精神医療の偏見に切り込むドラマ『Shrink -精神科医ヨワイ-』第1話感想
精神医療を題材にしたヒューマンドラマ『Shrink -精神科医ヨワイ-』(以下、『Shrink』)。ずっと気になっていたのですが、ようやく第1話を観ることができました。
第1話の時点で、精神疾患・精神科への偏見に真正面から向き合う姿勢がびしばし伝わってきて「久々にいいドラマを観た……!」という気持ちです。丁寧かつ真摯につくられた作品だと感じましたし、勉強にもなりました。
精神疾患を抱える当事者はもちろん、そうじゃない人にも観てほしいと思ったので感想を記します!(※ネタバレ有り)
「パニック症」とは
第1話で取り上げられていた「パニック症」は「パニック障害」とも呼ばれています。芸能人による公表のニュースなどで、一度は名前を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
私も中学生の頃、好きなアーティストの病名公表をきっかけに「パニック障害」の名前を知りました。でも、一体どんな症状があるのか?という部分は、『Shrink』を観るまでぼんやりとした理解に留まっていたように思います。
厚生労働省の健康情報サイトでは、パニック症/パニック障害について以下のように説明されています。
『Shrink』第1話では、こうしたパニック発作の症状が日常の中のどういった瞬間に現れるのかが、より具体的に描かれています。
第1話に登場するのは、シングルマザー・雪村葵(演・夏帆さん)。物語は、雪村がある日突然、通勤電車の中や会社の会議室でパニック発作を起こしたことから始まります。
パニック発作で倒れ、搬送された総合病院で精神科の受診を勧められた雪村は、悩んだ末に「精神科よりハードルが低そう」という理由で、有名医師が院長をつとめる心療内科にかかります。しかし、診察時に一度も患者の顔を見ない事務的な対応に不信感を覚え、また、処方薬との相性も悪く、症状は悪化の一途をたどるばかり。
ついには電車にも乗れなくなり困り果てていたところ、本作の主人公である精神科医・弱井(演・中村倫也さん)と出会い、弱井や看護師・雨宮(演・土屋太鳳さん)とともにパニック症の治療を始めるのです。
作品全体から感じ取る、敬意と熱量
弱井に出会う前の雪村は、1日に何回もパニック発作を起こします。その様子は観ているこちらも胸が苦しくなるほどリアルで、昔、電車で過呼吸になったときの指の冷たさを思い出してしまうほどでした。
疾患の解説もとてもわかりやすかったです。雪村が初めて弱井のクリニックを尋ねたシーンでは、自律神経のバランスが崩れる仕組みや「予期不安」といった特徴的な症状の説明が行われるのですが、口頭だけではなくイラストも用いられていて、視覚的な情報伝達の工夫を感じられました。
治療の過程もすごく丁寧に描かれています。「ベイビーステップから始めよう」というメッセージは、私がかかっているうつ病の治療にも通じるところがありましたし、頭ではわかっていても焦って症状に飲まれてしまう日があるよね……と、物語後半に観覧車でパニック発作を起こした雪村の姿を見て切なくなりました。
そして、こうしたリアルさや丁寧さは、精神医療自体に対する敬意や、視聴者に正しい知識を伝えようとする熱量がなければ、簡単におざなりになってしまうんじゃないかとも思いました。
物語のおもしろさ・わかりやすさを担保しながら精神医療の実情を表現するのって、きっと大変だと思うんです。説明が多すぎるとくどくなるし、少なすぎると正しく伝わらないし、最悪、誤解を生んでしまう。『Shrink』はそのバランス感を追求した、ある意味“挑戦的”な作品のようにも感じました。私が過去に観たドラマだと『アンナチュラル』もすごいと思ったけど(超専門的なのにわかりやすいしおもしろい!)、『Shrink』のほうがよりやわからいし、噛み砕いているイメージ。
原作漫画の作者・七海仁先生のnoteでは、原作者としての想いと、ドラマ制作サイドの情熱を垣間見ることができます。ドラマが気になっている方は、ぜひ漫画とあわせて読んでみてください。
副題はなぜ「パニック”症”」?
個人的にいちばん素敵だなと思ったのは、精神疾患や精神科に対する偏見にもしっかり切り込んでいるところです。
たとえば、漫画では副題が「パニック障害」となっているのに、ドラマでは「パニック症」に変更されています。気になって調べてみると、現実世界でなされている精神科病名検討の議論の内容を反映しているように見受けられるのです。つまり、実際に「パニック障害」を「パニック症」に改名する動きがあるということです。
ただ、現時点では「パニック障害」から「パニック症」に名称変更されたわけではないので、『Shrink』の場合、漫画と副題を合わせる形でも問題はなかったはず。それでも「パニック症」を副題としたのは、偏見の助長を止めたい、問題提起したいという明確な意志があったからではないでしょうか。
精神疾患・精神科への潜在的偏見
登場人物の発言からも、偏見を強く意識したドラマであることがわかります。冒頭、雪村が保育園に子どもを預けるシーンでは保護者同士でこんな会話が繰り広げられます。
「見ちゃったの。みどり先生が精神科から出てくるところ」
「お休みの原因はそれかもねー。きつかったのかな?」
「(雪村に話しかけて)子ども預けるの不安じゃない?うちはクラス違うからいいけど」
それに対し雪村も「まあ、ちょっとね」と苦笑いで返事しており、精神疾患・精神科に対する不安や戸惑いが表現されています。
ほかにも、ニュース番組で「地下鉄殺傷事件の犯人が精神疾患を患っていた」と報道されるシーンや、雪村が同僚に「医者に精神科勧められちゃったんだ」とためらいがちに相談するシーンなどが差し込まれ、特に序盤では精神医療に対する“潜在的な偏見”が繰り返し提示されます。
そうした偏見に対してカウンターパンチを食らわせるのが、本作の主人公である精神科医・弱井です。
弱井の言葉に込められた願い
偏見露呈シーンの合間に、弱井と、弱井の元で働く看護師・雨宮がアメリカと日本の違いについて話す場面があります。日本は12人に1人が精神疾患を患っているのに対して、アメリカは約3倍の4人に1人。でも、自殺率は日本の方が高い。アメリカでは失恋したり、上司に怒られたり、ちょっと落ち込んだらすぐに精神科の予約を取る文化がある……。
雨宮が「そんなことで精神科に?」と驚くと、弱井は「そんなことでかかっちゃだめですか?」とさらりと返答します。このシーンを見て「精神科は特別なときに行く場所である」という思い込みに気づく人もいたんじゃないでしょうか。
また、弱井のクリニックを訪れ、パニック症の診断を受けた雪村が「私、メンタルには自信があったんですけど……」とこぼしたとき、弱井は「心が弱いからかかる病気ではありません。脳の誤作動なんです」と即座に否定します。これは単純なパニック症への言及だけではなく、「精神疾患はメンタルの弱い人がなるもの」という偏見そのものに対する「NO」だと感じました。冒頭の保育園での会話にもじんわり効いてくる気がします。
弱井は、あらゆる人の代弁者的な存在であるように思います。精神科医の代弁者。精神疾患の当事者の代弁者。制作陣の代弁者。それぞれが持つ精神医療への考え・想いが、弱井というキャラクターの言葉に変換されて広く運ばれていき、受け取り手の偏見をやさしく解きほぐしていく。私自身、弱井の言葉にハッとすることも多く、そのようなイメージを持ちました。
登場人物のその先を想像して
雪村は、第1話のラストで子どものお遊戯会に無事参加でき、微妙な関係だった元夫の母とも和解を果たします。しかし、パニック症自体が寛解したわけではないはずです。これからも弱井や雨宮と二人三脚で歩んでいくのだろうと想像すると、その姿も見てみたいと思いましたし、雪村が再び壁にぶつかったとき、弱井はどんな言葉をかけるのだろうか……と気になりました。
心の病は「誰しもがかかる可能性を持つ病気」です。そして、治療は自分自身の現状を受け止め、医療にアクセスするところから始まります(と、私は思っています)。そのためにも、精神疾患・精神科への偏見やバイアスが減ることを願っていますし、『Shrink』は光を差し込む存在だと感じています。
ただ一点だけ、診察で患者の顔を見ない心療内科の医師が登場しますが、そういう人ばかりじゃないことは伝えたいです。心療内科は冷たいだとか、有名なクリニックはだめだとかではなく、ドラマならではの表現だと理解しています。病院は怖い場所ではないので、おや?と思ったらすぐ行くくらいのフッ軽さがおすすめです。
『Shrink』は現在第2話まで放送済みで、最終話(第3話)は9/14に放送予定とのこと。NHK+やAmazon Prime Videoなどでも配信されているので、興味のある方はぜひ!私も続きを観るのが楽しみです。