集まってください。トレーニングウエアはランドリーバッグへ入れておいて下さい。このあと食堂棟で夕食を取るのも、帰宅するのも自由です。お疲れさまでした』

「エェーッ! トレーニングのあとは、ここでおいしい食事が食べられるのではないの? 楽しみにしていたのにー」
 ここのところ『組織』が提供する料理に慣れてきた亜香里は愕然とする。
「いつも、あんな料理ばかり食べていたらデブまっしぐらよ『組織』の運営費用がどこから出ているのか分からないけど、今まで2回のトレーニングでもかなり費用を使っているし、私たちの食事まで手が回らないんじゃない?」

 ビージェイ担当は帰着した彼女達の会話をモニターしていた。
「そう思ってくれて良かったです。今週はバタバタしていて夕食の手配を忘れていました。来週、埋め合わせをしましょう」

「詩織さんの言われるとおり、2週連続海外遠征ですよ。新人のトレーニングなのに『組織』のお金の使い方は異常です」
「優衣もそう思うよね。現地スタッフの招集、巨大セットの構築費用にコストが嵩んでいると思うの。セットは映画撮影で使ったままの野外セットを流用すれば何とかなんとかなるかもだけど、それを再度整備するとなると、かなりお金がかかるよね」
「そうなの? ラクーン・シティーも猿の惑星も、どこかの国へ行ったって事? パスポートも無しに?」
「ちょっと例が違うかも知れないけど、日本に駐留している米国軍は約5万人いて、いろいろな国々を往き来しているけど、成田空港や羽田空港のイミグレーションで軍人とか見たことないよね? 在日米軍基地内にそれがあるわけないし、彼らは日本にある米軍基地に入るときパスポート提示は不要なの。日米地位協定によるものだけど、日本の『組織』も各国の『組織』とそんな協定を締結しているのかも」
 詩織の説明は一見すると論理的に見えるが、国家間の協定が前提の話を『組織』間での話にしている。国家間での秘密協定がないと難しいと思うのだが。

「なるほど『組織』って連合軍みたいなものなのかな?」
「軍だと、国ごとにおおよそ、その内容が公表されているけど『組織』は実態が分からないから謎ね。シャワーを浴びて食堂に行こうよ。今週はまともなもの食べていないから」
 3人ともジャンプスーツをランドリーバッグへ突っ込み、シャワーを浴びて自分の服に着替え、最小限のメイクをして(優衣を除き)更衣室を出ることにした。
「追いかけますから、先に行っていて下さい」

「うん、そのつもり」亜香里と詩織はトレーニングA棟を出て食堂棟に向かう。
 食堂に着くと他の新入社員は帰宅済みか、まだOJTを実施中なのか、人気ひとけまばらでガランとしている。
 悠人と英人が窓際のテーブルで食事をしていた。
 英人が亜香里たちに気が付き、手を振っている。
 亜香里と詩織は軽く会釈し(食事に集中したいけど、無視するのも悪いかな? と思い)トレイを持って、2人の隣のテーブルに座る。

「研修センター施設の時間内にトレーニングが終わったから、夕食がここだったのですかね?」
 英人たちも、先週の大盤振る舞いの続きがあると思っていたらしい。
「『組織』だから、なんともコメントのしようがありません」
 亜香里は会話が続いて食事のテンポが遅くなるのがイヤなので、素っ気ない返事をする。答えたあとはトレイに向かい食事に集中するオーラを出す。
 亜香里はすぐに主食を食べ終わり、ご飯とお味噌汁のお代わりを持ってテーブルに戻って来る。手提げバッグからレトルトパックを取り出し食堂の電子レンジにかけに行く。

「亜香里、何それ⁉︎」
「カプセルの中にあったものを出るときにリュックに詰め込んだの。何かあった時、食料があるとないとではその後の生存率に関わるでしょう?『備えよ常に』ですよ」
 それはボーイ・スカウトのモットーのはずだが。

 レンジの温めが終わり、どんぶりご飯にレトルトカレーをかけて食べ始める。
「猿の惑星に着いてからカプセルで武器を探している時、奥の方に『見たことのある設備』と思って確認したら、まんま旅客機のギャレーだったからカプセルから出る時に貰って来たの。ギャレーの食料って賞味期限が短いから捨てられたらもったいないでしょう。SDGsです」
「『組織』はそんなものまで用意しているの? ギャレーがあるのならカプセルは海外ミッション用にも使っているのかも。機内は使い込んでいる感じだったから、英人とわざと室内をそれっぽく汚したりしているのかな?と話していたけど」悠人が英人と話していたことを3人に説明する。

「海外ミッションだと、食料は日本から持って行くよね」
 まだ能力者補に成り立てなのに、亜香里はミッションで海外に行くつもりらしい。
「ミッションで海外へ行くのは良いのですが毎回、あの狭いカプセルは勘弁です。窓もないし」
 食堂に遅く入って来た優衣は、ようやく夕食に手を付け始めていた。

「優衣の言うとおり『組織』への要求事項ね。海外ミッションは『ビジネスクラス以上』とは言わないけど『窓のある広い機体にして下さい』とリクエストしておかないとね」
 会社の仕事も『組織』のミッションもまだなのに、亜香里の要求事項は多々である。

「これからどうする? 今から帰れば、自宅で3泊できるけど?」
「先週は詩織に呼び出されて休息がとれなかったので、今週はゆっくりと休みたいから、今から帰ろうかな」
「その言い方だと私が亜香里の休みを奪ったみたいじゃない? あれは変なものと『組織』が絡んだから仕方がないよ。それに日曜日は一日中、寝ていたのでしょう」

「そう言えば先週末は結局、何があったのですか? ビージェイ担当がウンヌン、と言っていたような」
 悠人が思い出したように聞いてくる。
「全部話すと長くなるから、かいつまんで説明すると、多摩川で変な物体を見つけたけど周りの人は全く気がつかないの。世界のところどころで同じ現象が起こっていて被害も出ていたので、夜になってから亜香里を呼び出して2人で確認していたら、変な物体から襲われそうになったので逃げ出して、その物体は川沿いの自動車教習所の車を壊して迫られた時、『組織』の飛行物体がレーザー光線のようなものを発射して変な物体を消し去って事なきを得ました、という感じです」
 詳しく説明すると面倒なので、詩織は一息ひといきに説明した。

「で、ビージェイ担当は?」
「事なきを得たあと、ビージェイ担当がいつもの3Dホログラムで出てきて、私たちに『なぜ、ここにいるのか?』と聞いてくるから『不審なものを見つけて、どうしようかと思っていた』と説明したら納得してくれて、横浜までモノを運ぶのを頼まれた、ってところです」

「詩織の説明を聞いていて思い出した。あのとき詩織が『これは仕事なの?』って聞いたら、ビージェイ担当は『組織』としてのミッションだと言っていたよね。中華街の食事とは別だと。他に何をもらえるのだろう?」
「チョットしたモノを届けたぐらいだから、あまり期待しない方が良いんじゃない?『果報は寝て待て』と言うし」
「そうね、寝て待ちますか。じゃあ、今週のトレーニングはここで終了って事で、解散しますか?」

「「「「  了解!!!! 」」」」

 宿泊棟に戻り、お決まりのコースで自宅に帰る亜香里たち。
 男子は時間が前後したのか、今日は女子3人だけで最寄り駅まで歩いて行き、うたた寝をしながらターミナル駅に到着して解散となった。