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第17話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修4日目 代行トレーニング1】

 能力者補認定の際、3Dホログラムに現れたメガネをかけたワイシャツ姿の『担当』と呼ばれていた男性社員が、再び3Dホログラムに現れた。
「能力者補になられた皆さんこんにちは。このトレーニングを担当する高橋から話があったとおり、彼が戻って来るまで私が皆さんのトレーニングを代行します。皆さんとは能力者補になる前に何度かトレーニングテストを行っているので、初めての能力者補トレーニングのスタートとしては、やり易いのではないかと思います」
 亜香里たちは画像でしか見たことがない『担当』からそう言われても、なんと答えて良いのか戸惑っている。
 亜香里たちの戸惑う様子を気にしていないのか、今日の担当は乗りが良い。
「初日なので、ウォーミングアップ程度の軽いところから始めましょう!」
 担当の言うことを黙って聞いていた5人だが、いつものとおり亜香里が口火を切る。
「トレーニングをやる前にチョット、いいですか?」
「小林さん、何でしょう?」
「今までのトレーニングテストと違い、これからは能力者補のトレーニングを行うのですよね?」
「おっしゃる通りです」
「であれば担当者の代行とは言え、お名前くらい教えていただけませんか? それとトレーニング中はホログラムから出てきた方が指導しやすいと思うのですが、いかがですか」
 3Dホログラムの中の担当が(あっ! そうか)という表情をして答え始める。
「名前を名乗っていませんでしたか? それは失礼しました。私の名前は(どれにしよう…)ビージェイと呼んでください。皆さんと行動を共にするのは勘弁してください。ほかにも業務を抱えており、他の業務が滞ってしまいます。トレーニング中は状況を常時モニタリングしております。もしもの時には直ぐに対応できる体制を取っておりますので、安心してトレーニングに取り組んで下さい」
「(名前も、出て来られない理由も怪しいなぁ。まあ気にしても仕方ないか)ビージェイ担当、承知しました。よろしくお願いします」
「(素直に聞いてくれて良かった)では、能力者補のトレーニングを始めます。トレーニングA棟、避難訓練で使った建物に入ると右手の部屋が更衣室になっています。そこでトレーニングウェアに着替えてから、更衣室の奥にある扉から外に出てください。そこがトレーニングのスタートになります」
「皆さんが能力者補として能力を上げていくトレーニングなので、私からの説明はこれで終わりです。トレーニング中は状況に対応しながら自主的に行動してください」
「会社の研修中のトレーニングですので、万が一の場合も命に関わることは起きないよう『組織』として細心の注意を払いますが、自らの不注意な行動で怪我をするかもしれません。トレーニング中はいつも以上に慎重に行動してください」
「新入社員研修の中でこの時間はOJTのチームトレーニングで、チーム毎に終了時間が異なります。OJT実施中はチームごとに食事を取ることとなります。今日はトレーニング初日で慣れないことも多々あると思います。夕食はこの棟内に準備しておきます。トレーニングが終わったらそこで食事をしてください。では、気をつけて行ってきてください」
 説明が終わると3Dホログラムのビージェイ担当は消えた。

「建物に入りますか? 今日は入ってからどこの扉を開けるかまでは、決まっているようですから」悠人が昨日の避難訓練を思い出して口を開く。
 亜香里たちが入口の扉を開けて中に入ると今日の館内は明るく、玄関は吹き抜けのホールになっており、正面には両側から上る階段がついている。
「詩織とお昼休みに無断で入って、ビージェイ担当に怒られた時と同じ部屋の配置に戻ってる! どうなっているの?」
「大道具係がいるんじゃないの? 右にある更衣室は男女別のプレートも貼られているし。『組織』って、思っていたよりもちゃんとしているんじゃない」
「詩織さんの言う通り、まともそうです。萩原さん、加藤さん、またのちほど」
 男子に自然な挨拶ができる優衣であったが、亜香里と詩織はスルーしていた。『組織』のトレーニングに興味津々の亜香里と詩織には、同期男子のことなど眼中にないようだ。
 更衣室は思いのほか広く、それぞれ名前の入ったロッカー以外にベンチ、ラウンジチェア、着替えるための十分なスペース。シャワールームとジャグジーが壁を隔てた隣のスペースにあり、TVで見るNBAのロッカールームのようだ。
「なんだか豪華なロッカールーム。大会で使ったことのある国際水泳場のロッカールームよりも立派ね」詩織は更衣室の感想を述べながら、自分のネームプレートがついたロッカーを開けてみる。
「アーッ! 嫌な予感が的中した。また黒のジャンプスーツ!」
「詩織さんのナイスバディがまた見られるのですね? うれしいです。亜香里さんの分も」優衣は一人で盛上がる。
「なんで、この服なの? なにかラベルがついてる『耐熱、耐冷、耐衝撃、耐酸性、耐高電圧、耐ウイルス……』って、耐のオンパレードなんだけど、こんな薄っぺらな生地なのに、何かの高機能素材で出来ているの?」亜香里はジャンプスーツを裏返してラベルを読んでいた。
「そんな服を着なければならないトレーニングの方が気になるけど、とりあえず着替えましょう。えーっと、ロッカーに注意書きがあるよ」
 詩織は注意書きを読み上げる。
「トレーニング中は激しく動いたり、水に濡れる場合があるため、腕時計、スマートフォン等の私物は、更衣室に置いて下さい」
「なるほど、また水攻めとかあるのかな?」亜香里が今までの経験から納得する。
「溺れるのは、いやです」優衣は注意書きを見て弱気モード。
 三人は黒のジャンプスーツに着替え、それにあつらえたショートブーツ、グローブを身につけ、薄いヘルメットの様なもの、ゴーグルの様なもの等々が入った薄いリュックを肩に掛けて更衣室奥の扉へ向かう。
(身長、体重は会社に提出した健康診断書から分かるけど、足の大きさはどうやって調べたのだろう?)
 亜香里は『組織』のやること一つ一つに疑問がわいていた。

 更衣室奥の扉を開け、長く続く通路をしばらく歩いたあと頑丈な扉を3人でようやく開くと一瞬、目を開けられないくらい眩しい光が差し込み、目が光に慣れてくると足下は砂地で、目の前には百メートルを越える岩の絶壁がそびえ立っていた。
 優衣が周りを見て一言。
「この景色も『組織』が作った映像でしょうか? 男子がいませんねー、私たちだけみたいです」
「そういうトレーニングなのでは? ここでどうしろと? アッ! うしろから変なの湧いて来たよ!」亜香里の声が途中から叫び声に変わる。
 自分たちが出てきた扉はなくなり、うしろに広がる砂地が真っ黒に見えるくらいのヘビの大群が、ワラワラとこちらへ向かってくる。
「とりあえず前の崖に逃げるしかないね。亜香里が頑張っても消せそうな数じゃないし」詩織の言葉が終わる前に、3人は崖を目指して走り始めた。
 走りながら亜香里が声をあげる。
「昨日みたいにモノを消したりが、ここでは出来ない気がするの」
「能力が無くなったってこと?」
「そうではないけど、能力が みなぎってこないというか…」

 昨日までのトレーニングテストでは『組織』が候補者の潜在能力を大幅に拡張していたことを『組織』は亜香里たちに教えていない。
 崖のすぐそば近づいたところで優衣が聞く。
「詩織さん、ヘビって崖を登りますよね?」
「うちらより登るのは上手いんじゃないの?」
 優衣に答えながら崖にたどり着いた詩織は、登れることを確認するためにつかみやすそうな岩を掴んだ。
 その瞬間、轟音とともに目の前の崖が左右に開き始める。

「『組織』がやりそうなことね。開いた崖の両脇を注意しながら『進め』ってこと?」
 亜香里は言いながら崖の間を走り出しており、詩織と優衣はそれに続いた。
 百メートルほど走ると切立った崖が終わり、緑の多い景色に変わる。
「そろそろ大丈夫じゃない?」
 詩織が走るのをやめて三人が後ろを振り返ると、開いていた崖が閉まり始め、最初に見たような崖に戻っていた。
「久々にダッシュしたので、息が上がりました」
 優衣の言葉に亜香里も同じ思いであったが、少し強がる。
「退路は絶たれたけど『組織』のトレーニングテストでもこんな感じだったから、先に進もう」
 クエストに入ると勇者モードの亜香里である。
 目の前は林と言うよりジャングルに近い密林で、獣がいつ出てきても不思議ではない雰囲気である。
「また何か出て来るのかな? このままということはないよね?」
 そう言う詩織の声を遮るように、走り抜けてきた崖の両側から地響きが聞こえてくる。しばらくするとさっきまで亜香里たちがいたところから現れたのはサイの大軍。

「走るよぉー !」
 大声を上げて全力で走り始める詩織。
 亜香里と優衣も息が上がったと言っている場合ではないと、走り始める。
 サイの走りは最高時速五十キロを超えるので、そのまま逃げても直ぐに追いつかれてしまう。
 亜香里たちはジャングルの中に入り、サイが追いかけにくそうな木々の隙間を駆け抜ける。サイたちは木立に阻まれスピードを落とし、木にぶつかりながらも追いかけてくる。
 三人はしばらく全力で走り、息が切れかかったところで小さな岩穴を見つけた。
「ここに入るよ! 他に無いないから!」
 詩織は後ろを振り向かずに走りながら岩穴に飛び込み、2人もそれに続く。
 追って来た先頭のサイは岩穴に突進して岩にぶつかり、その衝撃で岩が崩れ入口が塞がった。

 三人ともここまで走りっぱなしで息をするのが精一杯、声も出せない。
 しばらくして優衣が小さな震える声で聞いてくる。
「これで『万事休す』ですか? トレーニング終了ですか?」
「ここで終わりにしてくれるような『組織』ではないと思うの。でも真っ暗だし、どうしよう?」
 新米勇者の亜香里に、あまり知恵はない。
「お! これで見える! 亜香里も優衣もリュックからゴーグルを出して、かけてみて? これ暗視スコープみたい。周りがよく見える」
「と言うことは、ここに入ることもトレーニングプログラムの範囲内ね。では先に進みましょう」亜香里の勇者モードが復活した。

 それから三人は洞窟をしばらく歩き続け、途中のトラブルはコウモリの群れを追い払うのが大変だったことと、優衣が滑って転び洞窟の坂を十メートルほど滑落したことくらいであった。ジャンプスーツのおかげか、傾斜が緩くて軽い打ち身ですんだのは幸いである。
「まだまだ続くのですか? このまま出られなくなるんじゃないんですかぁ」優衣は打った腰をさすりながら涙目が復活している。
「さすがに長いよね。何かが出てくるわけでもなく本格的なケイビングのようにハードでもなく、暗くて狭いところをひたすら歩いているだけ。気温は低そうだけどジャンプスーツを着ているから寒さは感じないし」詩織は次に何が出てくるのだろうと思いながら歩みを進める。
「これもトレーニングの一環だとすれば忍耐力の養成? 暗い閉鎖空間に慣れる適応力を身につけるとか? だとすれば最初のヘビやサイは突破力の向上とかかな?」
「亜香里さんは勇者っぽいですね。勇者さまにお聞きしますが、これからどうすれば良いのでしょう?」おだてる優衣。
「優衣はさぁ、そこのところは人に頼らずに、自己解決力を養うこともトレーニングとしては必要なんじゃない?」
「オッ! 亜香里はなんだかそれっぽいね。とりあえずそう言う話は置いといてマジでこのままだと、エンディングの無い洞窟探検で終了しそうよ。『組織』も、ここまで迎えに来てくれないだろうし…」
 詩織が話していると洞窟の前方天井部分が『ガガガッ!』という音とともに崩れ落ち、光が差してきた。
「「「眩しい!!!」」」
 三人とも暗視スコープ機能のついたゴーグルを付けたままなのを思い出し、あわててそれを外した。