『隻眼の邪法師』 第13章の2

<第13章:幽けき星夜 その2>

 人の目には仄かな定かならぬものでしかない星々の淡い銀光に包まれて、黒い溶岩に覆われた大地に佇む至高の乙女。湖面にも似た深みある静けさを湛えたそのまなざしを、リアは直視できなかった。自分の意識を通じて全てを見ていたはずの相手と向き合うことは、リアにとって不首尾に終わった一連の出来事と改めて向き合うことにほかならなかったから。けれど目をそらしても、行き場をなくした視線はかえって内なる思いに向けられるばかりだった。魔性と化した身で村に近づくことを怖れたせいで亡者と化した村人たち。その牙からかろうじて救えたにもかかわらず、それとは知らずに魔導師のもとへ追いやってしまった黒髪の娘。そして自分自身の思いに気づいてほしいと願ったばかりに、己を処断してしまったヨシュア。それら全ての人々を、自分がそんな運命へ追いやった。その思いに魔性の身に閉ざされた心はもはや耐えられず、リアは地に膝を落とし両手で顔を覆った。
「……できなかった……なに一つ」
 堪えられなかった涙が指からもれた。
「なんの役にもたたなかった。誰も助けられなかった……」

 そんなリアの耳に、心に、静かな低い声が届いた。
「けれどおまえは、あんなやり方であの男の心を開いた。誰もができるとは限らないことを、おまえはまた見せてくれた。そして私は感じたわ。おまえのしたことが運命を動かしたのを。多くの者たちの行く末が私の見えぬところで変わったのを。けれど」
 思いがけぬ言葉におずおずと顔を上げたリアの頬に、白い指がそっと触れた。
「おまえのその心は本当に不思議。これほどの無力感に、絶望に打ちひしがれて、二度と立ち上がれないとさえ思っているのに、なぜか私は感じるの。いつか再びこんなことがあれば、おまえは決して見過ごすことができないと。その無力感と絶望にもかかわらず、むしろ打ちのめされた痛みを知ればこそ、襲い来るものに抗うだろうと」
 魂の奥底を見つめるその大きな碧い瞳に映る自分の白い顔は、でもあまりにか細くちっぽけで、そんなことが自分にできるとはとても思えなかった。だがその思いを口にしようとしたとたん、微かな声が彼方から聞こえた。

 それは泣き声だった。紛れもなく赤子の泣き声だった。思わず腰を浮かせたリアを、白髪の乙女は促した。
「行くわよ。おまえも復活を悟ったから来たのでしょう?」
「まさか……そんな……」
 色をなくした唇から呻き声をもらしつつ、前をゆく黒衣の影によろめきながらも従う華奢な少女。だが空色の瞳はついに見た。ごつごつした溶岩の上で弱々しく蠢く小さきものを。渇きにその目を深紅に染めた赤子の姿の呪われしものを!


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