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ショートショート

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シロクマ文芸部に参加して書いたショートショートや、単発で書いたショートショートです。 ※ すべてフィクション ※ ジャンルはごちゃまぜ ※ 一話完結です。ショートショート同士の繋… もっと読む
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#オールカテゴリ部門

【目次】 ショートショート 【マガジン】

ショートショートのマガジンを作りました。 ここは目次のようなものです。随時更新していきます。 ◎ すべてフィクションです。 ◎ ジャンルはごちゃまぜです。 ◎ 1話完結です。ショートショート同士の繋がりはありません。 ◎ 年齢指定になるような極端な描写はありません。 順番通りに読むも良し、気になるタイトル、お題から読むもよし、ランダムにえいやっと読むも良し。 好きなように楽しんでもらえたらいいなと思います。 ▶ シロクマ文芸部 企画参加ショートショート▶ 2023年

片方だけの思い出 #シロクマ文芸部

 白い靴下が、片方だけ、しまわれている。  確か、1年くらいそのままの靴下。  私のじゃない靴下。彼の、靴下。元彼の、靴下。この部屋から出て行った、元彼の、靴下。  世界にたったひとつ、でもなければ、高級な靴下でもない。どこにでもあるような靴下。  彼がいなくなって、ポツンと残されていた靴下。  単に落ちたのか、それともわざと落としていったのか。そんなことを確かめようとするほどバカじゃない。 「靴下片方、落ちてたよ」なんてわざとらしく連絡するほど愚かじゃない。  それに

風が運ぶ季節 #シロクマ文芸部

 風薫る海辺の町。  海に面したこの町は、1年を通して海の香りに包まれている。  しかしこの時季にだけは、みずみずしい新緑の香りが、爽やかな風に乗って届く。  灯台に空いた窓から海を見下ろして、彼女は深く息を吸い込んだ。  今年もまた、新しい緑の香りがする。  少し視線をずらして、町と海を隔てるように伸びている堤防に目をやる。 「今年もこの時季がきたなぁ」 「わたし、みどりの風のかおり、大好き!」  堤防に座った老年の男が嬉しそうに呟くと、隣の少女が目を輝かせて返す。

黒い目玉のこいのぼり #シロクマ文芸部

 子どもの日にこいのぼりを飾る家は、ずいぶんと少なくなった。  そのことに少なからず安堵している。  僕はこいのぼりが怖い。  子どもの頃、僕はこいのぼりに、食べられた。  僕の家には祖父母が買ってくれたこいのぼりがあった。  当時の僕にはわかりもしないけれど、きっと高かっただろう立派なこいのぼり。  5歳の子どもの日。  いつもの子どもの日と同じようにその日を過ごした。変わったことはない。  父母と並んで見上げたこいのぼり。  きれいな青空を、飛ぶように泳ぐ姿がかっ

ピアノの秘密。 #シロクマ文芸部

 消えた鍵盤は、きっとひとりぼっちだ。  みんながいなくて、どこかで泣いているかもしれない。 「あの子はどこへ行ったんだろうね」 「隣がぽっかりと空いてしまって寂しいなぁ」 「帰ってくるだろうか」 「無理かもしれないね」 「連れ去られてしまったのだから」  残った鍵盤たちは、ひそひそと会話をする。  大きな声を出せば、それは音となり人間の耳に聞こえてしまう。  そうすれば幽霊だなんだと騒ぎ立てられる。そうならないように、鍵盤たちはひそひそ、こそこそ、小さな声で会話をするの

鍵穴を探している。 #シロクマ文芸部

 消えた鍵穴を探している。もう、ずっと、長い間。  ふぅ、と息を吐いて椅子に落ち着く。この椅子は祖父が使っていたものだ。随分古いが作りはしっかりしていて、なにより僕の身体をすっぽりと包み込んでくれるようで、心地が良い。  祖父が生きていたころは、この椅子に座り幼い僕を膝に抱いていた。この椅子に座るとそのときの感覚をはっきりと思い出す。あるいはこの椅子がまるで祖父のように感じられるのだった。  僕はポケットの中から鍵を取り出す。  手のひらに乗る、小さなアンティーク調の鍵。

台風はアイスクリームを食べる 【SS】

 一体、いつからそんな噂があるのだろう。  いや、『噂』と言っていいのかはわからない。『迷信』や『都市伝説』の類に近いかもしれない。  根拠はない。出どころも不明。  だが、それでも人々はそれに賭けるしかなかった。 「あそこの店の分はもう無いってよ」 「少しだけど家から持ってきた!」 「隣の町まで行っても、間に合うかな?」  海辺に集まった大勢のひとたちが、口々に言う。  超大型の猛烈な——、そして、特殊な台風が海辺の町に近づいていた。  その台風はなんと、ソフトクリ

君となにをしようかな 【SS】

「ねえ、君はどんな食べ物が好き?」 男の子は興味津々といった様子で問いかける。 その相手はロボットだった。このロボットは彼の父親の友人が創ったものだ。 今日は彼の両親が出かけている間、ロボットが男の子の世話をすることになっていた。世話といっても、食事を用意する以外は彼の話や遊びの相手になることがメインだ。 「すみません。私はニンゲンと同じように食物を食べることができません」 「ああー、そっかぁ。ごめんね。うーんと、じゃあ、食べてみたいなってものはある?」 次の問いにロボ

私の日制度、導入 #シロクマ文芸部

私の日制度、というものが政府によって導入された。昨今の過労死や過剰労働からの自殺、日常のストレスを起因とする虐待やDVが増加していることへの対策の一環で”私の時間”を大切にしようという意図がある。 年に10回使用可能。申請が必要だが、当日でも可能。 一般的な有給休暇とは違うが、『有給休暇でもらえる半分』の給料は保証される。 提携している飲食店や施設などの利用料は半額になる。利用先によっては、半額以下の料金になるところもある。 申請した際に「本日は『私の日制度』適用日である」

今日は誰の日? #シロクマ文芸部

私の日だね。 机に広げたノートに書き入れる。 『今日はね、嬉しいことがあったよ。』 そうして彼女は、今日起こったことを書き連ねていく。 彼女が今書き込んでいるより前にも、同じようにその日の出来事が書かれている。 どの日も『今日は私の日』『僕の日だよ』『アタシが書くよ〜』というように始まっている。名前の記入はないが、彼女にはそれを書いているのが誰かということがわかっている。 そこに並ぶ文字は、筆跡も違えば感じていることもバラバラだ。 『今日は気になっている彼とたくさん話

街クジラ #シロクマ文芸部

 街クジラは都会のビル群の合間を悠然と泳ぐ。  『街クジラ』というのは、この街の学者がつけた名前、というのは本で読んだり人から聞いた知識だ。どうやら『クジラ』という生物が海に生きていた時代があったらしい。  海に生きるクジラと街に生きるクジラ。環境が違うため、生態も別物であるので『クジラ』という呼称はどうかという意見もあった。しかし見た目は同じなので、結局は住む場所を名前にしたのだ。  リクガメとウミガメの違いみたいなものだろうかと私は解釈している。ちなみに両者も本で知った