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知ってゆく、人

少しでも艶やかに見えるよう
ムダ毛を剃り除いていたあの頃。
指や手の甲、足の指に生えている毛に
必要性など微塵も感じず腹立たしかった。
何度も何度も剃っているのだから
「あ、ここは生えなくていいところなんだ」
と肌にそろそろ理解してほしかった。
骨張った大きな手で撫で上げられたときに
滑かなで柔らかな手触りになるように
カミソリを何種類も使って
丁寧に丁寧に剃り除いた
約束までの40分間。

自慢の足を味わってもらえるように
18デニールを厳守し
膀胱炎になりそうな寒さにも耐えた。

少しでも良い匂いがするようにと
ボディークリームを塗り込み
ヘアコロンを振り撒き
少しでも可愛く見てもらえるように
ゆったりとしてやわらかい生地で
身をつつみ
少しでも小柄に見てもらえるように
ヒールの靴は履かず
カラーコンタクトとつけまつ毛で
目を少しでも大きくして
上下揃いの下着をつけた。

今となっては
隠すことなど何もないと
5本指の靴下がいかに快適かを解き
足の裏に貼るカイロは最高だと手を叩き
脇の毛の処理が甘いから
今日はそこには触れないでと
堂々と忠告をし
「そういえばこの前食べたパスタが美味しかった」
「あいりちゃんが結婚したらしい」
「新商品のスニーカーが気になってる」
などとよもやま話を挟み
「くたびれてきたから一休みしたい」
と行為の途中でゴロンと寝転がる。

あんなに緊張していたのに。
僅かばかりの剃り残しを発見したら
「喉が渇いちゃった」と言いながら
カミソリを買いにコンビニへ走ったのに。

下着の色を揃えていないことに気づいたら
ムードを壊すことなく
「今日は真っ暗がいいな」なんて
クスクス笑いながら
さりげなく早めに消灯して
パリッと冷たいナイロンのシーツに
くるまったのに。

いつの間にか馴染み
よく知っている男になっている。
わたしのことを分かってくれる
何でも話せる男になっている。
多少毛が生えていようが
下着の色が違おうが
そんなこと気にしないタイプの人だと
すっかり分かってしまっている。

あんなに緊張していたのに。

あんなに焦がれていたのに。

「気持ちよくてスッキリした、じゃあまたね」
「今度は目隠しでもしてみるか」
なんて
照れもへったくれもないようなことを
言い合いながら別れ
家に帰ってひとりでベッドに横たわり
あの頃こっそりと買い揃えた
彼の気に入りだった
バニラの香りがする香水を
クンと嗅いでみる。
出会った頃の彼がいる。
シーンと澄んだ冬の朝
自転車で二人乗りをして
学校に向かうわたしたちがいる。
彼の長い髪の毛から
バニラの移り香が流れてくる。

あどけなさと自尊心と危うさを
具現化したようだった19の彼がいる。
かっこよさに目がくらみ
触れられてみたいと焦がれていた
19のわたしもひょこり顔を出す。

Amazonで
いやらしいアイマスクを
注文しなければ。
ついでに拘束用のネクタイも
買っちゃおう。
お花柄の可愛いやつ。

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