アレクサンドル・リトヴィネンコ、ユーリー・フェリシチンスキー『ロシア 闇の戦争』

FSB(連邦保安庁)中佐だったリトヴィネンコは、1997年、オリガルヒのベレゾフスキーらの暗殺を命じられるも、これを拒否し、翌年11月の記者会見でこれを暴露したため、FSBを追われた。
2000年にイギリスに亡命したリトヴィネンコは、02年、フェリシチンスキーとともに本書を著した。
リトヴィネンコは、06年11月、何者かに放射性物質「ポロニウム210」を飲まされ、暗殺された。
もちろん、リトヴィネンコの毒殺は、アパート爆破事件FSB犯行説を説いた本書の内容と無関係ではないだろう。
本書では、未遂に終わったリャザン事件を中心テーマとして取り上げている。/

◯アパート爆破事件(99.9テロ):
99年9月、モスクワ、ダゲスタン共和国ブイナクスク市、ロストフ州ヴォルゴドンスク市、リャザン州リャザン市などでアパート等の連続爆破事件が発生し、その死者は合計300人ほどにも達した。
エリツィン政権は一連の事件をチェチェン人によるテロと決めつけ、9月24日、第二次チェチェン戦争に踏み切る。
首相としてこの戦争の推進役を務めたのが、前FSB長官のプーチンである。/


「黒い猫でも白い猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」

これは、鄧小平の有名な言葉であり、計画経済であれ市場経済であれ、生産力の発展に役立つのであれば、どちらでもより有効な方を利用すればよいという意味だ。
だが、多くのロシア人もこの言葉を政治信条としているように見える。
ただし、ロシアではこの言葉は、悪であれ正義であれ、国民が豊かになり、領土が増えたりして、再びロシアが世界中の人々から恐れられる偉大な国家になるためであれば、手段の正邪は問わないという意味のように思える。/

僕は、今回のロシアのウクライナ侵攻が始まったとき、この戦争の欺瞞性や非人道性をロシア国民が知ったなら、たちまちロシア全土で反戦運動が巻き起こり、プーチン政権は転覆するのではないかという期待を抱いていたのだが、待てど暮らせど一向にそうはならなかった。
そして、なぜそうならないのか、僕には分からなかった。/

本書を読んで、はじめてその疑問が解けた。
ロシア国民は、とっくに知っているのだ。
モスクワ・アパート爆破事件を引き起こしたのがプーチン自身であり、たくさんのジャーナリストや反対勢力を暗殺したのが彼自身であり、ウクライナ侵攻が国際法違反の戦争であり、戦争においておびただしい数の戦争犯罪が行われていおり、彼の政治が「悪の悪による悪のための」政治であることを。
にもかかわらず、ロシア国民はプーチンを支持する。
恐ろしいことだ。
世界には、悪を信仰し、悪にかしずく人々が存在するのだ。/

そう考えると、鄧小平の件の言葉も、表向きの意味とは別に、「悪だろうと善だろうと、体制を守るためには手段を選ばない」(ネズミを取る猫とはよく言ったものだ。)という、天安門事件の武力鎮圧で手を汚してしまった彼の不退転の決意表明のようにも聞こえて来るではないか。
だとすれば、ロシアと中国は最初から志を同じくする者同士なのだから、手に手をとって赤信号を横断しようとするのは、何の不思議もないのだ。

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