【遺書12】不言不実行
自分は口数が少ないほうだ。
なおかつ、無表情である。
それがもともとの気質という面もあると思う。
一方で、無意識のうちに、余計なことは話さないほうが良い、できるだけポーカーフェイスでありたいと思っている部分もある。
寡黙な人間に見られたいとかいうわけではない。
クールに見られたいわけでもない。
言質を取られたくない。
矛盾を突かれたくない。
そんな思いがあるのだと思う。
子供のころ、テレビ番組か何かでキャンプの映像が流れていた。
家族みんなで見ていて、盛り上がった記憶がある。
父親の「うちも本格的にやってみようか。」という言葉がとてもうれしかったと記憶している。
いつ行けるのだろうか。
どこに行けるのだろうか。
まずはキャンプグッズを買いに行くところからだろうか。
自力で火を起こしたりできるだろうか。
テントの寝心地はどんなだろうか。
いろいろなことを想像して楽しくなっていた。
だが、本格的なキャンプが実現することはなかった。
母親はドキュメンタリーやノンフィクションでよく泣く人だった。
恵まれない環境にいる人たち、大切な存在を失った人たち、病気や障害を抱えながら生きている人たち、余命宣告を受けた人たち。
そんな人たちにスポットライトを当てた番組を見て、感動したり、悲しんだり、同情したり、共感したり、よく泣いていた。
「大変な人たちもいるんだね。」
「本当に、頑張ってほしいね。」
「自分たちは本当に恵まれているんだね。」
そんな言葉も時折、発していた。
でも、それだけだった。
そんな両親をずっと見ていて、違和感や矛盾を抱いていた。
結局、何もしないじゃないかと。
口先だけじゃないかと。
やってみよう、と言うだけ。
何かしてあげたい、と言うだけ。
必ず力になる、と言うだけ。
結局、行動には移さないじゃないか。
やってみよう。
実現しよう。
挑戦しよう。
助けたい。
力になりたい。
そんな言葉を言うだけ。
1回でも調べたのか。
1回でも試してみたのか。
1回でもボランティアに行ったか。
1回でも募金したか。
1回でも行動に移したのか。
何もしていない。
ずっとそんな様子を見てきた。
そして気づいた。
あぁこいつらは自分のセリフに酔っているだけだ。
こいつらは感受性豊かな自分に酔っているだけだ。
前向きな自分に酔っているだけだ。
他人のために涙の流せる自分に酔っているだけだ。
家族思いの自分に酔っているだけだ。
自分の正義感に酔っているだけだ。
自分はそんな人間にはなりたくなかった。
正確に言うと、そんな人間だと周りから思われたくなかった。
そんな恥ずかしい人間だと思われたくない。
口先だけの人間だと思われたくない。
自分に酔っている人間だと思われたくない。
そんな風に思うようになってから、口数は少なく、無表情になっていったのだと思う。
あの時、やるって言ってたのに、結局やらないんだ。
あの時、興味があるって言ってたのに、調べもしてないんだ。
あの時、助けたいって言ってたのに、助けなかったんだ。
立派な意思を表明する自分が好きなだけか。
必ずやり遂げると誓う自分が好きなだけか。
人の役に立ちたい自分が好きなだけか。
つい感動しちゃう自分が好きなだけか。
周りからそんな評価をされたくないから。
そして、何より自分には行動力がないことを自分が一番わかっている。
きっと、自分は行動しない。
きっと、自分は変わらない。
きっと、自分は挑戦しない。
そんなこと、自分自身が一番わかっている。
言動が一致しなくなることを避けたい。
だから、そもそも言わない。
そもそも、感情が動いている様を見せない。
そんなふうに過ごしているのだと思う。
行動できない自分を責める気持ちは正直言って、ない。
そうではなく、行動できない自分を周りに見られることを恐れている。
あいつ何もしないじゃん、と周りに思われることを恐れている。
あいつ口だけは立派だな、と周りに思われることを恐れている。
結局、人の目を気にしているだけだ。
嘘つきになりたくないんじゃない。
嘘がばれたらまずいと思っているだけ。
誠実に生きたいなんて思っていない。
不誠実だと思われたら損だと思っているだけ。
自分がこうありたいとか、こう生きたいとか、そんなものは何もない。
信念や理想なんてものはない。
馬鹿にされたくない。
失望されたくない。
イタイ奴だと思われたくない。
意識が高いだけの無能だと思われたくない。
ペテン師だと思われたくない。
自分の言葉を簡単に曲げるダサい人間だと思われたくない。
安い人間であることを見透かされたくない。
そんな思いで、”不言不実行”を貫いているのだと思う。
それを悪いとも思っていない。
変えようとも思っていない。
有言不実行よりはマシだと思っている。
有言実行できるようになりたいとも別に思わない。
あいつらのようになるよりは、100倍マシだ。
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