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突然の来訪者 【行き倒れの少女】

 彼女と僕が、叔父さんちに引越して間もない頃のお話。

 その日は朝から細かい雨が降り続き、濃いグレーの雨雲が東京都心の真上に居座り、遠くの高層ビルが雲に隠れ半分しか見えない4月上旬、春らしくないハツラツ感ゼロのお昼近く。

 5階建てのオンボロビルで、どの空き部屋を自分の部屋にするのかで、ひと騒動あった後、彼女と僕の部屋がようやく決まり、1階の吹き抜けホールに置きっぱなしにしている引越し用段ボールをどうやって上の階に運ぶのか、協議という名目で彼女が僕に押しつけようとしている時のことだった。

 建て付けの悪い開き扉の玄関に何かがぶつかる音がして、慌てて外に出てみると、片方の扉に寄りかかったまま、人が倒れている。
 ベージュのスプリングコートを着た小柄な女の子が、全身びしょ濡れになって片手でドアノブを掴んだまま荒い息をしていた。

 彼女が「大丈夫?」と聞くと、その女の子はうつむいた蒼白な顔と虚な目を少しだけ僕たちの方に向け「助けてください…」と言ったまま、ドアノブを掴んでいた手が外れ、ズルズルと玄関に横たわってしまった。

「中に運ぼう!」
 彼女がそう言うから、どこの誰とも分からない行き倒れ(?)の女の子を建物の中に運び込むことにしたんだ。

 女の子をホールのソファに寝かせ、僕はバスルームへタオルを取りに行き、彼女は女の子に声を掛けていたようたが、タオルを数枚持ってホールに戻ってくると、彼女の様子がおかしい。棒のように突っ立ったまま固まっている。

「エムくん、ヤバいよ!」
 彼女にしては珍しく、切実な口調。

「何が?」と言ってソファに目を向けると、横になっていたはずの女の子が居ない。ヒビの入った皮のソファは、女の子が横になっていたところが濡れている。

なに!? なに!? たった今まで、目の前にいたのよ!」
 彼女は玄関を出て雨に濡れた髪も気にせず、誰もいないソファに目は釘付け。

「うん、たった今、ここに運び込んだばかりだけど」

「なんでー! なんでいなくなるのー!」
 彼女が叫ぶのを初めて聞いた気がする。
 そんな声が出るんだ。

「僕がバスルームに行っている間に消えたの?」

「急に消えたの! マジックみたいに」

「突然?」

「そう、一瞬で目の前から消えたの!」
 彼女は驚いたまま、目を閉じるのを忘れている。

 僕が書き続けている物語の登場人物なら『イリュージョン!』と叫ぶレベル。
 今の出来事は物語のネタに使えるのかな?
 誰を消しても、主人公から文句を言われそうだけど。

 彼女と僕が驚愕して固まっていると、ビルの玄関前にクルマの停まる音がした。

(つづく)

MOH