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パン屋の おはなし あのね     ある満月の夜です

ある満月の夜です。
見晴らしの良い高台の上で、宴がおこなわれています。でも、いつもと違って、唄や踊りにまじってシミジミとした想いが、そこにいる者達の中に漂っていました。

「おぬし  どうする・・・」
「おれか・・・俺は田舎に帰るさ。最近また藪が元気になってきたって聞いてるし、じじいやばばあばかりになったそうだまら、ひとつ渇でも入れて長生きさせてやろうと思ってる・・・。あんたは?」
「残るよ・・・別に田舎が嫌なわけじゃないけど、ここに新しい物語をつくってやろうと思ってるんだ。きっと子供もいるだろうし、少し大切な事を教えてやろうと思ってる。元気でな・・・・体には気をつけろよ。」
「ああ  おたがいさまだ・・・・」
こんな会話がそこかしこで囁かれています。とうてい彼らの容貌からは想像できないような話です。この高台は近々大きく姿を変える運命にあるのです。今日はこの辺一帯に住む妖怪たちのお祭りです。
人によって生まれ、生かされているとはいえ、妖怪たちにはなかなか住みにくい時代になりました・・・・
ただ、彼らにとってはとんだ受難となってしまった、この高台の変化は、あの二人にはとてもラッキーな出来事になったのでした。
・・・・・ここは最近開店したばかりの小さなパン屋さんです。開店のイベントこそありませんが、店のウインドウには、前の主人がお客に宛てたいとまごいの挨拶文と、若主人が書いた開店の挨拶文が並べて貼られています。訪れるお客の中には親子の代替わりだと思っている人も多いようです。                                 
おかげで月々の返済金もなんとか滞らず用意することができます。老夫婦が根回しをいておいてくれたおかげです。そんな心使いにあらためて頭の下がる思いでした。
ただ・・・時々売れ残ったパンと帳簿を見ながら二人でため息をつくことも・・・
それでも、彼女は努めて笑顔をたやさないでいてくれます。

『あの笑顔だけが財産だな・・・』と彼は思います。
・・・・・女性のみなさん 男ってそんなもんです。最近微笑んであげてますか?・・・・
まあ なにはともあれ、まだまだ始まったばかりです・・・・がんばれええ



そんなある日の早朝、何度目かのミキサーを回し終わりコーヒーを飲みに作業場からでてきたときです。遠くから大きな車の音が近づいて来ます。二人にとっては仕事も半ばの時間ですが、お日様はまだトーストくわえながらネクタイを締めてる時間です。

のぞいてみると、ブトーザーやショベルカーを積んだ大型車が道からはみだしそうに5台、いえ7・8台先導車の後に続いてます。それが地響きをたてて通りすぎていきます。
最後の車が店の前にとまりました。
一人のいかつい男が店のほうにやってきます。二人はのぞくのをあわててやめました。
「もう やってるのかい」
男はぶっきらぼうに言いました。
「いや まだ全部はできてないよ」
店のトレーには、まだバターロールとクロワッサンしかならんでません。
「・・・じゃあ 悪いけど昼にこの上まで届けてくんないかなあ」
その男の言うには、上の高台がベットタウンとして開発されることになって、その造成の仕事をするためにやってきたんですってよ。    
「最近の若いもんは、昼にパンを食うんだとよ。おれなんか、おやつにしかならんのにな・・・」
と言いながら男は笑いました。・・・笑うとどことなく憎めない顔になります。二人はニコニコしながら、昼に届けるけることを約束しました。
「じゃ  これで」
と男は一万円を出しました。
「これで たりるだけ・・・」
そう言うと車に戻っていきました。
「今日は忙しくなりそうだ・・・」
彼は腕まくりをして作業場へ入っていきました。・・・あれれれ まだコーヒーも飲んでないのに・・・
・・・その日から、彼らはちょくちょく買いに来てくれるようになりました。昼になると、店を見下ろす高台の斜面を一人の若者が駆け下りてきます。
彼女は最初それを見たとき『人が転げ落ちた!』と思ったほどです。彼もヒヤヒヤしながら見ていました。そんなある日、やはり昼になってあの若者が息も絶え絶えにやってきて・・・

「・・・これで・・・てき・とうに・・・」
と言って、お金をだします。自分で選ぶことも出来ないくらいハアハア言ってます。
見かねて
「ねエ、ここからあなた達の休憩所がみえるでしょ?そこに千円ぶんなら一つ、二千円分なら二つ、工事で使うバリケードを置いてくれれば、お昼に私が届けてあげるわよ。」
「本当!!助かりますう」
11時頃になると、2つ3つとバリケードがならぶようになりました。働いている人たちの好みもわかるようになりました。ときには、差し入れに肉じゃがをもっていくこともあります。そんな状態が2ヶ月位も続いたでしょうか。夏も終わりに近づいた朝・・・あの男が店にやってきました。
「よおお!」
「まぁ おはようございます。  いつもお世話様です」
といつもの笑顔で彼女が挨拶をします。
男はちょっと間をおいて、
「こっちこそ世話になったな・・・俺達の仕事はあらかた終わったんで、今日で帰ることになったんだ。」
彼も作業場から出てきました。
「まっ 今日一日よろしくたのむは、」
それだけ言うと男は高台へと車を走らせていきました。
「なんだか寂しくなるなあ」
「ええ・・・でも今日一日あるわ、私たちも頑張りましょ!」
その日の差し入れは、もちろん彼女の得意な肉じゃがです。お昼少し前、パンと肉じゃがの大鍋をバイクにつけて持っていきました。
・・・そろそろお日様が、傾きかけた頃・・・何台もの大型車が高台から降りてきます。見送りにでた二人の前で車が止まり5・6人おりてきました。あの若者もいます。
「やあ お世話になったねえ」
「こちらこそ、お疲れ様でした。いつもうちのパンを食べてくださってありがとうございました。」
「奥さん!差し入れありがとな」
「おぅ 嬉しかったぞ」
「肉じゃが うまかったよ なつかしい味してたよ」
ごつい顔つきの男達が口々に言います。
ひげの男が、

「少しはパンもほめにゃならんぞ!」
「ちがいないや・・・ははは」
皆大笑いです。少ししめっぽい大笑いです。
あの若者が
「まだ少し、仲間も残ってるんでよろしくね。 これからは建築関係の奴らが入ってくるから・・・ちゃんと合図のことは頼んできてるから・・・・・・」
「ありがとう」
二人とも感激で一杯です。
彼らの車を先頭に、トラックやダンプが走りすぎていきます。みんな二人の前を通り過ぎながら、クラクションを鳴らしていきます。二人は一台一台、一人一人に手をふりました。いつの間にか涙がこぼれ出しました。
最後の一台が見えなくなると、彼は自分の頬を平手で『パンパン』と何度もたたきながら店へ入っていきました。
そんな彼の背中に、彼女は・・・心の中で
『 ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
・・・さあ あなたには 何て聞こえましたか?・・・・・

夕陽がため息をつきながら、すうっと沈んでいきました。     
                                    おわり

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