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もぐら本のタイトルと序章を公開、本日から予約販売を開始します

こんにちは。もぐら会主宰の紫原明子です。このアカウントでこれまでも少しずつお伝えしてきたとおり、もぐら会では通称”もぐら本”と呼ばれる本の制作を進めてきました。一人の暴論と一人の勝手で動き出したもぐら本企画、今日は先日ついに決定した、正式なタイトルをお知らせします。タイトルは、『もぐらの鉱物採集 2020.01.22~2020.03.29 あの人今、泣こうとしたのかな』です。

なぜこんな風に名付けたかを説明する前に、まずは改めてこの本の特殊な作りについてお話させてください。

この本は、もぐら会のメンバー35人の寄稿からなる文集のような本です。が、記事を書いてもらう際、これについて書いてください、というテーマは一切設けていません。そうではなく、まずは私が序章を書き、それをみんなに読んでもらいます。それから執筆者達の執筆順をあみだくじで決め、自分より執筆順が前の人が文章を書き上げたら、次の人はその日から2日以内に自分の文章を書き上げるという、リレー形式で制作しました。

これは、もぐら会の主たる活動である「お話会」のやり方を模したものです。会の冒頭では毎回、主宰の私がそのときに思っていることをとりとめもなく話します。話し終わると、なんとなく目が合った人を指名し、その人にその日の体調や思いを好きなだけ話してもらいます。話し終わったらまた次の人を指名し、指名された人は「ご指名ありがとうございます」と言って、自分のことを話します。

お話会に参加してくれる人たちは、必ずしも話し上手な人ばかりではなく、むしろ口下手で、日頃から自分の思いを口に出すのが苦手、という人も少なくありません。だから中には会場にやってくるまでに、今日はどんなことを話そうと沢山準備をしてきてくれる人もいます。ところが、自分より前の人達の話を聞いているうちに、自分の話したいことがどんどん変わってきて、いざ自分の番がまわってきたとき、当初はまったく想定していなかった、思いもよらないことを話してしまったりするそうです。

こんなふうに、自分だけでなく、他の人達が存在する場の力を借りながら、自分の思いを外に出す。こうすることで、話を聞く人にも、ましてや話す自分自身にも、思いもよらない刺激的な気づきがもたらされるというのが、お話会の一番の醍醐味なのです。

今回のもぐら本作りで私達は、試行錯誤の中、このお話会で起きることと、なんとか同じような現象を再現しようと試みました。そして結果的にこの実験は、私達の想定を上回る成功を収めました。執筆者全員がこの本の場の力を感じ、利用し、その日、その瞬間に外に出るべき言葉を綴ってくれたのです。

この本を”もぐらの鉱物採集”と名付けたのは、執筆者全員の原稿の中に見事に、それぞれがこれまで培ってきた、それぞれの心の結晶が閉じ込められているからです。この本は、全てのページが袋とじ仕様になっています。それぞれの文章を読むためには、都度、折り目に刃物を差し込み、ページを切り開かなければなりません。ちょっとだけめんどくさいです。でも、人の心の中を覗き見るって、きっとそういうことです。全く違う環境の中で、全く違う色、形に育まれた、ゴツゴツとした35種類の美しい結晶を、ぜひみなさんも、皆さん自身で、発掘してみてください。

『もぐらの鉱物採集 2020.01.22~2020.03.29 あの人今、泣こうとしたのかな』は本日よりもぐら会ネットショップから予約販売を開始、正式な発売と発送は6月1日からとなります。数に限りがありますので、ぜひお早めにご購入ください。


また予約販売開始に伴い、『もぐらの鉱物採集 2020.01.22~2020.03.29 あの人今、泣こうとしたのかな』序章を、公開いたします。


* * *

<序章>

あの人今、泣こうとしたのかな

紫原明子 

私は、品川駅港南口から新幹線改札へとつながる、広い通路に面したカフェの窓辺の席で、この文章を書いています。2020年1月22日、午前11時26分。朝の通勤ラッシュが一段落して、遠方からたどり着いた人、これから遠くに赴く人、たくさんの人が、ひっきりなしに目の前を行き交います。私がこの窓から自然と見渡せる範囲はせいぜい前後10メートル、大人の足で大体20歩ほどといったところ。この空間を通り過ぎる人々の、右、左と規則的に繰り出される足元だけを見ていれば、一見彼らにはなんの迷いもないように思われます。それぞれの目的地に向かって、ただ真っ直ぐに足を進めている。そこに疑いの余地は微塵もないように見受けられます。けれどもそのたった20歩ほどの距離の最初から最後まで、相手には決して気付かれないように、一人ひとりの顔をじっと、密かに見つめていると、意外にも彼らの迷いのない足取りとは全く別の世界が見えてくるように思えるのです。こんな大勢の人の中で、誰も自分なんて見ているはずがないと信じ切っている無防備な人々。だからこそ繕わないその表情が、言葉以上に雄弁に物語るようなのです。

巨大なターミナル駅から今まさに排出されようとしているある人は、屋根に覆われた通路が終わり、広く眩しい外の世界へと足を踏み出すその寸前に、キョロキョロと視線を左右に泳がせ、わずかに一瞬、赤ん坊のような戸惑いを覗かせました。立ち去ったその人と入れ違いでやってきた別の人は、駅に飲み込まれた直後に何度か素早くまばたきをして、それからあたかも何かを飲み込むように口をきゅっと固く結び、視線を落としました。ある人は一切進行方向に視線を向けることなく、足元だけを見つめていました。また別のある人は、斜め上を見上げていたかと思うと、ふいに何かを思い出したように左の口の端を緩め、それを隠すように素早く左手で口元を覆いました。

ほんの数秒間、白昼夢のように表れては消える、名前も知らない人たちの無数の物語。しばらく窓から眺めていると、ふいに思いがけない瞬間を目にし、「あ」と、思わず声をあげていました。というのも、それまで憮然とした表情を浮かべ歩いていたある人の顔が突如、柔らかなティッシュを手のひらで丸めるみたいにくしゃっと、大きく歪んだのです。力の込められたその人の眉間や頬、鼻の頭はたちまち真っ赤に染まり、丁度そのあたりで、私からは見えなくなってしまいました。

〝あの人今、泣こうとしたのかな〟

それからしばらく、その人のことを考えました。

一歩家の外に出れば、人が当然のように歩いています。歩きたくない、動きたくないと、店先であろうが路上であろうがお構いなしにその場に座り込み、頑として動かなくなるのは大抵の場合、幼い子どもかもしくは犬。大人の役目は、そんな子どもや犬に向かって、ほら腰を上げて、ほら歩きなさいとけしかけることです。大人の足は、いついかなるときも強かに動き続ける。それは世界の当たり前で、誰ひとりとしてそんな前提を疑っているようには見えず、だから私たちは、こんなにも寂しいんでしょう。

来る日も来る日も、今にも止まってしまいそうな弱々しい一歩でわずかに足を進める、それでかろうじて大人の体裁を保っているようなどうしようもない大人は、世界の中でただ自分だけ。そんな風に思えて仕方がないから、ふと気を抜けば途方もなく不安で、心細く、いつだって漠然とした後ろめたさを抱えている。

それでいて困ったことに「みんなそうだよ」「誰だって同じ」なんて言われたくないのです。そんなことを言われた途端、大切な私だけの部屋に、私の知らない大勢の人が厚かましく入り込んできて、勝手に引き出しを漁ったり、物の位置を変えたり、壁の色を塗り替えたりしてしまうかもしれない。私の椅子に図々しく座り込んで、私は仕方なく床に座るしかなくなるかもしれない。私の部屋は私だけの大切な部屋だから、きちんと鍵をかけておきたいのです。

私の目の前で泣き出そうとした名前も知らないあの人を、私は、記憶の中で走って追いかけ、呼び止めました。それから、振り向いたその人に、どうすればあなたは望みを失わずにいられますか、と尋ねました。するとその人はこんな風に答えました。

〝私はただ、私でいることを許されたいだけ〟

他の誰とも同じではない私が、誰とも同じでない私のままでいることを、ただ許されたいだけ。否定も肯定もなく、ただそのまま受け入れられる。日常の中に、ほんの一瞬でもそれが可能となる瞬間があればきっと、私も、あの人も、最後の望みを失わずにいられると思うんです。

これから、あなたの目の前で足を止めた名前も知らない誰かが、あなたに、一本の鍵を手渡します。その鍵は、一人ひとりが大切にしている、それぞれの部屋へと通じるドアの鍵です。中へ入るとそこには、あなたを招き入れるために綺麗に整えられ、彩られた空間が広がっているでしょう。花瓶にいけられた美しい花。美味しいケーキと香りのいい紅茶、壁にかかったお気に入りの絵、心地の良い音楽。どうか時間を気にせずくつろいでください。そうするうちに、次第にもっとたくさんのものが見えてくるようになるでしょう。あまりにも家主の日常に馴染んでしまったために、本人にはすっかり見えなくなってしまったカーテンの染みや絨毯のほころび。ガラス窓に残された手垢。壁に残った画鋲の穴。引き出しからはみ出た布の切れ端。テーブルに残った鉛筆の跡。綺麗に片付けられなかったもの。整い損ねられたもの。拭っても消えないもの。それらこそ、私たち一人ひとりが決して単なる記号ではない、いびつで美しい命を生きてきた、何よりの証にほかなりません。

名前も知らない誰かが、他ならぬあなたの目によって、誰とも同じではない、ただ一人の誰かになる。

最初のうち、一つドアの鍵を開けるたび、罪の意識がほんの少し、あなたの肩を重くするかもしれません。けれどもそうやって受け止めた負荷が、気がつけば少しずつあなた自身を強固にし、あなた自身もまた、いずれ誰かをあなたの部屋に招き入れ、誰とも同じではないあなたになる。そんな、健やかな循環が生まれることを祈って。

* * *

『もぐらの鉱物採集 2020.01.22~2020.03.29 あの人今、泣こうとしたのかな』本日よりもぐら会ネットショップにて予約販売開始(発売・発送は6/1〜)です。ご購入はこちらから


※特典(お話会参加券)付きをお買い求めになる方は、明日までにご注文いただき、その際に下記クーポンコードを記入いただくと10%offとなるそうです。よろしければぜひご利用ください。

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エッセイスト・紫原明子の主宰する オフラインサロンもぐら会の公式アカウントです。これから、もぐら会の活動やもぐら会で刊行する本についてのお知らせをしていきます。 https://community.camp-fire.jp/projects/134297

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