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第21話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修 4日目? 5日目?】


 5人は部屋にある椅子に黙ったまま『ドサッ』と腰を下ろす。
「フーッ、やっとトレーニングが終わったけど、これでウォーミングアップ程度なの?」
 亜香里は椅子の背にグッタリと体重を預けながら、テーブルに用意されていたペットボトルのキャップを雑に開けて口に運ぶ。
「叔父の剣道場で中高校生を相手に長い時間、地稽古をしたことがあるけど、それよりもきついね」日頃は弱音を吐かない詩織の口調も重い。
「(大学の)部活の実践練習よりもキツかったよ」体力に自信のある英人も椅子に座ったままピクリとも動かない。
「能力者になるためのトレーニングって、毎回こんなに大変なのかな?」身長の割には体重が少なめの悠人は、椅子にもたれたまま横になっている。
「ムーッ、もうダメですー」優衣に至っては、人ではなくボロぞうきんの様になっている。
 5人ともしばらく動けないままであったが、正確な腹時計を持つ亜香里が急に立ち上がる。
「今、何時? えっ! もう10時じゃない! 夕食を食べ損ねた! 死にそう。食堂はもうやっていないよね?」
 5人がダラっとしている部屋の掛け時計は午後10時を示していた。
「最初にビージェイ担当が言っていたじゃない? OJTチームの時は食事時間も場所もチームごとだって」詩織はちゃんと覚えていた。
「このチームで食事をする場所はどこなの? このトレーニングA棟のどこかなの? ビージェイ担当は何か言ってたっけ? 疲れすぎていて思い出せない。でもハードなトレーニングだったから、能力者補向けの豪華な夕食よね?」食事のことを思い出し急に元気になる亜香里。
「この棟にキッチンは無さそうだから、冷蔵庫か何かに保存されているものを温めて食べるんじゃないのかな? 僕たちが帰ってくる時間に合わせて調理をするような手間は掛けないだろうし」疲れていても悠人が冷静に判断する。
「食事を温める体力も残ってないですー」カーペットに横たわったまま、起き上がれない優衣。
「食べるところは更衣室近くみたいに聞いた気がする。今まで変なところにいたからまだ変な感じがするけど、ここは普通の空間のはずだから階段を降りていけば食事にありつけるんじゃないのかな?」英人は立ち上がって、足腰の屈伸を始めた。
「とにかく食べるところを探そうよ『腹が減っては、戦はできぬ』でしょう? 食事が待っている部屋に行こう。優衣、歩けないんだったら担いでいくよ!」食事のこととなると急に力が入る亜香里。まだ戦うつもりなのか?
 亜香里は、横になったままの優衣の腕を強引に引っ張り背負い上げた。
「亜香里さーん、背負ってもらって申し訳ないのですが、もう少し優しくやってもらえませんか? 亜香里さんに背負ってもらう時、足にスリ傷ができました」
「贅沢を言わないの。スリ傷くらい能力を使って、ツバをつけておけば大丈夫」
「イヤイヤ、あの能力は、そういう風には使わないでしょう?」
 詩織の言葉に3人はうなずくが、亜香里はスルーしていた。
「詩織、そこのドア開けて。優衣で手が塞がっているから」食堂へ一直線の亜香里は動じない。
 詩織を先頭に、優衣を背負った亜香里、男子2人が続く。
 屋上から降りてきたドアと別のドアを開けると廊下があり、左に折れると1階に降りる階段に続いていた。
 階段からは、悠人と英人が優衣に肩を貸して1階まで降り、更衣室の隣にある部屋まで来た。
「たぶん、この部屋で良いのよね?『ドアを開けたらまたトレーニング』とか、ないよね?」
 いつもの亜香里であれば遠慮せずにドアを開けるのだが、トレーニングでいろいろなところに出てしまったためドアに掛けた手が止まる。
「『組織』も初日から、そこまで鍛えようとはしないでしょう?」
 悠人の分析が正しいのかどうか。
「とにかく入りましょう!」
 詩織がドアを大きく開けた。

 中に入ると、部屋の中央に円卓のテーブルがセットされており、その上には温度管理された中華料理が、前菜からメイン、デザートまでズラリと並んでいる。
「おお! テーブルクロスが重ね敷きでフィンガーボウルもあるじゃない! テーブルに載りきれない料理は、サイドテーブルからセルフサービスで、って感じですか」目の前に本格的な中華料理が並び、詩織は急に元気になる。
「やっぱり『組織』は普通じゃないね。夜遅くの研修センターに、この料理どうやって作って運んできたんだろう? シュワちゃんを出したぐらいだから、色々と仕掛けがあるのでしょうね。とにかく食べましょう!」
 亜香里の号令もどきの発言で円卓につく5人。
 前菜、メインに関係なく食べたい料理をグルグル回して、取っては食べ、また回して取っては食べを繰り返す5人。
 冷菜は器の下が冷たく、温菜は適温に暖められている。

「温菜は保温器が付いているけど、冷たい器の底に何もないね。ふちに小さなスイッチがあるけど… へぇー、ペルチェ素子を使ってるの?『組織』ならやりかねないですね」
 悠人はテーブルの器に感心していたる。
「食べるのが面倒だけど、この上海蟹は美味しい。ちゃんと脚に上海のタグナンバーがついてる。どうやって日本に持ってきたんだろう? 小籠包も中のスープが熱々で、この状態のまま私たちがここに食べに来るまで、どうやって準備していたんだろう?」詩織の頭に疑問点が多々浮かぶが、味に満足して食べるのが先である。
「これに白酒 バイジョウと、紹興酒 シャオシンジュウがついて、お酌をしてくれる小姐シャオチエ がいたら、言うことないんだけどなぁ」
 英人の口からつい本音が出る。
 少し立ち直ってきた優衣が注意を促す。
「加藤さん、それはオッサン発言ですよ。女性の前で小姐シャオチエ を欲する様なことを言うのはアウトです」
(そういう意味で言ったわけでは無いのだけど)と思いながら英人はペコリと頭を下げる。
 勇者亜香里は食べるのに忙しくて無言のまま。
 三十分ほどするとテーブルの料理は、あらかた無くなっていた。
「あーっ、食べた、食べた。毎日こんな料理が出てくるんだったら、少しキツいトレーニングでも何とかなるかも」
 亜香里らしい感想である。
「「「「 う~ん、微妙… 」」」」
 亜香里以外の4人は、トレーニングのハードさを思い出して(あれを毎日続けるのは…)と思っていた。
「とりあえず、お腹もいっぱいになったし、あとはお風呂ね」
「亜香里、その発言はオヤジじゃない? とは言ってもこの時間だと宿泊棟のお風呂時間も過ぎてるし、どうする?」
 詩織がまともなことを言う。
「ドア横のモニターに、何か表示されていますよ?」
 優衣が、入口ドアの傍についているモニターを見つけ読み上げる。

『能力者補の皆さん、おつかれさま。更衣室へ戻り、今着ているウエアは、ランドリーバッグに入れて下さい。シャワールームにはジャグジーバスもあります。ゆっくりしてから宿泊棟へ戻ってください』
『来週は予定通り月曜日から研修を行います。9時までに研修棟へ集合してください。週末は研修センターに留まるのも、帰宅するのも自由です』
『同室や同じクラスの新入社員に本トレーニングの内容を口外することは厳禁です。みなさんは研修センターの外で実施されたOJTで外泊したことになっています』
『配属後も『組織』のミッションで職場を不在にする時には、職場の人ともうまく話を合わせて仕事をすることも能力者補に求められるスキルです。よろしくお願いします』

「この表示、おかしくない? だって今日は研修4日目で木曜日でしょう? 明日の金曜日はどうするの? 私たちは研修の途中からここに居ないことになっているし」
「亜香里の言うとおりだけど、チョット気になるから自分のスマートフォンで確かめてみる」詩織は何かを考える顔をしながら、食事をした部屋を出て更衣室へ向かう。
 食事をした部屋には日時を表示するものが何もない。
 亜香里と優衣も更衣室に入り、ロッカーからスマートフォンを取り出す。
 悠人と英人も男子用更衣室に入って行った。
 詩織のスマートフォンは、金曜日の23時少し前の時刻を表示していた。
「私のスマートフォン、おかしくなったのかな? 金曜日の22:50と表示されているけど」
「私のもだよ」
「私も同じです」
 3人のスマートフォンの時刻は正しかった。
「ここに入ってから、丸一日以上経っているってこと? その間、ズーッとトレーニングしていたってこと? どうなってるの?」
 詩織は珍しく冷静さを欠いている。
「想像ですが、あの世界に入ってトレーニングをしていると、この世界と時間の感覚が違う状態になって、でも身体は本来の時間で進行しているからその分、疲れたりお腹が空いたりするのではないですか? トレーニングをしているときは夢中で気がつかなかった、とか」
 5人の中で一番疲労が大きそうな優衣が状況を分析する。
「優衣の言っていることは少しおかしいけど、何となく納得ね。あんなヘンテコなところに居たのだから。ゾンビとかタイラントとか、普通はいませんって」
 亜香里は一日以上、何も食べなかった自分が信じられなかった。
「だから警察署のコーラとポテチは美味しかったのかなぁ」
「これ以上考えても仕方がないからモニターにあったとおり、シャワーを浴びてジャグジーで身体をほぐしてから休みましょう。男子にそう言ってくる」

 詩織は更衣室を出て男子更衣室をノックして話をし、直ぐに戻ってきた。
「なんか、疲れましたねー。こんなトレーニングがズーッと続くと思うと気が重いです」
 優衣は疲れで両目にクマができている。
「さっきは『こんな食事だったら毎日トレーニングをやってもいい』と思ったけど、一日食事抜きとかあり得ません。きちんと食事をして、ちゃんと睡眠を取らないと身体に悪いよ」
 亜香里にとって食事と睡眠は譲れないところ。
「あーっ、疲れたー。とにかくお風呂、お風呂」
 詩織は一日以上着ていたジャンプスーツを脱ぎ捨てて、シャワーへ向かう。
 3人ともシャワーもそこそこにジャグジーへ飛び込み、ダラッとしながら半分寝こけていた。
「宿泊棟まで戻れないよぉ。ここは暖かいし。このまま寝る!」
 おやすみなさい宣言をする亜香里。
「亜香里さん、ここの隣にリラックスルームがあります。ホテルのジムに付いているような設備が。私もここで寝ます」
 優衣はジャグジーを出て、備え付けのバスローブを着たまま隣の部屋へ入り、フルサイズのマッサージチェアーをフラットにして眠りについた。
 亜香里と詩織も同じように隣の部屋へ移ることにする。
「私もここでいいや」
 優衣の隣にあるマッサージチェアーに横になる詩織。
「お休みなさい…」
 亜香里はマッサージチェアーをスイッチでフラットにしながら、すでに眠りに入っていた。