『プーチニズム』(アンナ・ポリトコフスカヤ著)

アンナ・ポリトコフスカヤは、モスクワの新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙の評論員だった。
第二次チェチェン紛争やウラジーミル・プーチンに反対し、批判していた。/


第六章「ノルド・オスト」ーー絶滅ザクセン現代史:
「ノルド・オスト」とは、「モスクワ劇場占拠事件」(2002年10月23日、チェチェン共和国の独立派武装勢力が起こした人質・占拠事件)である。
40-50人の重武装のテロリストが、観客ら922名を人質に取った。/

【十月二十六日早朝、劇場内にいた人びと全員に対してガス攻撃がしかけられたことだ。中にはテロリストと観客合わせて八百人の人がいた。秘密の軍用ガスは大統領自身によって選ばれた。ガス攻撃に続き、対テロ特殊部隊が劇場内に突入した。人質を取っていたテロリストはひとり残らず殺され、二百人近い観客が巻き添えになった。多くの人が治療を受けぬまま命を落とした。ガスの正体は人びとの治療にあたった医師にすら秘密にされた。その夜の時点ですでに大統領は顔色ひとつ変えずに発表していた。これは国際テロに対するロシアの勝利だ、と。】/

【プーチンはこれについて一度ならず語っている。「われわれは犠牲を惜しまない。惜しむだろうなどと期待するな。たとえそれがどれほど大きな犠牲だったとしても‥‥‥」】/

この考え方は、現在のウクライナ戦争においても踏襲されている。
もちろん、僕が毎日見ている情報はウクライナをはじめとする西側の情報だけだが、それらによれば、ロシア軍は毎日1000人〜1500人程度の死者を出しながらも、なおも進軍している。
ロシア軍の強みは、兵員・兵器の数とともに、兵を人とも思わぬその損害受忍度の異様な高さだ。/


【今起こっていることに対しての責任は私たち国民にある。まず、私たちにであって、プーチンにではない。彼や彼のシニカルなロシア統治に対する私たちの反応はせいぜい台所の噂話に留まっている。そのために彼はこの四年間やりたい放題だった。社会のあきらめムード、これは底なしだ。これがプーチン再選の免罪符なのだ。私たちは彼の行動や発言に無気力な反応を見せたばかりではない。びくびくと怯えた。チェーカー※が権力を握るにつれ、私たちはやつらに恐怖心を見せてしまった。そこでやつらはますます図に乗り、私たちを家畜のごとく扱う。KGBは強い者だけを認める。弱い者は食い殺す。私たちがそのことを一番よく知っているはずではないか。】/

※チェーカー:レーニンの秘密警察。/


アンナ・ポリトコフスカヤは、2006年10月、自宅アパートのエレベーター内で射殺され遺体となっているのが発見された。
もちろん、ロシア国内の事件なので、表向き犯人は不明である。
だが、こうした場合、僕は推理小説で探偵たちがよくやる方法を採用することにしている。
それは、事件によって最も利益を受けるのは誰かを考えろということだ。/


本書を読み、著者の最期に思いをはせると、暗澹とした気分になってしまうが、先日、一本のドキュメンタリー番組を観た。
その番組が、決して諦めてはいけないということを教えてくれた。/


【正直 ここまでうまくいくとは思いませんでした 当初は ミャンマー軍が 大きな壁に見えていましたが 押してみたら簡単に倒れました 壁の中身はスカスカでした 独裁者に必ず勝つという思いがこの状況を生んだのです】(映画監督パウ氏/クローズアップ現代「ミャンマー潜伏1000日の記録 “見えない戦場”はいま」より。)/


あの「ベルリンの壁」だって、倒されるまでは不滅の城壁のごとく屹立していたのだ。

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