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ショートショート

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シロクマ文芸部に参加して書いたショートショートや、単発で書いたショートショートです。 ※ すべてフィクション ※ ジャンルはごちゃまぜ ※ 一話完結です。ショートショート同士の繋… もっと読む
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2023年7月の記事一覧

楽しい時間 #シロクマ文芸部

 書く時間は私にとって一番楽しい時間だ。心が癒される唯一の時間でもある。  高校ではクラスメイトたちにいじめられている。そんな私のただひとつの楽しみがこの、書く時間。  あのひとたちは私を『暗い』という理由でいじめる。そんなことは理由にもならないのに。  私は賑やかさや騒がしさよりも、静かさを好んでいるだけだ。  クラスの中でやたらと騒ぐだけで、実際には陰湿ないじめをする彼ら彼女らのほうが、私からすればよっぽど暗い。  私が書くようになったのは、今までに読んできた膨大な書

時計の針が止まるとき、それは食事の時間 #シロクマ文芸部

 食べる夜がやってきた。音もなく、息をひそめた夜だった。 「こんばんは」  声をかけると相手はびくりと肩を震わせた。突然現れた私に怪訝な目を向け、上から下へとじっくりと視線を這わす。 「どちらさん?」 「名乗る名もないのですが……」  困ったように答えると、相手は更に眉間を強く寄せた。 「これも仕事でして」 「なんの仕事だよ、こんな時間に。どこの誰かもわかんないし。スーツ、着てるけど。同業者、にも見えないなぁ」 「ああ、同業者ではありえません。この見た目は、まあ、アナタ

ペンギンのドライブ 【SS】

ペンギンは、バナナが食べたかった。どうしても食べたかった。 けれど、ここでは手に入らない。ペンギンが暮らすここは極寒の地。バナナが生育できるのは暖かい気候の地だ。バナナを手に入れるのは困難の極み。 困難なことだとわかっていても、だからこそ惹かれるものもある。 「男には、冒険が必要なときもあるってもんだ」 ペンギンは旅に出ることを思い立つ。 「ドライブがてら、楽しんで行こうじゃないか」 そうしてペンギンは愛車に乗り込んだ。 意気軒昂としていたペンギンだったが、極寒の地を

ピアノの秘密。 #シロクマ文芸部

 消えた鍵盤は、きっとひとりぼっちだ。  みんながいなくて、どこかで泣いているかもしれない。 「あの子はどこへ行ったんだろうね」 「隣がぽっかりと空いてしまって寂しいなぁ」 「帰ってくるだろうか」 「無理かもしれないね」 「連れ去られてしまったのだから」  残った鍵盤たちは、ひそひそと会話をする。  大きな声を出せば、それは音となり人間の耳に聞こえてしまう。  そうすれば幽霊だなんだと騒ぎ立てられる。そうならないように、鍵盤たちはひそひそ、こそこそ、小さな声で会話をするの

鍵穴を探している。 #シロクマ文芸部

 消えた鍵穴を探している。もう、ずっと、長い間。  ふぅ、と息を吐いて椅子に落ち着く。この椅子は祖父が使っていたものだ。随分古いが作りはしっかりしていて、なにより僕の身体をすっぽりと包み込んでくれるようで、心地が良い。  祖父が生きていたころは、この椅子に座り幼い僕を膝に抱いていた。この椅子に座るとそのときの感覚をはっきりと思い出す。あるいはこの椅子がまるで祖父のように感じられるのだった。  僕はポケットの中から鍵を取り出す。  手のひらに乗る、小さなアンティーク調の鍵。

台風はアイスクリームを食べる 【SS】

 一体、いつからそんな噂があるのだろう。  いや、『噂』と言っていいのかはわからない。『迷信』や『都市伝説』の類に近いかもしれない。  根拠はない。出どころも不明。  だが、それでも人々はそれに賭けるしかなかった。 「あそこの店の分はもう無いってよ」 「少しだけど家から持ってきた!」 「隣の町まで行っても、間に合うかな?」  海辺に集まった大勢のひとたちが、口々に言う。  超大型の猛烈な——、そして、特殊な台風が海辺の町に近づいていた。  その台風はなんと、ソフトクリ

君となにをしようかな 【SS】

「ねえ、君はどんな食べ物が好き?」 男の子は興味津々といった様子で問いかける。 その相手はロボットだった。このロボットは彼の父親の友人が創ったものだ。 今日は彼の両親が出かけている間、ロボットが男の子の世話をすることになっていた。世話といっても、食事を用意する以外は彼の話や遊びの相手になることがメインだ。 「すみません。私はニンゲンと同じように食物を食べることができません」 「ああー、そっかぁ。ごめんね。うーんと、じゃあ、食べてみたいなってものはある?」 次の問いにロボ

私の日制度、導入 #シロクマ文芸部

私の日制度、というものが政府によって導入された。昨今の過労死や過剰労働からの自殺、日常のストレスを起因とする虐待やDVが増加していることへの対策の一環で”私の時間”を大切にしようという意図がある。 年に10回使用可能。申請が必要だが、当日でも可能。 一般的な有給休暇とは違うが、『有給休暇でもらえる半分』の給料は保証される。 提携している飲食店や施設などの利用料は半額になる。利用先によっては、半額以下の料金になるところもある。 申請した際に「本日は『私の日制度』適用日である」

今日は誰の日? #シロクマ文芸部

私の日だね。 机に広げたノートに書き入れる。 『今日はね、嬉しいことがあったよ。』 そうして彼女は、今日起こったことを書き連ねていく。 彼女が今書き込んでいるより前にも、同じようにその日の出来事が書かれている。 どの日も『今日は私の日』『僕の日だよ』『アタシが書くよ〜』というように始まっている。名前の記入はないが、彼女にはそれを書いているのが誰かということがわかっている。 そこに並ぶ文字は、筆跡も違えば感じていることもバラバラだ。 『今日は気になっている彼とたくさん話