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出版業界アレコレ

◉この半年ほど、春由舎の番頭や篁、校閲を手伝ってくれる外部スタッフなどと協力しつつ、Amazonでの電子書籍とプリント・オン・デマンドでの本作りに、注力してきましたが。個人的には、かなり手応えを感じています。まぁ、本業は作家ではなく編集者ですからね。本作りって、楽しいです。でも、漫画界はウェブトゥーン推しの人が多いですね。飯田一史氏のこんな記事が、Twitterで流れてきました。

【日本のウェブトゥーン産業の課題】飯田一史の仕事 マンガ・出版・教育・若者・ウェブ文化

3月のレッドセブン(レッドアイス日本法人)イ・ヒョンソクさんの記事
でも言っていますが、僕が日本のウェブトゥーン産業の課題だと思っていることをまとめると

1.白黒マンガよりスタジオシステムで制作するとコストが3倍かかるのに、市場規模は白黒マンガの3倍ない(日本においてはもちろん、全世界合わせても3倍はない)のに、リスクヘッジの手段が白黒マンガより少ない

読み切り→集中連載→連載といった読者の反応を確認しながらステップアップしていくしくみがない。いきなり連載し、かつ、最初に一気に数話とか20話納品しないといけない。

韓国であるような、自由投稿プラットフォームで人気になった作品・作家をフックアップするしくみが日本ではcomicoくらいでしか

https://ichiiida.theletter.jp/posts/a89b3b80-27f5-11ed-aa51-456af074e876

ヘッダーは自分のフォトギャラリーより、マンゼミのタイトルロゴです。

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■ウェブトゥーンの可能性■

①流行りに飛びつく人たち

先日、スタッフたちと話していて「そういえば今、Twitterで流行ってるスペースと同じような、あの音声チャットのサービスって……なんて名前だっけ?」という話になり。数人いたメンバーが、誰も思い出せなかったんですよね。正解は、アメリカ発の招待制音声チャット『Clubhouse』です。正直、ウェブトゥーンに対して自分がイマイチ食指が動かないのは、あの時に「Clubhouseすげぇ!」と言ってた人たちが、今は「ウェブトゥーンすげぇ!」と言ってるから。その前は「仮想通貨すげぇ!」「AIすげぇ!」と言っていましたね……。

個人的には、漫画の発表形態は自由でいいと思いますし、縦スクロールのウェブトゥーンもありだと思います。巻物と一緒ですからね。ただ、ウェブトゥーンがスゴいと言ってる人間、漫画家はともかくIT系の人たちって、漫画のコマ割り文法ってどこまで理解してるか、自分は疑問です。自慢ですが、うちの講座で教えているコマ割りの文法って、プロでも目からウロコなんですよね。で、受講したあとで「これを知らずして、感覚でウェブトゥーンの配置を設計してる人って、危ういですねぇ」と。

②読者を育てる難しさ

自分が小学生ぐらいまでは、媒体によってはコマに番号が振ってあって、読む番号を示さないと、どの順番で読んでいいかわからない人が、いたんですよね。今自分たちがスラスラ漫画を読めるのは、実は無意識に漫画の文法を消化しているから、なんですよね。これは映画も同じで、例えば
洋館の外観→門→玄関ドア→部屋の中→男の死体と斧を持った美女
と観せられたら、その惨劇が洋館の一室で起きたと、理解できますよね? でも初期の映画では、そうではなかったわけです。観客が成熟すると、門や玄関は省略していいレベルに。

そういう、モンタージュ技法と呼ばれる編集手法が生まれ、それが一般にも理解され、自然に理解出来るようになるには、観客の側のリテラシーの底上げが必要。そして日本では、手塚治虫先生がこの映画の見せ方を取り入れて、紙芝居の延長にあった漫画を、映画的にしたわけですが。日本の研究者の本とか、「手塚治虫が映画の手法を取り入れた」と書きながら、では具体的に何を取り入れたか、ほとんど書いていないんですよね。研究者を自称しながら、映画には疎いので。日本の漫画は、レベルの高い読者が支えていると思っています。読者を馬鹿にして、簡単な表現としてウェブトゥーンを捉えてる節を、IT系には少し感じます。

③運営会社への疑問

もう一点、ウェブトゥーンには韓国の出版社から金が出ているところもあって、そこ目当てで参入しているIT系の企業も多いようで。これは自分自身も、いくつかの場所から誘われたから言えますが。正直、中間管理職に当たる人たちが、現場の技術をまったくわかっていないんですよね。コマ割りの文法なんて、さらに。これは、同上の友人のソフトウェア開発の人間に聞いても、新興企業のIT系ではよくある現象のようですが。そのくせ、プライドは高いので基本的なコマ割りの文章を教えましょうかというと、嫌がるんですよね。プライド高いので。

個人的には、縦スクロールと言うなら4コマ漫画やワイド4コマ漫画で充分だろうし、例えば『世界の終わりに柴犬と』のリミテッド・アニメのような、動画との連帯もしやすいように思えるんですけどね。まぁ、他にも思う部分はありますが、そこは飯の種なので、無料のnoteでは書きませんが。韓国サムスンの折りたたみ液晶のスマートフォンも触ってみましたが、これが値段が充分に下がれば、普及するだろうしTablet型を駆逐する可能性を感じました。冊子って、ちゃんと理由があって巻物より普及したんですから。安易に全振りするような言説は、疑問です。

④縦スクロールの問題点

もう一点、テクニカルな問題を。縦スクロールって、アクション系の漫画に、合わないんですよね。なぜなら、人間の目って左右に視界が広く、上下に狭いんで。これは、人類の先祖がチンパンジーと分化して、森から草原に出たから。アフリカのンゴロンゴロ保全地域とか見ると、ほんと平原なんですよね。で、人類は直立二足歩行を始めたころにはもう身長は1メートルぐらいあったので、空から猛禽類に襲われる心配は少ないので。左右は200度ぐらいの視界があり、上下は60度から80度ぐらいと狭いので。

韓国のハングルは横書きが主流になってるようですが、それでも元々は縦書き文化。日本も縦書き文化ですから、ウェブトゥーンはある程度馴染みますが。これが欧米や中東の横書き文化だと、目の送りの順番に戸惑うので。韓国側もそこがわかっていて、ダントツに世界で一番巨大な日本の漫画市場浸透に、金をかける。 ただし、アクション系には向かないけれど、少女漫画系の情緒的な表現には向きます。そこがわかってる人間が、どれだけいるか……。あと、縦スクロールってかかる時間の割に、読める分量が少ない。漫画を大量に買う層って、自然に速読ができるので。この時間をムダと捉えそう。

■紙の本へのこだわり■

①コミックパークのサービス終了

もうひとつ、絶版になってしまい入手困難な作品を、個人の注文で書籍化するサービスのコミックパークが、9月20日でサービス終了だそうです。2002年6月のサービスを開始ですから、ほぼ20年。思った以上に長かったですね。2000年に始まった、復刊ドットコムと似た流れでしょうか。個人的には、とても良いサービスだと思っていましたが、この20年の時代の変化についていけなかったという感じですかね。やはり、2007年11月のAmazonの電子書籍の登場と、この10年のスマートフォンの爆発的な普及によって、在り方が変わってしまいましたから。

【入手困難マンガを書籍化「コミックパーク」がサービス終了 電子書籍に押され売上5%以下に】よろず~

 〝さらば絶版!コミックスを一冊からでもつくってお届け〟をキャッチコピーに、入手困難なマンガ作品を個人の注文で書籍化する「コミックパーク」が20日正午をもって、サービスを終了する。古書店で高価で売買される絶版作品、単行本になっていない作品を書籍化し、マンガファンだけでなく、著作権料を手にする出版社と作家側にも意義深いサービスだったが、電子書籍の波を受け役目を終えた。コミックパークを立ち上げ、運営してきたコンテンツワークス社の荻野明彦氏に話を聞いた。

https://yorozoonews.jp/article/14714965

ハッキリ言えば、自分のような古い編集者は紙へのこだわりが、強すぎるんですよね。なので、紙の出版にこだわる。石原慎太郎氏が、届いたばかりの朝刊の手触りやインクの匂いの素晴らしさを語っていましたが。でもそれ、パブロフの犬なんですよね。エサが食えるからヨダレが出たのに、ベルの音を聞かせられ続けた結果、ベルの音で興奮しちゃってるだけの可能性に、思いを致すべきでしょうね。大事なのは本の中身であって、本の形式や様式ではないはずです。

②紙の本の在庫と断裁の仕組み

冒頭で書いた、Amazonのプリント・オン・デマンド(POD)サービスによって、それこそ電子書籍から簡単に紙の本が造れます。大手の出版社にとって、在庫は最大の敵。なぜなら、在庫は出版社の資産として、税金がかかるんですよね。なので、売れない本はサクサク断裁されます。断裁は、まさにその名の通り本を切り刻んで古紙としたり、あるいはゾッキ本と言って本の小口側に赤いマジックで線を引いて、売り物ではなくします。業者に頼む場合と、書店や取次など現場で処分することと、両方ありましたけどね。

これで、断裁証明を出版社は受け取り、損失として計上し、申告します。もっとも、このゾッキ本は古本屋に流されて、そこで小遣い稼ぎをする廃棄業者も。世の中には悪い編集者もいて、ある編集部の編集長が自社の編集部で出した本のデータを流用し、聞いたこともないペーパー出版社を作り、そこで作った本を最初から断裁のゾッキ本として古本の業者に流し、ペーパー会社は倒産させて所在不明と。まぁ、そういうヤクザな世界なんですよね。

③AmazonPODの出現と今後

話が逸れてしまったので、戻しますかね。実際、講談社とかの大手でも、紙の本がいくら売れるかわからない出版社は、一部のアイドルの写真集を、電子書籍とPOD版にしていますね。これなら在庫を抱えず、どうしても紙の本がほしいという需要も、カバーできますから。こうなると、有名作家の過去の本とか、自社で過去の有名作品や小ヒット作品も電子書籍化しておいて、なおかつPODサービスにデータ対応しておけば、コミックパーク的なサービスは、不要になってしまいますね。

むしろ、Amazon以外のDMMなどと提携して、そっちの電子書籍とPODデータの下請け業務にシフトできなかったのか? 実際は電子書籍で購入する層が殆どにしても、POD版をDMMやhontoなど、印刷書籍も用意できれば、強いですし。出版社が嫌がる作品の。記事を読むと、同人とかにノウハウを活かすようですが。自分は古い編集なので、逆にそこを自覚して、電子書籍やPODなどには早くから取り組み、試行錯誤しているんですよね。その結果、ちょっと得た部分も。

④紙を欲する層を見極める

春由舎で、叶精作先生の画集を発売していますが。実はあれ、DMMで発売している『BEWITING』は最初Amazonで、規約違反だとして販売を拒否され、それどころかアカウントを凍結されてしまったんですよね。Amazonは基準を明らかにしていませんが、そういう意味ではDMMは基準が緩いので。というか、写真ではなく絵なんですから、Amazonが厳しすぎるんですよね。なので、Amazonで出した『BONDAGE』はヌードがない、着エロに徹したんですが、それでも勝手に18禁に指定されてしまいました。後ろ姿でお尻を出してるカットが該当したのか?

で、その『BONDAGE』なんですが。電子書籍は1300円で、ペーパーバック版は3267円と倍以上の価格なのに、売上冊数はペーパーバック版が10倍近く高いと、事務局に聞いています。そう、叶先生の美麗なフルカラー画集を、印刷書籍で手元に置きたいという人が、圧倒的に多いんですよ。作品というのは、そういう個々の需要を見極めるのが大事で、ウェブトゥーンだから売れるとか、これからは電子書籍だとかいうのは、軽佻浮薄な意見に見えるんですよね。ケース・バイ・ケースを面倒くさがらないことが大事では?

■まとめとして■

以上のような部分から、経験からウェブトゥーンには可能性は感じても、自分は積極的にタッチする必要はないかな、と思っています。けっきょく、従来の冊子形式の漫画は、ウェブトゥーンにもなれば電子書籍にもPOD版にもなり、リミテッドアニメにもなるわけですから。ならば、種となるオーソドックスな漫画づくりと、もうひとつの可能性の方を、追求したいなと。自分や自分が大切にしたい漫画家さんたちが生きてる間は、今の漫画の形式が滅びるとは思いませんし。現実問題、自分らが割けるリソースは少ないですからね。

電子書籍というのは流通の形態であって、内容ではないです。それはウェブトゥーンも同じですが、でも向き不向きは確実にあります。もうひとつの可能性とは何か? それは、もうちょっとしたら発表するかもしれませんけどね。大したことではないです、昔ながらのことを、今風にやるだけですので。あと、電子書籍とPOD版についての意見を、誤読している人がいましたので、誤字の修正や加筆をしておきました。まぁ、どう書いても誤読する人は誤読しますんで。

どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ

売文業者に投げ銭をしてみたい方は、ぜひどうぞ( ´ ▽ ` )ノ