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所謂、一つの所信表明

目の前に座るこの人は大盛りの牛丼を食べながら話し続けている。この人の名前は佐々木だったと思う。今朝、この人はそう確か名乗った気がする。歳は多分、俺より10くらい上だろう。体格は良いのだがイマイチ今日のような力仕事には似合わない雰囲気で、それこそサラリーマンと言われたほうがしっくりくる。そんな雰囲気のこの人が、なぜ今日みたいな力仕事の現場にいたのか不思議だ。
「えっと佐々木さん…あ、えっと、すみません名前、佐々木さんでよかったすよね?」
「そう佐々木。人呼んで“日雇い佐々木”、改めてヨロシク。」
「何すか、その超ダサいニックネームは。」
佐々木というこの人はダサいという言葉に共感するように何度も頷きながら笑っている。とりあえず名前は確認できてよかった。正しく覚えているのか自信の無いまま会話を続けて後で聞き直すよりは早いうちに聞いてしまった方が失礼さも少なく済むだろう。とにかく、この人の名は佐々木だ。

「佐々木さんは結構いろんな現場に行ってるんすか?」
豚丼を頬張りながら俺は聞く。日雇いの仕事を紹介する派遣会社に登録をしたのは先週の事。その会社からの紹介で俺はまず2日間ビル清掃をし、2日の休日を挟んで入ったのが今日の事務所移転作業だ。駅前集合で派遣先のバンにスタッフが乗り込み、現場へ向かった。その車内で話しかけてきたのが佐々木さんだった。
「毎日のように色んな現場に行ってもう6年になるね。」
「うっわ、めちゃベテランじゃないっすか。」
「だから人呼んで“日雇い佐々木”、ヨロシク。」
「いや、だからダサいですってソレ。」
日雇いアピールが佐々木さんの笑いのツボらしい。

「昼間話していた、その、杉本君のやってる研究…なんだっけ、エコシステムのナンタラカンタラって言う…なんかカッコイイね。僕は好きだよ、そういうの。」
「え、結構話したのに、その感じ…全然理解してないじゃないすか。」
「いいんだって、よくわからなくても、フィーリングでなんとなくカッコよければもうそれはカッコイイって事で。」
大学では元々興味を持っていた再生資源の研究をし、その研究が面白くて夢中になっていたら、恵まれたことに研究の延長戦上にあるような企業への就職も決まった。そんな俺の話を昼間、佐々木さんはすごいすごいと楽しんでくれていたのだが、どうやら研究内容は全く理解できてないようだ。

佐々木さんは結婚されていて、1歳になる娘さんがいる。それを聞いて尚更不思議に思った。
「なんで6年も日雇いなんすか。就職しないんすか。」
その質問に佐々木さんは待ってましたと言わんばかりだ。
「僕ね総合格闘技やっるんだけどね。」
「なんすか、そのイメージに合わない趣味。」
話の脱線の仕方に笑うというよりは若干引いた感じで返してしまった俺だが、それでも佐々木さんは笑って続ける。
「あ、いや、趣味じゃないんだけどね。ただ大きな大会では優勝したことないし、無名の格闘家はそれじゃだけじゃ暮らしていけないんだよね。」
想像もしていなかった内容だったが、つまり佐々木さんの本業は格闘家なのだ、その傍の日雇いなのだ。
「へぇ、カッコイイじゃないすか。」
そう言いながらビールを飲む。
「適当な“カッコイイ”だなぁ。」
苦笑いした佐々木さんは、“カッコイイ”についての持論を長々と語った。俺みたいに一つの好きな研究を続けているヤツも、次から次へと新たな挑戦をしていくヤツも、佐々木さんにとってはカッコイイのだと言う。君はすごい研究をしている、僕の友人はどこぞの会社で出世頭だ、アイツは会社を作った、そんなふうに楽しいそうに“カッコイイ”を熱く語った。
「佐々木さん、ソレ、本気でカッコイイと思ってるんすか?」
「馬鹿かい君は。僕は本気でカッコイイと思うヤツにしかカッコイイとは言わないよ。」
だとしたら、と余計不思議に思い俺は聞いた。
「うーん、なんだかなぁ。誰それがカッコイイって言い続けてるのに憧れや嫉妬が感じられないんすよね。」
「あぁ、なるほど。」
佐々木さんは言葉を選ぶようにじっくり考えながら続けた。
「そこに嫉妬は一切ないからね。杉本君の“カッコイイ”は杉本君が求め杉本君が勝ち得たモノなんだよ。それは杉本君が持っているからカッコイイのであって、たとえソレを急に僕が持つことになっても、僕の“カッコイイ”ではないし、なんの意味もないんだよ。だからそこに嫉妬が生まれること自体ナンセンスなんだよ。」
佐々木さんの話す言葉を心に焼き付けるかのように真剣に聞き入る俺がいた。
「憧れについては、あるよ。憧れる、それはいいんだよ。自分もやるぞ、という力になるからね。」
力になる、という言葉から力を貰うかのように、なんだか胸が熱くなった。
「ていうか今僕、めちゃいいこと言ってカッコよくない?」
「いや俺も佐々木さんカッコイイ事言うなって思ってたところなのに、残念ながら今の一言がカッコよくないっす。」
佐々木さんは真剣に話した後、オチをつけなきゃ気が済まないタチらしい。

「もう少しなんだよ。きっともう少し。」
「何がすか?」
「ただただ勝つ事を求め日々を過ごし積み重ね、でもその先に見る、勝ち負けを超えた最高の闘いをしたい。終わった後にさ、どちらが勝とうとも、相手に敬意しかない、最高の闘いをしたい。そんな試合ができる格闘家を僕はカッコイイと思うんだ。僕はそんなカッコイイ男になりたい。」
「なるほど。」
「この前の試合、〝カッコイイ〟に届きそうな、そんな感覚があったんだ。僕はその感覚を信じたい。それが〝カッコイイ〟まで近いのか遠いのか本当はわからないんだけど、確かにその感覚があったということを信じたい。もう少しだと信じて毎日さ、一日一日を積み重ねたい。僕は必ずカッコイイ男になってみせるよ。」
俺は返事ができなかった。佐々木さんの言葉が俺の心の奥底まで響いた。
「だけどさ。この前の試合でくらった右フックでいまだに顎の調子悪くてたまんないんだよ。あぁ、しかもアイツ、あの時フラつく僕にニヤッて笑いやがったし。思い出したらなんかイライラしてきた。ていうかアイツだって僕の膝蹴りに必死で効いてないフリしてたし。あれは判定おかしいし。どう考えても僕の勝ちだし。」
「敬意以外のもの有りまくり。ホントにその感覚ってやつ、あったんすか?」
だからお願い、いちいちオチをつけるのやめて。

「ごちそうさまでした。」
牛丼屋を出てそういう俺に
「杉本君、今日はありがとう。」
と佐々木さんは言った。
「なんで佐々木さんがお礼言うんすか。お礼を言うのは俺すよ。」
佐々木さんは首を横に振った。
「僕はお礼を言いたいんだって。君とこうして話ができて良かった。」
佐々木さんは本当に嬉しそうだった。
「なんで佐々木さん、今日俺を誘ったんすか?」
「んー…なんというか、あれだよ、まぁ誰でも良かったんだけども。」
「ヒドいっすね、ソレ。」
ニヤリと笑った後、佐々木さんは言った。
「うそうそ。どうせならカッコイイやつに聞いて欲しかったんんだよ。」
「何をすか。」
所謂いわゆる、一つの所信表明を。」
その言葉の真剣さはしっかりと伝わっていた。だけど、いや、だからこそ俺はあえて軽く返した。
「カッコイイすね、ソレ。」
佐々木さんは頭をクシャクシャとかきながら
「いや、カッコイイ男になるっていう表明をカッコイイと言われちゃうと…なんだかな。」
不満足そうな顔で笑った。

「それじゃぁ、また。また会おう!」
「あ、はい、また。ありがとうございました。」
別れの挨拶。ありがとうと言いながら気付いてしまった。佐々木さんがこの後、何を言うのか大体わかってしまった。
「また日雇い現場で会おう!」
「いや、だから。ダサいっすよ。」
案の定のその言葉。帰っていく佐々木さんの背中は、満足そうだった。



【Writone】
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