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新聞の部数減は批判精神の欠如?

◉と、熊谷徹氏が発言しているのですが。んなアホな。でもまぁ、80年代末に北公次氏がジャニー喜多川氏の問題は告発していますし、99年には裁判二問っています。でも御本人が亡くなり、ジャニー喜多川氏以上に政財界に顔が利いた実姉のメリー藤島女帝が亡くなるまで、ろくに批判できなかったのですから、そういう意味では批判精神はなかったですね。でも、新聞の部数のピークは1997年から2001年ぐらいですから、批判精神と部数は関係ないですね。それってあなたの願望ですよね、で終わりです。

ヘッダーはnoteのフォトギャラリーより、新聞で検索したら出てきたので、迷わず選びました。

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この言説って、内田樹も同じことを言っていて、8ヶ月ほど前に批判したんですが。手垢の付いたワンパターン批判ですし、そもそも新聞の部数減は時代の流れです。だって、日本以外もどんどんウェブに移行していますし。灯火から蝋燭に、蝋燭からランプに、ランプから電灯に、電灯からLEDに、光を灯すものが時代とともに変わったように。どう頑張っても、インターネットの出現・SNSの発達・スマートフォンの普及という、時代の変化によって新聞の時代が終わったと言うだけです。

そもそも、新聞はその時代における、情報伝達の道具という側面があり。新聞以前は瓦版や落書らくしょだったのが、新聞に変わり、ラジオが参入し、テレビの時代が来て、インターネットの時代が来て、SNSの時代が来たんですね。蝋燭やランプが、今でも部分的に愛用されているように。新聞もラジオもテレビも、滅びはしないでしょうけれども、内容に関係なく売れていた時代は終わりつつある、ということです。蓄音機がレコードになり、CDになり、デジタルデータになったのと同じです。

内田樹氏にしろ熊谷徹氏にしろ、こういう言説が出るのはけっきょく、新聞が人間を動かす力を持っていると、過大評価しているからなんですよ。新聞に出来るのは、大衆の無知や劣情に迎合して煽ることぐらいで、戦前はそうやって戦争を煽って部数を増やして、戦後はテレビが芸能ゴシップなどで視聴率を稼いでただけで。そんな高尚な機能はありません。むしろ、日教組や全教の赤い教師、大学の赤い教授による影響のほうが、よほど大きかったとは思います。人間の心を動かすのは、人間ですから。

しかし、日教組や全教の組織率は下がり、オープンレターのおかげでアカデミズムの腐れっぷりもバレて。まともな人は慶して遠ざけて、やがてその影響力も低下していくでしょう。蝋燭には停電のときや仏壇のなどに、まだ需要があるわけです。新聞にそういう価値があるのか? 昔は弁当箱を包んだり、田んぼの稲の苗代を作るときの下敷きにしたり、ペットのトイレシーツ代わりにしたり、風呂や竈の火をつける焚付に使ったり。中身ではなく、紙に価値がありましたが。それって、記事の内容よりも重要だったかもしれませんね。焚付の価値を、記事の価値と過大評価してちゃ、そりゃあダメですよね。

どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ

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