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ブラックベルベットからヴェルジーネ&ブラックソーン

日曜の午後スーパーで夕食の買い物をした
気まぐれに缶コーヒーを2本カゴにほおり込んだ


車に荷物を入れ窓を開けたまま、助手席のドアによりかかって冷たいコーヒーを飲んでいた
連休だというのにレジが混んでいて、車の中がうだるように暑くなっていたのだ

汚れのない白のekワゴンが隣に止まっていた

やがて持ち主が戻って来た
荷物を後部座席に入れ、運転席側に回り込み、やっと私の存在に気づいたようにちょっとだけ驚いたような表情を見せた


「暑いですね」
声をかけた

「そうですねえ」
と明るく、そして煩わしような答が返って来た

「えっ」

缶コーヒーを差し出した
「いえいえ 結構です」

と笑いながら、そしてさっき以上に煩わしそうに反応した
「あなたのために 買ったのだ」

彼女は気持ち身構えた

「なんてね おまけの車が欲しかったんだ そこにインフィクスのCDが、それも再編成前のが見えたので どんなおっさんだか持ち主を見てみたくて待ってんだ」

「ぷっ」
彼女が笑った
 
車の中はそれなりにデコレーションされていて、イメージ的には20代半ばから後半のオーナーを想像していた 勿論女性だろうとと判断するのに迷いはなかった

彼女は、顔立ちははっきりとした、悪く言うとややキツイ印象だ
今風の芸能人はよくしらないが、上原ゆかりと野川由美子のハーフだった
声は野川由美子似でメリハリのある、女性としてはちょっと低めだが心地よい

 
「すみません ぬるくなりそうは缶コーヒーを助けてください お願いします」
腹話術よろしく缶を振りながら言ってみた

彼女はさっきの吹き出しで余裕を取り戻していた
「いつもそんな事するの?」
彼女の手には缶コーヒーが握られていた

「いや いつもはやや普通のおじさんだ それにあなたと会うのは初めてなのでいつもこんな事をする必要はないし いつもやってたんじゃ糖尿になってしまう オマケは微糖やグラックにはつかないんだ」

「・・・・・・・」

「そう言う事で 今夜またここで待っている 15分ほど歩くが如何わしくないバーがある 一杯飲もう」

「はっ?」

空になった缶コーヒーに口をあてて息を吹き込んだ
『ボーッ』
っと音がなった

「おっと 船が出る  じゃあまた」
車に乗り込みエンジンをかけた


『トントン』
助手席の窓にノックだ
彼女がアカンベーをしている
ウインクで応え発進した
 
 
 
「やあ」
「あのね はいっ 可哀想だからブラックにしといてあげたわ それじゃ」
夜の駐車場の照明の下に2台の車が止まっていた


「わあ ありがと」
ドアを開けた彼女に

「あっ運転は私がします 近くまで行ったら駐車場に入れて、帰りはタクシーで送ります」

「まだ言ってるの?おかしんじゃない? こんなんでハイハイってついていくとでも思っているの?」

「はい 多少・・・・」

「おめでたいわね」

「ありがと」

「ばーか」
彼女は運転席に滑り込んだ
窓を開けてバックしようと顔をだした


「ありがと」
「?・・・・・」
「とりあえず ここまで来てくれて  さようなら」
「い・・・・いったいどうするおつもり この時間じゃお相手探すの大変そうだけど頑張ってね」
「さて、どうしようかなあ  そだこれこれ これを読むつもりでした だからここに車止めたんだった」

一冊の文庫本を見せた

「あっ 懐かしい これも読んだことあるわ 好きなの?」
「昔ね  んで たまに発作のように読み返したくなる」
「へえ~ 売ってるのねまだ」

身振りだけで
『裏を見て』
と伝えた

「あああ ブックオフか そういう手があるのよね・・・・・・・・珈琲だけならいいわよ」
「わーい ナンパされるゥ~」
「おいやならムリにはお誘いし・・」
「是非!」
「ただし私の車で 何かしそうになったら どこかのお店にそのままつっこみますから 冗談じゃないわよ」
「あなたなら きっとできます」
「もぅ~ 乗るの乗らないの?」
「のっ 乗りますけど屋根はちょっと怖い・・・」
指でドアロックを摘み上げる仕草をして見せた

彼女はちょっと舌を出し
「後ろへどうぞ」
 


車は駐車場を出て最初の信号で止まった
さっきもらった缶コーヒーを開けて一気に飲んだ

底に少し残して、缶をゆすりながら
「タバコすってもいいかな」
「どうぞ でも窓あけてね」
「じゃ遠慮なく あなたもどうぞ」
「えっ なんでわかったの 匂う?」
「いやちっとも でも運転席のフォルダーにあるボトルは昼と同じだもの これだけ車を綺麗にしておく人が、飲み終わってそのままにしておくのはおかしいし、キャップが緩んで細かく振動しているのに気にしてないみたいだから、きっと灰皿にしてると思って」

「ねえ あなたって いったいどういう人なのかしら 全く理解できないでいるんだけど・・・・でも正解よ」

「わーい 嘘でした バッグからタバコが見えてるんだもん」

「・・・・・次の赤信号では止まらないっていうのはどうかしら」

「ごみんなさあいよぉ  でも結構信号でつかまるほうでしょ?」

「ん~ そうねえ どちらかというとそうだわね」

「信号機だって男の子なら、近づいてくるあなたに気が付けば頬が染まるわ だからあなたは信号でつかまりやすいんだよ」

「ねえ」
「はい?」

「そういうセリフっていつ考えるの?」
「そうだなあ だいたい3日前くら  ってそんなわけないじゃん 真実はこのお口から淀みなく流れ出てるものさ」

「はぁ~」
「あっ!」

「なによ 急に びっくりするじゃないのよぉ」
「忘れてください」
「ん? なにを?」
「いや 珈琲飲みに行く口実で乗っけてもらってるのに、今珈琲飲んでしまった事」
彼女が笑った

凛とした表情を緩めて笑った



「いいわ 特別に目をつぶってあげる」
「そりゃあダメさ 絶対  だっで 今運転してるのに危ないでしょ」
また彼女が笑った


くすぐったそうに笑った
 
 
 
桜の蕾がうっかり口をすべらせるころ
二人はBARにいた

二人掛けのテーブルにはブラックベルベットが置かれている

2回目の時も3回目の時も、彼女は出会いの日の、この会話を思い出しては笑った



「うちね 転勤」
「どこ?」
「北海道 あっちには両親もいるのよ だから・・・」
 
ヴェルジーネとブラックソーンが運ばれてきた
下げられるベルベットを背中で見送りながら
 「うん」
とうなづいた
 


「珈琲飲めるとこ思い出した」
 
 
 
 
 
「いいわよ」
少し間があって彼女が小さくうなづいた




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