エホバの証人って? 何が問題?
最近何かと話題になっている「新興宗教」や「2世信者」の問題。
今回は、「輸血拒否」「体罰」「忌避」などで話題になっている「エホバの証人」について解説します!
「実態について良く分からない…」「見かけたことあるけど、よく知らない」「ニュースで聞くけど断片的」という方向けに、なるべく「独立」の立場から解説します。
※ 尚、本記事および関連記事については、特定の人物やグループに対する攻撃を意図したものではなく、「事実」「解釈と感想」を交えて書いていきます。
自己紹介 ~エホバの証人としての経歴~
まずは簡単に自己紹介です。
3歳の頃に母親が入信したのをきっかけに、一般の父親とJWの母親の間で育ちました。
JWの教育を受けて育ち、17歳で正式に入信する。
30歳を期に、フェードアウトし、現在に至る。
現在も親兄弟はJWです。
JWとして活動中はパートタイム勤務でしたが、20代後半のときに活動を縮小しながら就職活動をし、正社員として就職。
現在は30代、JWではない妻がいます。
状態としては、排斥・断絶ではありません。
JW内の経歴的には、大会自発奉仕、開拓者、援助奉仕者(旧: 奉仕の僕)です。
エホバの証人ってそもそも何?
「エホバの証人」(Jehova’s Witnesses)とは、アメリカで結成された、キリスト教をベースとする宗教団体です。英語の頭文字から「JW」と表記することもあります。
(記事内では、便宜上”JW”と表記します。)
経典として「新世界訳の聖書」を使用しており、付随するテキストとして、JWが出版する書籍やビデオ教材があります。
唯一神である「エホバ」を崇拝しており、イエスキリストは、エホバに最初に創造された存在である「神の子」として扱っています。
JWの組織は、1か所に大きな組織があってそこに所属するというより、チェーン店のように、世界的な規模で管理されている小規模の組織が各地に点在しているという特徴があります。
また、組織構造として、”統治体”、”本部”、”支部”、”巡回区”、”会衆”、”グループ”と呼ばれる独自の単位を使用しており、各所から出される指示はエホバからのものと見なされます。
そのため、特定の人間を神として崇拝しているわけではありませんが、エホバが決めた伝達経路とみなされ、「指示に従わない=エホバに従わない」とみなされる、トップダウン型の体制となり、異議を唱えることはほぼ不可能な状態になっています。
JWの目的は?
JWの教義的な目的は、「エホバの崇拝」と「エホバの治める体制の実現」です。「自分たちは神に選ばれた存在」、もしくは神に選ばれるよう努力している唯一の組織という自負があります。
基本的な教理の一つに、「エホバに従わない人(JWではない人)は”ハルマゲドン”によって粛清され、従う人(JW)は永遠の命を授かる」いうものがあるため、JWの教えを広める=人の命を救う情報を伝えるという理念のもと、各種活動が行われます。
JWの人が持つ生きがい
JWでは基本的に、金銭等ではなく、”評価”が報酬として与えられます。
聖書に書かれている「神からの評価」を重視しているのは当人たちも認めるところです。
そのため、あらゆる活動について「神から喜ばれる」か「神を悲しませる」かといった評価基準がついて回ります。
本来であれば、多くの人からは「どうでもいい」評価基準であったとしても、閉ざされたコミュニティにおいて価値を持つのは、「上からの評価」です。
例えば学校や会社も似ているかもしれませんが、リーダー格から嫌われると、「この世の終わり」と感じることがあり、場合によっては自ら命を絶つまでに悩んでしまうこともあります。
実際には、”たった1つのコミュニティ”での問題であったとしても、その中で生活している人にとっては大きな問題です。
人格形成に大きな影響を与えたり、文字通り生死にかかわってきたり、「評価一つに振り回されてしまう」ということはしばしばあります。
「親が褒めてくれるから」とか「先輩に嫌われたくないから」といった、”人に認められたい”という承認欲求は多くの人が持っている自然な感情ですが、JWの場合は、その承認欲求を満たす評価こそが報酬・アイデンティティになっているということです。
JW内での立場と独特の文化
JWの基本的活動として、JW同士で集まること、JWの出版物を読むこと、祈ること、宣教活動を日常的な崇拝行為として行います。
こうした活動に熱心に携わる人は「より一層神に喜ばれる人」として好意的に扱われ、教団の中でも中心的存在として扱われます。(昔は「霊性が高い」という表現が使用されることもありました)
さらに一部の人は、男性であれば指導に関わる役職が割り当てられ、女性であれば指導に関わらない役職?のようなポジションが割り当てられます。
このようにして、JW内での評価や立場を獲得した人は、平たく言うと「より快適に過ごす」ことができるようになります。(教団内で目立ったり、何かにつけて褒められたり、友人ができやすかったり、仕事につきやすかったり、結婚しやすかったりなど。)
一方、あまり熱心でなかったり、JWの教えを積極的に行わない人に対しては、”助言”と呼ばれる注意や、”援助”と呼ばれるその後の経過観察が行われ、熱心にJWの活動に参加するよう働きかけがあります。
こうした働きかけに沿って行動しないと、「神に喜ばれることを行っていない人」と見なされ、仲間外れにされる、好まれづらい仕事しか回されない等、軽い存在として扱われます。
さらに、JWとしての教えに反することを行った場合は、「懲らしめ」の対象になります。
何段階かありますが、代表的なものとして軽い順に”注意”、”制限”、”排斥”といった措置があります。
最も重い”排斥”は、JWからの破門を意味していて、たとえ家族や夫婦であったとしても、会話や挨拶をすることも禁止されています。
こうした、”評価”と”懲らしめ”が極めて大きなウェイトを占めていて、そうした空気感のうえに成り立っているのが、JW独特の文化です。
そしてこのような背景ゆえに、「①信者同士の周りの目を気にして熱心なフリをする」パターンの人と「②純粋な動機でJWの教えを実行する」パターンの人とに大きく分かれる現状となってます。
JWは悪い人? よくトラブルが話題になるけど…
それではJWは悪い人?となるかもしれませんが、基本的に、いい人が多いです。
「自分がしてほしいと思うことを人にもする」というJWの教えがあるため、良いことを行おうと努力しています。
これを「相手の立場だったらどうか」ではなく「自分に対してしてほしいこと」と理解して、親切の押し売りのようになって、周りに嫌な思いをさせてしまうことがあります。
JWの考え方として、「人間よりも神を喜ばせる」ことを重視しているので、輸血拒否、子供の育て方、冠婚葬祭など、特定のケースにおいて衝突や軋轢を生むことが度々あります。
JW関係のトラブルの原因の多くは、JW以外の空気を読めないことであったり、そもそも読む必要を感じていない、といった部分ゆえのトラブルなのかもしれません。
結局、JWは何が問題?
輸血・体罰・忌避・教育の制限、その他、個別のケースごとに事情は異なりますが、共通するのは、「個人の決定を組織がコントロールしようとするが、起こったことの責任は組織ではなく個人に負わせるところ」に根本原因が集約されます。
各地に点在する地区で問題があったとしても、組織として是正の対応をするのではなく、秘密裏に処理されるため、信者は「JW組織が説明する良い部分」だけを信じてさらに信仰していきます。
そのような、アンフェアな情報操作・非道な罰・マインドコントロール的手法によって、組織に依存させ、盲信させることは、カルト的と言わざるを得ません。
最後に
各人が何かを信仰するのは自由ですし、何かを決定するのも自由です。
信教の自由が本当の意味で保証されるためにも、適切な聞き取りや、法令順守のチェックがなされ、信者においては人として尊重される決定ができるよう、メスが入ることを期待しています。
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