『隻眼の邪法師』 第13章の1

<第13章:幽けき星夜 その1>

 その夜、リアはガルムと共に変わり果てた火の山の麓を訪れていた。溶岩がなにもかも呑み尽くしたはずのこの場所に、日没とともに何かの気配が蠢くのを感じたから。そして悟った。邪悪なイルジーが、そして彼が人々を亡者となすばかりだった忌むべき研究の端緒となったものが、黒髪の少女を吸い尽くした吸血鬼が復活を遂げようとしていることを。その姿を見ずに終わった彼の記憶からはその正体を推し量るすべもないままに、彼女は緊張に顔をこわばらせつつ歩いていた。

 だが周囲の光景には昨夜ガルムの背から夜通し見下ろしていた場所の面影など全く残されていなかった。ごつごつした岩の塊があたりを埋め尽くすばかりで、火の山も荒野を流れる河ももはや跡形もなかった。あの断末魔に続いた凄まじい破壊、その爪痕はリアの予想をはるかに超えていた。確かにアルデガンでも岩山が崩れるのを彼女は目撃したが、結界が破れ魔物たちが解放されただけだったあのとき、金色の翼の魔物はむしろ慎重に出口を切り開いていたのだとリアはいまになって実感した。見渡す限り続く黒い岩に塗り固められた大地の惨状は、あのとき目にすることのなかったものだったから。

 しかしなによりリアを打ちのめしたのは、断ち切られ絶命した河の無惨な姿だった。その河こそは彼女が亡者の群ごと焼き払うしかなかったあの村を潤していたものだったから。あの村はもう二度と復活することすらかなわない。そう思ったときリアは気づいた。気づいてしまった。この地までの旅の途上ガルムの背から見下ろしてきた数多の河沿いの村や街、一本の河がいかに多くの人々を支えているかを実感させた空の旅の光景。それが失われたことがなにを意味するのかを。そんな彼女の脳裏からは、もはや正体不明の吸血鬼のことさえ失せていた。

 この河沿いに暮らしてきた人々はもはや村を、街を捨てるしかないだろう。別の河の流域に新天地を求め旅に出るしかないはずだ。だがリアは知っていた。それがどれほど過酷な旅に、悲惨なものになりうるかを、広大な大陸を魔物たちとともに流浪した身だからこそ。行くあてのない長旅の途上で力尽きるものも出るだろう。戦乱の中で戦いに巻き込まれるかもしれない。新たな地を見出したとき、そこに住んでいる人々と争いになる恐れもある。アルデガンを出た直後ノールドを蹂躙するレドラス軍と遭遇した忌むべき記憶が、焼かれた村や首なし死体の山の恐ろしい光景が脳裏に浮かび、リアは思わず立ちつくした。防げなかったという思いに目の前が真っ暗になった。

 そのとき行く手で風が渦を巻き、はっとしたリアの前に白髪の乙女が黒い長衣をなびかせ歩み出た。人間族の誕生とともにこの世に在るただ一人の生まれながらの吸血鬼。その碧い瞳がリアの存在を、心の底を深々と射抜いた。


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