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ショートショート

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シロクマ文芸部に参加して書いたショートショートや、単発で書いたショートショートです。 ※ すべてフィクション ※ ジャンルはごちゃまぜ ※ 一話完結です。ショートショート同士の繋… もっと読む
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2024年5月の記事一覧

片方だけの思い出 #シロクマ文芸部

 白い靴下が、片方だけ、しまわれている。  確か、1年くらいそのままの靴下。  私のじゃない靴下。彼の、靴下。元彼の、靴下。この部屋から出て行った、元彼の、靴下。  世界にたったひとつ、でもなければ、高級な靴下でもない。どこにでもあるような靴下。  彼がいなくなって、ポツンと残されていた靴下。  単に落ちたのか、それともわざと落としていったのか。そんなことを確かめようとするほどバカじゃない。 「靴下片方、落ちてたよ」なんてわざとらしく連絡するほど愚かじゃない。  それに

風が運ぶ季節 #シロクマ文芸部

 風薫る海辺の町。  海に面したこの町は、1年を通して海の香りに包まれている。  しかしこの時季にだけは、みずみずしい新緑の香りが、爽やかな風に乗って届く。  灯台に空いた窓から海を見下ろして、彼女は深く息を吸い込んだ。  今年もまた、新しい緑の香りがする。  少し視線をずらして、町と海を隔てるように伸びている堤防に目をやる。 「今年もこの時季がきたなぁ」 「わたし、みどりの風のかおり、大好き!」  堤防に座った老年の男が嬉しそうに呟くと、隣の少女が目を輝かせて返す。

黒い目玉のこいのぼり #シロクマ文芸部

 子どもの日にこいのぼりを飾る家は、ずいぶんと少なくなった。  そのことに少なからず安堵している。  僕はこいのぼりが怖い。  子どもの頃、僕はこいのぼりに、食べられた。  僕の家には祖父母が買ってくれたこいのぼりがあった。  当時の僕にはわかりもしないけれど、きっと高かっただろう立派なこいのぼり。  5歳の子どもの日。  いつもの子どもの日と同じようにその日を過ごした。変わったことはない。  父母と並んで見上げたこいのぼり。  きれいな青空を、飛ぶように泳ぐ姿がかっ