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映画感想:羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来

◉公開前から話題になっていた、中国の劇場アニメ。感想を書くのがすっかり遅くなってしまいましたが、前評判どおりの面白さでしたし、いよいよ中国がコンテンツ産業に力を入れてきたな、と。もちろん、細かい部分では甘い部分はいくらでもあります。出だしのスピード感のなさとか、詰め込みすぎで整理されていないなど、主にシナリオ部分で。でも表現技術では、確実にキャッチアップしてきているな、と。

『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』

妖精と人間が共存する世界を舞台に、猫の妖精・羅小黒(ロシャオヘイ)が旅をしながら人間社会を理解していく姿を描いた中国製の劇場アニメ。この世には妖精が実在し、彼らの中には人間の格好をして社会に溶け込んでいるものもいれば、山の奥で隠れて暮らすものもいた。森で楽しい日々送っていた猫の妖精・小黒(シャオヘイ)は、人間たちによって森が切り開かれてしまったことから、暮らす場所を探して放浪する。その旅の途中で妖精のフーシー(風息)、人間のムゲン(無限)と出会ったシャオヘイは、彼らとの交流を通じてさまざまなことを学び、成長していく。「羅小黒戦記」は、中国で2011年から配信がスタートしたWEBアニメシリーズ。国産アニメとして中国で徐々に人気を博し、2019年に劇場版として本作が製作されると大ヒットを記録。日本でも同年、字幕版が小規模公開され(チームジョイ配給)、映画ファンやアニメファンの間で口コミで評判が広がる。これを受けて20年11月にはアニプレックスが共同配給につき、花澤香菜、宮野真守、櫻井孝宏という人気声優陣による日本語吹き替え版「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」として全国公開される。

2019年製作/101分/G/中国
原題:羅小黒戦記 The Legend of Hei
配給:アニプレックス、チームジョイ
日本初公開:2019年9月20日

動きはいいですし、中国以外の観客が見ても受け容れられるであろうキャラクターのカワイさなど、内容に関しては、もういろんな人が書いていますので。自分は、ちょっと別の視点で、本作を語ってみたいと思います。アニメーションの専門学校で延べ1000人ぐらいの中国人留学生と、アジア各国の留学生を見てきた経験は、なかなか稀少でしょうから。

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■未来を担う人材の日中格差■

まず、中国人留学生のマジメさ。膠着語の他語学を学び、異郷に留学して、アニメを学ぶ情熱。居眠りしてる日本人学生との差は、明らかでした。講義後の質問も、積極的ですし。ちなみに、自分の講義はとても人気が高く、最終講義が毎回、ほぼ全員出席になるので、他の講師や学校の偉いさんが見学に来たほど。普通の講師の講義は、最終講義では3分の2ぐらいに減るのが一般的なんだそうで。

そういう、本物を見抜く目も確かな受講生(自画自賛)たちの、最初の教え子は10年近く前。彼らが今は30歳前後で、製作の現場で原画や動画や作画監督としてバリバリ働いてるなら、そりゃあ日本のアニメーションにキャッチアップするのは当然です。もちろん、わざわざ外国に留学してきてるのですから、実家がそれなりに富裕層で、意識が高いのでしょう。上澄みと言えば上澄み。

しかし、中国自体は米国製の『カンフー・パンダ』を観て、なぜ我が国はこれが創れぬと、共産党の偉い人が嘆いたわけで。これからは物作りからコンテンツビジネスだって、ハッキリ判ってるわけです。未だにアニメを子供の娯楽と昭和の価値観で馬鹿にしたり。秋元康氏にクールジャパンのなんのと一枚嚙ませたり。逆にトンチンカンなアニメ賞賛をする日本とは違うわけで。

■ビジネスとしての日中の視野の差■

教え子で興味深かったのは、元はビジネスマンで、学び直しのために留学してきた30代の女性。彼女はペラペラの英語とフランス語に加え、日本語も学んでいたわけで。アニメーターではなく外国とのビジネスをするため、あるいはプロデューサーとして仕事をする気が満々。日本のアニメ関係者で、映画ビジネスを学ぶため、アメリカ留学する人間が、何人いるのか? いないわけではないでしょうけど……。

で、富野由悠季監督が中国のアニメイベントに呼ばれたとき、最高学府の北京大学のアニメ研は、なんと600人も部員がいたということ。北京大学の学生数は修士や博士を含め36000人弱と、28000人弱の東京大学の約1.3倍ですが、そこを割引いても凄い数です。もしもその内、1割でもアニメビジネスに進んだら……。彼らはアニメーターとしては未知数でも、マネジメントや経理、宣伝、広告、法務、管理では間違いなくトップクラスの力を発揮するでしょう。

組織としては、こういう優秀な官僚的なトップ大学の人材は不可欠。昔、東大野球部の小林至投手が千葉ロッテマリーンズのドラフト指名を受けたとき、ロッテグループでも東大卒の社員は4人と報道されてた記憶があります。それぐらい、東大の卒業生は稀少。そんなアニメ好きの戦力予備軍が、中国には北京大学だけでも豊富にいる。組織論の面でも、こういう地力というか足腰の強さって、あんがい……いや、とても大事です。

■日本のアニメは世界一! …なのか?■

例えば、朝日新聞の山本大輔記者は、片渕須直監督のインタビューで、思いっきりズレた認識を前提にインタビューし、監督を呆れさせています。日本のアニメは世界一とか、それはアニメなんて子供が見るモノで卒業するモノ、なんて蔑視とベクトルが違うだけで、前提がズレてるんですよね。黒澤明・小津安二郎・溝口健二監督に時代に、日本の映画は世界一とか、言ってたようなモノで。

確かに、その当時は世界的にもレベルが高かったでしょうけれど、現在の凋落ぶりを知ってる身からすれば、思い上がり、驕り高ぶりと批判されてもしょうがないでしょう。いや、石原慎太郎氏が『「NO」と言える日本』を共著で出したとき、半導体が好調だからって、OSもCPUもアメリカに押さえられてるのに、何を言ってるんだという的確な批判といっしょで、ズレてます。

イスラエルではレバノンでの暗部を描いた『戦場でワルツを』とか、とっくに作られています。カンボジアでクメール・ルージュの圧政時代を描いた『FUNAN』が、アニメで描かれるように。アニメは子供向けの、映画の下位互換ではありません。表現手段の選択肢のひとつです。世界はどんどん、その可能性を開拓し、才能がドンドン参入しているわけで。山本記者はあまりに周回遅れ。

■昭和の意識をアップデートすべき■

日本でも、江戸時代最高峰の劇作家であった近松門左衛門は、最高の人気を誇った歌舞伎よりも、人形浄瑠璃を重視しました。役者個人の存在感に引きずられない人形を人形遣いが操作し、義太夫が唄い、三味線が伴奏する人形浄瑠璃は、江戸時代のアニメのようなモノで。声優を変えて演じるようなモノで、脚本家の作家性がより際立つわけです。アニメーションも同じです。

ハリウッドの超大作のように、1億ドルだ3億ドルだなんて金は、日本の映画ではムリです。でもアニメなら、世界に互した表現が可能ですから。では、日本の映画監督に1億ドルだ3億ドルだと予算を与えて、世界で通用する傑作が撮れるか? 可能性はあるにしても、現状ではまずムリでしょう。上のnoteでも批判した偉才監督には、当然ながら無理。低予算でも傑作を撮る監督には、声をかけるのがハリウッドですから。

でも中国は、才能に投資する環境をアメリカにならって、構築しつつあるようで。これは、映画産業がガンガンに成長している背景もありますが。このシステム構築の面で、日本は後れを取るでしょう。もちろん、京アニとかシステム構築を考えているように見えるスタジオもありますが。でも、スピード感とスケール感で、日中の差は明らか。もうちょっと、政府にもコンテンツビジネスへの意識改革が欲しいです。

■中華アニメ、今後の課題と目標■

いちおう、映画の技術的な点で思ったのは。輪郭線の太い描写とか、ここら辺は中国の独自性というか、アニメの表現の独自性なんでしょうね。日本のアニメの、人物表現に様式美があるように。これ自体は、突き詰めると中国の独自性になるでしょう。宮崎駿監督とか、日本のアニメはしょせんアメリカのモノマネだという、ある種の諦念があるようですが。

実際は、宮崎駿監督らを輩出した東映動画が、電気紙芝居と馬鹿にしていたテレビアニメが、その低予算や人材不足、時間不足ゆえの苦肉の策として、止め絵カットなどの各種技法を開発し、これが日本独自のアニメ表現として、世界に認められ逆輸入されたりしたように。モノマネでない独自性を、どうやって獲得するかでしょうね。ジョン・ラセターは3DCGアニメという地平を開きましたが。

もう一点、シナリオの甘さは今後の中国アニメの課題でしょう。脚本は、やっぱり文学の広い裾野があって、そこに咲くもので、思想や言論に制限が多い中国では、厳しい面も。ただ、中国のラノベ市場は現在活況で、読者も多く、そこから書き手も出てくるでしょう。その成熟に10年掛かるでしょうから。京アニのように文芸部門の併設が、あんがい近道かもしれませんね。日本はどうなるか、判りませんが。
どっとはらい



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