赤い蝋燭と人魚

穏やかな満月の夜に、とうとう人魚は心に決めていたことを行ったのです。

蝋燭屋のおばあさんが参拝に行くのを見計らい、帰ってくる合間に階段のたもとへ我が子を置いてゆきました。

どうかこの寒い海の中より、仕合せになっておくれと祈りながら、おばあさんがこどもを抱えて蝋燭屋へ帰っていくのを見届けたのです。

どれほど時間が過ぎたでしょう。人魚は、水面を見つめてこどものことを思い、あの子が海を恋しがってはいけないと、もう夜に岩へ上がることもありませんでした。

海の中は変わらず寂しいけれど、町が賑わうようになりました。初めて見る漁船も増え、お山のお宮に明かりがともることが増えたのです。

人魚はきっと蝋燭屋が繁盛しているんだと考えました。夜中なら、濡れた貝は人間のお金に見えるだろうか。一度行っても罰は当たらないんじゃないだろうか。

しかしいつからか、静かな夜の海にお山のたもとの方から、寂し気な声を聞きような気がしたのです。

ある日にぎわう漁港に異質な船がやってきました。船底へまわると悲しいけだものの声がしています。北の海ではあまり見ない船でした。

人魚はある晩、濡れた貝を握りしめ、蝋燭屋の戸を叩きます。真っ赤に塗られた蝋燭に、自分のこどもの悲しみを見つけたのです。

赤い蝋燭に火をともし、人魚は初めてお宮で参拝しました。

人間は、聞いていたような慈悲深い生き物ではなかった、海の獣物と何ら変わりない。あの子は仕合せではなかった。どうか今晩、あの子に合わせてくださいまし。

人魚が海に戻り、赤い蝋燭が燃え尽きるころ、急に空の模様が変わって、近頃にない大暴風雨となりました。

沖合に出ていた人魚の子をのせた船は波にのまれ、誰も助からなかったといいます。



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