前科持ちフリーターの日常2

ニュースで有名人が逮捕される度に思うことが

あります。

逮捕以前にその人が輝いてた環境に、その人は

無事戻って来られるのだろうか、と。

私は薬物事犯ではないですが、それでも同じよ

うに、自業自得とはいえど、レッテルを貼られ

てしまうことが、やりすぎ感が否めないという

か、なんというか。

正規の手続きを踏んで司法に裁かれるだけでは

済まず、司法ではないSNSによって、圧倒的不

特定多数に裁かれて断罪されるケースが多いよ

うに思えます。

この前何となくテレビを眺めてたら大麻所持で

逮捕された有名人の速報が飛び込んできて、そ

の時のアナウンサーが、「今後、捜査の過程で尿

検査を行い、使用についても明らかになるでし

ょう」と言ってたのですが、さすがに無知ではと

思ったのと、犯した罪以上のレッテルが塗り固

まっていくように感じました。

大麻の薬理作用であったり刑罰の軽重の議論は

ともかく少なくとも「使用」は罪にならないのに

も関わらず、私が見た速報では、まるで「使用」

までしたことが悪いようなニュアンスで、アナ

ウンサーが原稿を読み上げていたように思えて

なりませんでした。

たしかに、所持をしてなければ使用を問われる

ことはないのでしょうけど、「吸うために大麻を

所持していた」旨の供述をそのまま受けて「違法

に大麻を所持してた悪い人」と受け止めるならと

もかく、「大麻を吸ってた悪い人」として認識

し、ましてやネット上で断罪しようとするの

は、やりすぎだと思います。

なぜそんなに、犯罪者に対して冷たいのか、疑

問でなりません。厳しい目を向けてるつもりな

のでしょうけど、受け手である犯罪者であった

り前科前歴で社会復帰した人間からすると、そ

ういう人間に慣れてる人ならともかく、基本前

科前歴が露呈した時の対応は、いわゆる塩対応

です。中には好奇心から受け入れてくれる様子

を見せてくれる人もいますが、ほんとに信用で

きるまでは、こちらも心は開けないのは、さら

に拡散されるのを嫌ってのことなので、これは

自己防衛として仕方ないのかなと。

世の中に絶対はないです。

もしあなたがこれまで健全に生きてこれた人間

だとして、過失とはいえ不慮の事故を起こして

加害者側になり、その責任が重大なものだとし

て、自身が犯罪者に向けてた態度を、一気に自

身へ向けられた時に、正義で凝り固まった強気

な態度を保持することができるのでしょうか。

悪いことをしないのは当たり前と豪語してる

人、あなたじゃないといいですが、当たり前の

ことを当たり前のようにしてるだけなら特段偉

いわけでもないのに、なぜそんなに偉そうなの

でしょうか。

正義なんてものは個人的な感情から生まれるよ

うなものじゃないですし、推し量れるものでも

ないですよ。そんな悪いことをしないのが当た

り前なあなたがもし捕まった時には突きつけら

れた正義に臆することなく、素直に悪いことを

してごめんさい、と言えるといいですね。もち

ろん、言えますよね、悪いことをしないのが当

たり前なできた人間ですもんね。

前科の有無は関係なしに、減点方式な生き方を

要求される世の中に感じます。

もっと加点方式な生き方ができるようになれ

ばいいなって思います。

今頃、留置場で後悔しているであろう有名人の

方も、加点的な周囲の視線によって、前向きな

社会復帰と現場復帰を遂げてもらいたいです。