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学ぶ・楽しむ・プロになる、の違い

◉ピアノを学ぶことに関して、興味深いツイートが流れてきました。日本では、バイエルがピアノの練習のバイブルとされていて、基本中の基本とされていますが……オーストラリアでは、昔の悪い例となってるそうで。日本人は新しい物好きの部分と、伝統を墨守する二面性があります。なのでバイエルが伝統となってしまうと、それを守ることが自己目的化してしまうんでしょうね。そもそも昔はピアノって、一部の富裕層の芸事であって。最初から教師や音楽家など、プロ的な習得を前提にして導入された、練習方法なんでしょう。

この問題は、そう簡単な話ではないですし、いちおう人に教える仕事を10年以上やっているので、思うところもあります。

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■悪しき紫綬褒章主義?■

フェルディナント・バイエルは、 1806年7月25日 - 1863年5月14日の人。日本だと、文化三年から文久二年の人。日本だと、11代将軍家斉の化政時代から、馬関戦争の時代の人です。日本人の悪い癖で、英才教育と促成栽培を混同していること。何か芸事やスポーツをやるなら、それを職業とすることを考える形で逆算し、先走ること。自分は後者を特に、紫綬褒章主義と呼んでいますが。一意専心とか、脇目も振らないことが偉いと考える。

これがアメリカだと、スポーツはアメフト・バスケットボール・野球・ホッケー・サッカーなど、5大スポーツを中心に、掛け持つ人間は多いです。才能がある人間だと、複数のプロスポーツ球団からドラフト指名されることがあります。野球とアメリカンフットボールで活躍したボー・ジャクソン選手など、陸上競技の100m走でもオリンピック予選に出るレベルだったとか。ところが日本だと、複数掛け持ちは嫌われてしまう傾向があります。

■道楽を罪悪視する文化■

でも、江戸時代の文献などを読むと、昔の武士は剣術に柔術に砲術に弓術に槍術に……と、複数の武術をかけ持つのは当たり前だったわけで。明治維新で武術が廃れかけた結果、嘉納治五郎が柔術を柔道と改め、精神修養的な意味を持たせることで延命を図った。そのプラス面もありますが、精神修養となると複数のスポーツを掛け持つのは、邪道と思われてしまうことに。日本人は娯楽としての近代スポーツをまだ、受け入れられてないわけです。

もっと言えば江戸時代、多くの日本人は素人芝居を楽しみ、それを茶番と呼んでいました。それは娯楽なのですが、一般には道楽と呼ばれて、どうしても世間の評価が低くなってしまいますね。日本人は何でもかんでも道にして、高尚ぶる悪い癖があります。ただ楽しむだけということに罪悪感を持っているのか? まぁ、能も茶の湯も囲碁将棋も歌舞伎も柔術も、高尚な存在にすることによって生き残ってきた面もあるので。一概に否定はできないんですが。

■技術偏重と筋力軽視と■

そして、英才教育と促成栽培を履き違えた、技術偏重主義。だから野球とか、小学生のリトル・リーグとかだと技術力の高さで世界一とか獲得するのに、中学・高校・大学と年齢が上がるに従って、アメリカとの差が縮まっていき、プロでは大きな差がついてしまいます。確かに人種的な筋力の差はありますが、技術偏重の裏返しとして、パワー軽視はもう伝統文化です。

だいたい筋力のピークは35歳前後ですから、ウェイトトレーニングとか、高校生が16歳ぐらいから始めて、20年とか30年計画で、コツコツやるべきものなのに、そこを軽視する。ウエイトトレーニングを始めた初年度はともかく、筋力は1年で急激に成長したりしません。体重と同じベンチプレスをできるようになった人が、1.25倍にするには、3年はかかるわけで。でもそうやってコツコツと鍛えた筋力は、歳を取った時頼りになるわけです。

だからアメリカだとランディ・ジョンソンとかロジャー・クレメンスとかグレッグ・マダックスとか、40歳を超えても活躍する選手が多いのに対して、日本人は投げ込み過ぎで肘や肩を壊して、早くに引退する選手が多いです。そもそもアジア系は、白人や黒人に比較して老化スピードがゆっくりとされます。なので、スポーツではシニアで活躍する東洋人は多いのですが、フィジカル軽視の日本人は、早熟だけど引退が早いってパターンが多いんですよね。

■英才教育と促成栽培と■

逆に、高校生にウェイトトレーニングを過剰にやらせて他校と差をつけ、芯を食わなくても飛ぶ金属バット野球に特化した、甲子園大会だけで通用することをやらせるチームも。これは箱根駅伝に特化した、大学長距離界も一緒ですが、促成栽培の典型例。本当の英才教育というのは、小学校では器械体操で運動神経を鍛え、中学校では陸上競技でバランスの良い筋力や基礎体力を鍛え、ここから本格的に野球の技術を学ぶという、原貢氏の育成方法みたいなもので。

バイエルの強制とは逆に、大正時代の在野から起きた綴り方運動の教育方法は、文章の型を重視する旧来の教育法法を否定し、見たまま感じたままを自由に書くことを重視しました。江戸時代だと、庭訓往来という手紙文をもとに、手紙文の形式で文章の定型を学んだわけです。でも、ライターや作家になるわけでもない多くの子どもに「型に囚われるな、自由に書け」と言われても、生徒は戸惑うだけでしょうに。

そもそも文才なんてのも、かなり才能に左右されるものであって。99%の生徒にとって、小説家になるような表現力は不要です。むしろ長い人生を考えれば、上手い文章や美しい文章よりも、誤解の余地が少ない正確な文章の方が、100倍大事です。教育とはそもそも、平凡の強制です。優れた者にも劣った者にも、です。そうやって、後者のレベルを上げてやる。では、才能のある人間は平凡の強制で、潰されてしまうか? 平凡の強制で潰れるような才能を、才能とは呼びません。

■綴り方運動百年の呪い■

結果、自由闊達な文章も型どおりの文章も、書けなくなったという、困った事態が出現してしまいました。詳しくは、以下のリンクを読んで頂きたいのですが……。文章の型を学ぶ方法論を否定したら、「子どもが見たまま、感じたままを綴る学校作文」という唯一の型を作り上げてしまった、という指摘は重いです。バイエルを後生大事に墨守するのも、バイエルを安易に否定するのも、どちらも問題があるような気がしています。

 これには歴史的・文化的な背景があります。日本でも公立学校が設立された明治期には、むしろアメリカ以上に「型」から学ぶ形式模倣主義の作文教育が主流でした。ところが、大正期に子ども中心主義の新教育運動が世界的に広がると、明治の形式模倣主義への反省から、型を壊して子どもらしい文章表現を重視する「綴り方」が在野の文学者から提唱されました。綴り方は単に「書く技術」ではありません。子どもが体験や考えをありのままに書くことを通じて「人格修養」することを主な目的としていました。このアプローチが現場の教師に圧倒的な支持を得て、「生活綴り方」から戦時中の「国民学校の綴り方」へ、そして戦後も「学校作文」としてその精神は脈々と受け継がれ、現在に至っています。

 ところが皮肉なことに、型を壊したと思いきや、結果として「子どもが見たまま、感じたままを綴る学校作文」という唯一の型を作り上げてしまいました。体験したことを素直にありのまま書くのがよい作文とされているので、その対極にある、想像して書く創作文の入り込む余地はありません。綴り方運動の提唱者、鈴木三重吉の雑誌「赤い鳥」創刊号(1918年)の作文募集要項には「空想で書いたものではなく」と断り書きがあります。鈴木は、経験していないことを子どもに書かせる創作は人工的で虚飾に満ちた文章を生む、と痛烈に批判しています。日本の国語教育で創作文を書かせないのには100年近い歴史があるのです。  

羹に懲りて膾を吹く。作文教育だけでなく絵画教育でも、この悪しき心のままにの綴り方運動は、影響を与えているような気がします。例えば美大の講師などと話していると、大学というのを履き違えているなと感じることが多々あります。大学は研究の場であって、専門学校とは異なるのですが。就職のためのステップのばという意識が、強すぎます。日本の私立大学が元々は、専門学校からスタートしているせいでしょうか。

■プロ育成が主目的か?■

そもそも、大学の法学部を出たからといって全員が弁護士になるわけでもなく、経済学部を出たからといって公認会計士になるわけでもないです。でも、漫画専門学校の講師たち(主に漫画家)も、プロになるための方法論を、学生たちに教えようとします。残念ながら、全国に漫画家は3000人から6000人しかおらず、才能の世界。適性があって大学に入ってきているわけでもない生徒に、そういう技術を教えても、5%もデビューはできないでしょ。

しかも教えてる内容が「私はこうやってデビューした」という、自分の狭い経験値の話でしかないですからね。教えるプロじゃない。なので自分は、努力で身につく透視図法の技術や、AdobeのIllustratorやInDesignのプロ用DTPアプリ技術を大学や専門学校で教えて、併せてデザインの基礎的なことも教えて、多少なりとも就職に役に立つ技術を教えていました。デザイナーの需要は、広告でもウェブでも、いろんな分野で結構ありますから。

ウチの講座も義務教育ではないので、楽しんで学ぶ・必ずしもプロを目指す講座ではないってポジションは、割と重視しています。プロの技術は多数教えるし、デビュー率はそこそこ高いんですけれどね(自慢)。だって道楽として漫画を楽しく書ける技術と、プロの技術に差はないですから。差があるとしたら、生き方の選択であって。アマチュアの分厚い層が、プロの頂点を支えるという面もありますから。アマチュアの育成にも大きな意味があります。

■一期は夢ぞ、ただ狂え■

スポーツでも、生涯スポーツという考え方が浸透したように、そもそもプロの定義自体が、これからは変わっていきますから。ゴルフのようなシニア枠が他のプロスポーツでも、もっと増えて欲しいですし。創作の世界でも、そもそも小説家の商業プロは滝沢馬琴から200年ぐらいしか、伝統がないですから。紀貫之も紫式部も、分類的にはアマチュア作家。井原西鶴でさえそうで、逆に脚本家の近松門左衛門は商業プロ。

プロであることが、偉いということもなく。単に時代と状況次第ですからね。現在だと個人が Amazon で小説や漫画を販売し、プリント・オン・デマンド(POD)サービスで印刷書籍さえ出版できます。プロとアマチュアの垣根は、ないも同然です。プロになってしまったために、創作が嫌になって筆を折ってしまった人もいます。逆に道楽で何十年も書き続けられる人もいます。

自分は、人生は楽しんだ者が勝ちだと、そう思っているので。百年先も残るような傑作を書くことができる人間なんて一握りですから。自分の人生を豊かにする道楽を、満喫する方がいいと。そういう作品が意外と、後世に評価されるかもしれませんしね。鳥獣戯画だって、当時はそれを未来に残す価値があると思って、残したわけではないでしょうから。現在のデジタルデータ化によっていろんなものが残る時代は、プラス面ももマイナス面もありますが。プラス面を評価していきたいです。

どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ

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