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絵柄を変えろという編集者の危険性

以前に書いたつぶやきの、加筆手修正版ですが。

■絵柄を変えることの是非■

発端はこのツイートでした。 このツイート自体は、絵柄を変えろと言う編集者の話ではないのですが。自分自身も編集者時代、親切心から漫画家に絵柄を変えたらと提案する編集者は、数多く見てきました。それで売れて、生活が安定したら、次の仕事ももらえるし、書いているうちに絵柄は自分の好みに変えていけばいいのだから、今だけ我慢すればいいのに……と言う編集者は、けっこう見ています。聞いたぶんも合わせれば、もっと多いです。

手塚先生も、アイデアはバーゲンに出せるほどあるが絵柄が時代について行けなくなるが怖い……といった旨の発言を、晩年にされてましたね。でも実際は、記号化された手塚作品は、50年以上前の『どろろ』を小学生や大学生に読ませても、普通に読めるんです。逆に、80年代の漫画の方が、高校出たての大学生や専門学校生には、古く感じたりする。その意味で、流行を追うのは諸刃の剣。メリットもデメリットもあると。

興味深いのは、中島史雄先生やダーティ・松本先生などベテランのエロ系漫画家の方が、70年代の劇画調から80〜90年代の美少女風と、劇的に変えていってる事実。何やら、安定した世界のようなイメージがありますが。ダーティ先生とか、読者に細かいアンケートを取って、目や鼻のパーツの細部まで作例を示して。それが70歳でも現役の、理由だろうなと。実は24年組のダーティ・松本先生。

■絵柄を変えるエロ系漫画家■

ただ、世の中には「アニメ風美少女じゃダメだ! ケン月影先生のような絵じゃないと受け付けん!」という、古参のエロ系漫画ファンも、一定数いるわけでして。需要と、自分のできることの、マッチングはあるわけです。柄に合わないことは長続きしない。そこが解っていない一知半解の編集もまた多いのも事実。伝説のトキワ荘の漫画家でも、編集者から具体的にこの作家のマネをしろと言われ、筆を折った方もいたので、昭和30年代からずっと。でも、変えればいいってもんじゃない。

同じ絵柄と言われるあだち充先生も、デビュー当初の川崎のぼる先生フォロワーの絵から、微妙にタッチを変えているいます。世間のイメージとは逆に、老舗料亭ほど時代に合わせて味を微調整するように。長くやってる人は変えてるんです。作家の絵は常に変化するモノで、元編集者……というか編集者があくまでも本業の身としては、編集のいう「絵柄を変えろ」は、漫画家は聞く必要はないと思っています。

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なぜなら老舗料亭の味つけの微調整と違い、編集者が言う絵柄を変えろはうどん屋に、今の流行りだからラーメン屋へ商売替えしろレベルの話ですから。蕎麦屋が出汁をカレーに入れ美味いカレーうどんを出すのとは違い、解ってるつもりの思いつきアイデアですから。しかも、絵柄を変えて旧来のファンを漫画家がなくしても、責任は取らないんですから。

■編集者の判断基準■

うどん屋のカレーうどんが評判になり、試しにカツカレー出してみたらヒットしてと、メニューのバリエーションを増やすのはありです。そこからうどん屋を廃業して、カレー屋になるのもありです。でも、編集者が思うほど作家の絵柄は変わらないし、作品の魅力はもっと総合的なモノ。絵柄に売れない原因を帰す単純脳の編集者のアドバイスは、有害でさえあると思いますよ。だって実際に変えた場合と変えなかった場合の差を、数量的に証明できないんですから。

そもそも漫画家が、監督と脚本と撮影と証明と音響と大道具と小道具と衣装係と……を兼ねるような、こんなしんどい仕事が出来るのは、自分の好きな絵を描く喜びがあるからこそで、原作者やネーム原作への挑戦をアドバイスするならともかく、絵柄を変えろという編集者がはたして深く漫画を考えているかさえ疑問です。そもそも本格的に絵を学んだ編集者は一握り、漫研崩れや同人誌出した経験があれば御の字ですし。

だいたい、作家の絵は常に変わっていく物で、そこを一番考えてるのは漫画家自身です。編集者が思いつきで言うべき領分じゃないし、そもそも、自分でも描いてて気持ち良くて銭になる絵を見付けられない漫画家は、他のことでも人の意見に振り回され、消えていくだけかと。頑固さと柔軟性、2つないと。けっきょく、自分の人生を生きるには、自分で判断して、自己責任でやるしかない。責任転嫁して逃げたい人はともかく。絵柄を変えるより、それで通用する場を見つけることが大事。
どっとはらい


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