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岸信介の仕事と評価

◉昭和の妖怪とか、CIAのスパイとか、メチャクチャに言われている政治家・岸信介です。第56・57代の内閣総理大臣(1957年から1960年)であり、安倍晋三元総理の外祖父であり、雁屋哲原作・池上遼一作画の大ヒット作『男組』のラスボス、影の総理のモデルの一人と思われます(他にも、満州の阿片王と呼ばれた里見甫や、児玉誉士夫や笹川良一なども取り込まれているようです)。しかし、岸が総理大臣時代にやった政策は、箇条書きにすると、だいたい以下のような感じです。

・1000億円の減税
・国民皆保険制度の導入
・最低賃金制度の導入
・国民皆年金制度の確立
・独占禁止法の改正に意欲
・高度経済成長の礎を用意
・汚職、貧乏、暴力の三悪追放の抱負
・売春防止法施行
・自治省の設立
・対米自主外交
・国連中心主義
・国連安保理非常任理事国に当選
・米英の核実験を国連で批判
・ネール印首相と核実験禁止問題を討議
・国連安保理で核兵器廃絶決議を提出して成立
・国連提出のレバノン紛争での決議案が採決
・アジア重視外交を展開
・アジア各国との戦後賠償に積極的
・日米地位協定の改善
・沖縄等返還の合意

ウィキペディアなどより抜粋

これ、岸信介の実績だと隠して見せたら、多くの左派は「素晴らしい政治家だ!」と絶賛しそうですけどね。

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■岸信介は実は左翼?■

そう、政策だけ見たら岸は間違いなく、社会主義者の左翼です。岸信介は、二・二六事件の理論的支柱であった思想家・北一輝らの影響を受けた、国家社会主義者です。しかも多くの日本の共産主義者のような、机上の空論に耽溺する、頭でっかちの夢想家ではなく。実務能力に長けた、現実主義者でした。なにしろ、東大次席卒業から農商務省官僚の、エリートですから。その力が発揮されたのが、満州国での計画経済的な政治においてでした。

軍部の脅しにも屈せず、内閣府一致で東條英機内閣の倒閣にも成功。だから、東條内閣の閣僚として戦後に逮捕も、極東軍事裁判では起訴さえされていません。これは、ナチスの理論的支柱であった政治学者カール・シュミットが、ユダヤ人法学者フーゴー・プロイスを評価して失脚したにも関わらず、戦後のニュルンベルク裁判では逆に不起訴に似ています。禍福は糾える縄の如し。戦後は、日本社会党からの出馬を真剣に検討したぐらいには、左翼です。

■岸は国家社会主義者■

1000億円の減税は、前政権の石橋湛山内閣の方針でしたが、岸信介内閣でも継承。1957年の国家予算(歳出)が1兆2000億円で、2020年度の当初予算は102兆円台なので、単純計算で現在なら8兆5000億円の減税に相当するレベルです。2020年度の消費税の税収が21兆7000億円ですから、これは消費税を3%以上下げるレベルの大減税でしょう。国民皆保険制度や最低賃金制度などは、まさに左派からしたら、賞賛してもしたりない政策です。

ただの人気取りでこういうことをやったのではなく、高度経済成長まで筋道を付けたのですから、豪腕というか敏腕というか。ただの頭でっかちの学歴エリートではなく、先見の明も実行力もあった、怪物的な政治家です。また、道州制に近い7〜9ブロックの地方制や小選挙区法の成立も目指していたとされます。戦後の宰相という点では、吉田茂・岸信介・中曽根康弘の三人が、大改革を成し遂げたと自分は思いますが、三人とも東大卒からの官僚という、戦前のエリートコースを歩みながら、実務能力もあった稀有な人材。ただし、乱世の奸雄タイプですが。

日米安保反対闘争で、学生運動の面々は安保改定を阻止できなかったうらみから、過剰な岸憎しを拗らせている気がします。現実的には、アメリカの覇権戦略があって、日本は敗戦によって占領され、今でも属国状態です。いわんや当時は高度成長期の前、日米安保破棄などできるはずもなく。岸の時代より30年も後でも、ソ連・中国・北朝鮮を平和勢力とみなし、非武装中立論なんてお花畑の寝言が、まかり通っていたほどですから。でも日米安保も自衛隊も皇室も国旗も国歌も、日本に必要だという世論が今となっては優勢ですから、岸が予見したとおりです。先見の明、ありすぎ。

■起訴されざる戦犯?■

極東国際軍事裁判で岸信介は、起訴さえされていないのに、外孫の安倍晋三前総理を「戦犯の孫」呼ばわりする志葉玲氏のようなデタラメ御仁までいます。細川護煕氏は近衛文麿の外孫ですが、総理大臣に就任するとき、そんな批判は聞いたことがなかったんですが……。だいたい、親が犯罪者であろうが、子供には関係ないというのが近代法治国家でしょうに。なのに戦犯の孫呼ばわり。罪九族に及ぶという封建時代の族誅《ぞくちゅう》を、復活させたいのでしょうか? 

そもそも、なぜ東條内閣では商工大臣であった岸が、東京裁判で起訴されなかったかと言えば。前述のとおり、東條英機内閣の倒閣に動き、成功させたから。内閣改造に着手しようとした東條総理大臣に対し、閣内不一致を現出させて倒閣。この時、東條側近の四方諒二東京憲兵隊長が、自宅に押しかけ恫喝しています。ところが岸は、逆に四方隊長を叱り飛ばし、追い返しています。東大でのエリートだが、胆力もある。満州国では、馬賊同然の軍閥とも、渡り合っていたので、当然ですね。

■岸はCIAのスパイ?■

左派が持ち出す岸信介CIAスパイ説も、具体的な証拠はないというのが、現実です。まだ機密解除されていないだけだけ……かもしれませんが。でも岸は、大アジア主義者ですから、そもそも反米主義者です。国家社会主義者ですから、これは当然ですね。でも自分の思想信条よりも現実を優先する、現実対処的な柔軟な政治家でもありますから。

アメリカからすれば、核実験批判や日米地位協定の改善など仕掛けてくる、一筋縄ではいかない曲者。ただ有能な岸は、面倒くさいが利用価値があったでしょう。無能なポチより有能な敵のほうが、有用。なお、コチラの朝日新聞出版AERAの思わせぶりな見出しの記事でも、結論はぶっちゃけ、証拠は今のところない、です。おそらくアメリカとは、give-and-takeの関係だったのでしょう。岸は言うことを聞かないと、アメリカ側の不満も残されていますから。

もし金をもらっていたとしても、金だけもらってアメリカを批判する、手に負えない曲者。安保反対闘争の騒乱さえ、アメリカから地位協定改善を引き出す交渉材料にする、したたかな政治家です。だから三国志の魏の曹操のように、乱世の奸雄タイプと、自分は捉えています。もちろん統一教会や勝共連合など、毀誉褒貶ある政治家です。しかし共産主義化の防波堤になる、有能な人間でもあったのは疑いないです。

■憎悪の正体は嫉妬?■

だいたい、外祖父の岸信介による、安倍晋三前総理への影響を云々するならば、直系の祖父である安倍寛について言及しないのは、片手落ちでしょう。安倍寛もまた、左翼から見たら理想的な、戦前の政治家です。平和主義の立場から日中戦争を批判し、第一次近衛声明に反対し、東條英機内閣の軍閥主義を批判し退陣要求、大政翼賛会の推薦を受けずに出馬し当選。戦争反対・戦争終結などを主張した人物です。

安倍寛は〝大津聖人〟と呼ばれたほど、清廉潔白な政治家でした。その息子である晋太郎と、岸の娘・洋子との結婚話が持ち上がったとき、「大津聖人の息子なら心配ない」と岸は述べたとか。岸がダーティな政治家であれば、娘をそんな清廉な政治家の息子に嫁がせるか、疑問です。ちなみに、安倍晋三前総理の実母である安倍洋子さんについて、久米宏氏がTBSラジオの番組内で過去のインタビュー経験を語り、絶賛していましたっけ(もちろん安倍晋三前総理批判とセットで)。

ある意味で、岸は転向した左翼というか。いや、もともと国家社会主義者で、その信念というか思想信条の部分は、戦前も戦後もほとんど変わらず左翼。有能な社会主義者ぶりを発揮した。左翼の敵は右翼ではなく、同じ左翼の別セクト───なんて言われますが。左派の異常な岸への憎悪は、同じ左翼への親近憎悪なんでしょうね。実際の政治で辣腕を振るった、有能すぎる人間への嫉妬。文句の付けようがない高学歴への、妬みも入り乱れた。だから左派は、安倍晋三前総理の学歴を、揶揄するのでしょう。

小説家の海音寺潮五郎はかつて、勝海舟を評価できないから日本はダメと、喝破しました。であるならば、岸信介という辣腕政治家を是々非々で評価できないからこそ、日本の左派はダメなんだろうなぁ、と自分は思います。辞意表明後、岸は暴漢に刺され重傷を負っていますが、その点も左派はスルーしますね。テロリストに襲われたという点では、浅沼稲次郎暗殺事件と同じなんですけど。岸を襲うのは良いテロとか言い出しそうなレベル。

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