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亡父のこと

父が2020年に亡くなってから、もう3年近く経ってしまった。亡くなって少し後に書き留めていたものをふと発掘したので、亡き父の誕生日に投稿。ただ、後半かなり家族の問題も赤裸々に書きすぎているしだいぶドロドロしているのでそこからは自分の記録用ということで有料ゾーンとした。しかも誰も読まないであろう金額で。
普通に臨終のシーンの記録なので苦手な方はご遠慮ください

前書き

父が亡くなった。

がん闘病の末ではあるが、予告された余命よりもずいぶん早く亡くなってしまったので、自分含め家族のショックは大きかった。
記録を残すべきかどうか迷ったのだが、気持ちの整理をするためにも書いておく。

父が朝方呼吸困難になった、という連絡を受けたとき自分は妻の実家にいた。なぜかというと1日前に妻の祖母が亡くなっていたからだ。父はその10日ほど前から入院していて、かなり身体が重く辛そうだ、という話は聞いていた。兄からも「お父さんの見舞いに行ったがものすごくやせていた、お前も早めに顔を出しておけ」というメールをもらった翌日であった。妻の祖母の葬儀が終わり次第すぐ行くよ、と返していたがそんなに早く危篤になるとは全く予想していなかった。ただそのあと母から来た連絡では、また血圧も落ち着いたのでなるべく早くくらいでいいよ、というニュアンスであった。

妻にとっては子供のころ非常によく面倒を見てくれた祖母の葬儀でもあるので、それを断念して帰らせるのも忍びなく、「すまんが俺だけでも帰らせてもらおうかと思う」と相談すると、妻は少し考えてから「子供たちも含めて全員で帰ろう」と言ってくれた。お祖母ちゃんの遺体とはすでに面会していたしお別れも済ませたから、と。もちろん本心では葬儀に出たかったと思うが、自分も危篤というのを聞いて通常の状態ではなかったので、あまり慮る余裕もなく、一緒に帰ることにした。

病院に着くと、自然と早足になった。通常であれば面会は禁止なのだが、数日前から個室に移っていたためそこは問題ない。病室のドアを開けると、父がベッドに横たわっていた。
「お父さん、来たよ」
と声をかける。覚悟はしていたものの父の姿は予想以上に小さく細くなっていて、もともと痩せていたこともあり、本当に骨と皮のような状態だった。なるべく楽に思えるように姿勢を動かしてやるも、はっきりとした言葉が出ないので本当にどう感じているのかがわからない。あとはひたすらやせ衰えた体をさすってやる。子供たちにもおじいちゃんの体をさすってやってくれ、とうながした。嫌がりはしなかったが、正直あまりに痩せ衰えてしまった祖父の姿に戸惑っているようだった。まあ無理もない、息子である自分でさえ一瞬驚くくらいだ。その後、すでに来ていた兄と母とで声をかけながら体をさすり続ける。この時はまだ命の灯火が燃え尽きようとしているとは夢にも思わず、今日の夜は誰が泊まり込んだらいいのかな、などと考えていた。実際、妻と子供たちにはいったん家に帰るようにさせたほどだった。
だが、しばらく体をさすっていても、一向に父の体調が落ち着く気配がない。根拠もなく、そのうちモルヒネが効いて眠くなってきたりするのだろう、と考えていたのだがそれがない。「こんな状態が続いて今晩眠りにつくことができるんだろうか」そんな考えが頭をめぐる。何度も血圧計を確認するが、特に数値が下がってはいない。「これで実はけっこう大丈夫なのか?」とも思うが、父の苦しそうな様子からはとても楽観的な考えが持てなかった。しばらくしてから病室に入ってきた看護師が様子を確認すると、言いにくそうに「あまり、お別れまで時間がないかもしれません」と口にした。病院に到着してから2時間経つか経たないか、くらいだったので衝撃が大きすぎて何を言ったらいいのかわからなくなる。

「あの、先生はいつごろ」
兄が看護師に聞く。まだ主治医は午前の診療が終わらない時間だ。いきなり切り上げてくるのは無理だろうとは思いながら、聞かずにいられない、そんな感じだった。自分は父の状態を見ながら、これは主治医が来ても来なくても関係ないだろうと正直考えていた。しかし冷静にそう受け止める一方で、頭の中にはまだかすかな奇跡を期待している。
「お父さん。……お父さん」
呼びかけながら手を握る。母は何かを語りかけている。兄はなぜか遠慮がちに肩を支えている。さっきまで100以上あった血圧が急に80ほどになる。不安が加速して、再び名前を呼ぶ。血圧がさらに下がり50ほどになる。どんどんバイタルの線の振れ幅が小さくなり、絶望が押し寄せてくる。
「お父さん!お父さん!」
呼びかける。それしかできない。自分と兄と母で手を握りながら呼びかける。一瞬血圧が80ほどに上がり、母が声を上げる。
「戻ったよ、いま戻ったよ」
「戻ったね、大丈夫だよね」と答えてやりたかったが、言葉を口にすると嗚咽に変わりそうで、うなずくことしかできない。再び血圧は50以下になり、死が急速に近づいていることを感じた。「意識を失った人も耳は最後まで聞こえる」そんな話を思い出す。そうだ、妻の祖母の死に際に義兄が電話で呼びかけたという話を聞いたばかりだった。
「お父さん!…お父さん!」
呼びかける。この時、最後まで聞こえるのなら「お父さんありがとう」と感謝を伝えるべきではないか、という考えが一瞬よぎった。しかし、それを口にするということは、もはや死を受け入れたということになると思うとどうしても口に出せなかった。涙はすでに頬を流れている。
「お父さん!」
何度呼びかけたあとだったかはわからない。やがて血圧の数字は0を表示した。そして、そこからはもう戻ることはなかった。顔を歪めたまま下を向く。血圧が下がり始めたとき、慌てながら妻に「もう時間がなさそう」と送ったメールに「すぐ行った方がいい?」と返信がきていたことに気付く。涙を拭きながら「うん いま亡くなった」と打つ。母はしばらく父親の手を握っていたが、すとんと力が抜けたように後ろの椅子に腰かけ、呆けたような顔をした。

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