自由研究:~ムユク~名付けられた存在の行方について

愛子町立神楽中学校二年生
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共同調査者
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動機及びきっかけ
夏休み直前にご講演頂いた言語学者金城悠先生のお言葉「言語とは存在や行為・感情を含む現象の媒体として機能する中間者に過ぎない。しかし、なればこそ甚大な力を持つ」から、着想を得た。では、実在がないものを表す名詞は限定されたコミュニティのうちでどのように機能するのか。実態が何かは解らないが、様々な用途で用いられる用語は、どのような意味を持つに至るのか。一カ月間でその変容を調査する。

目的
八月の間、創造した無意味な言語をネット空間と愛子町内の様々な場所で使い、浸透させる。八月中旬に中間調査を、八月末に最終調査を行い、これを研究者以外が使っている形跡及び用途を探す。

3.方法
ムユクという言葉を作成する。勿論、意味はない。ムユク・マルカの塔と呼ばれるインカの遺跡が存在することは確認済みであるが、これに馴染みのある人物は今回の実験対象に含める中にいないと思われる。検索されることも想定済みである。「ムユク」で検索をかけると、もしかしてミユクと表示される(七月中旬時点)
研究者はこれを広範に用いる。相互の伝達では名詞や動詞のように用いるほか、恰もそういった名前の人物がいるかのように話し合う。これをあえて他の人が聞こえる声で行う。以下は実際に用いた例文である。

「ムユクは?」
「いるいる、ちょうど来る」

「今にムユクるぞ」
「おい、ろくでもないこと言うなって」

「集合は?ムユクで?」
「それって、北の?南の?」

他にもあえて、その意味を統一させず、ランダムに単語を置き換えながら、様々な場面で「ムユク」の語を用いる。また、ネット空間でも同様の行為を繰り返す。TwitterやSignなどで繰り広げられる議論に、様々なタグを使いながら割り込む。必ず何らかの言葉をムユクに置き換える。ニコニコ動画のコメント欄にもクリエイターの目につかない程度に散発的に書き込む。ただし、特定のアカウント名とはならないよう、ムユクの名前のアカウントは作らない。またLINEを用いた知人間での会話でもわざとらしく打ち間違えた振りをする。


「このさ、ムユク印のペンって○○の?この前置き忘れていたよ」
「あ、ごめん。送り先間違えた」
メッセージ送信を取り消しました

予想(仮説)
ムユクはネット依存気味の子供達が使うスラングであり、意味は「遊ぶ」或いはより広範な「~を演奏・披露・遊技する」すなわち英語のplayに近くなる。動詞的な性質が強く根付くケース。

特定の待ち合わせ場所や地域のオブジェクトの一つになる。例えば、中学校の壊れた二宮金次郎の丸太や出身小学校近くの公園に吹きさらしの名前のない遊具。今まで名前が知られなかったものを表すようになる。名詞的な性質が強く根付くケース。

研究結果
何よりもまず、ネットで複数のアカウントを同時に運営する集団が一カ月ネットで活動することの影響力を見誤っていた。様々な媒体で紹介されるうちに度々目にする文字列としてねとラボで掲載されてしまい、その意味を突き止めようとする勢力が局所的に出現した。特に研究者の一人が打ち出した仙台市内の適当な風景に「ムユク」とつけて投稿した初期のツイートが発掘されると、すぐさまDMとリプライが舞い込み、一時的にパンク状態に陥った。その後もいくつかの媒体を用いてムユクという語を使うも、その意味は定まるばかりか、不特定のこれを打ち出す集団という意味になりかわっていった。したがって、この研究を行っているであろう人物(ネットでは一人と思われていた)がムユクとされた。町中でポスターを張る行為は生徒の特定に繋がりかねないとして、断念した。匿名性を意識していたものの、数名がムユクの正体に近いところまで辿り着いていたため、発信していたアカウントは八月末日を以て全て閉鎖し、以降は実験及びそれを示唆する行為の一切を停止した。

気付き
ネット空間のミーム伝播の速度を大きく見誤り、特定の集団(町内)よりは不特定多数の言論空間で語が流行してしまった。結果的に町内にムユクを忍ばせることは、プライバシー保護の観点から断念せざるを得なくなった。また、ネット上ではこの研究は極めて悪質な荒らし行為であると見なし、運営していたアカウントへの攻撃に繰り出す人も見られた。チームからもこの研究の倫理的問題を再考する必要があると提言する者が現れた。したがって、これ以上のムユクへの関与を取り止め、逆にネット空間における倫理的問題を自由研究の主内容として取り扱う方向にした。

結論
したがって、中学校にはダミー研究が提出されることとなった。それは研究者チームの秀才が主導して、急ピッチででっち上げた駄作であり、見栄えの良さからか優秀賞を受賞したが、内容自体は表面的なものと言わざるを得ない。

追加報告(一年後)
ムユクは発信元が一斉に閉鎖したことにより、以降は二次的な拡散のみが行われることになった。しかし、その勢いも止みかけた頃、再度どこから生まれた語かを探る動きが出てきた。研究者チームは幾度か、公表の上、迷惑行為を謝罪する文書を出そうかと試みたが、未だに攻撃的な不特定多数がムユク界隈に残存していると判断してこれを取りやめた。現在のところ、ムユクが意味するものは、この実験を行った平成二十九年の八月である。この見解は、ニコニコ記事『ムユクの季節(ムユク)』に詳しい。的外れな推測も多く含むが、特定の集団が一時的に合言葉にした単語という考察は真相に近いと言える。余談になるが、研究者チーム間でこの言葉が表すものは「ネット上でしてはならない禁忌」である。


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