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パン屋の おはなし あのね     高校生らしい少年が店の前にボーッと

ある日のこと、高校生らしい少年が店の前にボーッとたっていました。彼女は多少驚きながら、
「ごめんなさい。気づかなくて・・・さあどうぞ・・・」
さあどうぞ・・・って言ったって・・・・パンはまだ焼きあがってないんですよ。そんなに早い時間なんです。
彼が作業場から出てきました。
その彼に向かって、

「バイトで使ってください!」
二人とも固まってしまいました。工事の人達からは相変わらず注文はあるものの、彼には自分ひとりできりもりが出来る範囲でやっていこうという思いがありましたから・・・・今日まで人を使うなんて考えたことも・・・なかったのです。
「わるいねえ せっかく来てくれたのに。でも、うちは人を雇わないんだヨ。」
「土日だけでもいいです」
「ん~もう少し儲かるようになったら考えてみるよ。」
「使ってください!」
とぶっきらぼうな高校生風の男の子は一歩もひきません。
彼は短気な性格ではありませんが、今ちょうどオーブンに入っているパンがあるので、さっさときりあげたいようです。彼女はちょっとハラハラしながら見ています。

「君もしつこいなああ。ごめんよ 雇ってあげられない!」
そう言うと彼は作業場へ戻ろうとしました。
「お願いします!」
今度こそ彼が怒鳴るだろうと思った彼女は男の子の側に・・・・と思ったとき
彼が叫びました。そう怒鳴ったのではなく、叫んだのです。

『雇うがよい   汝にとって,幸いとなろう』
「えっ!!!」
と彼。
その彼の「えっ!」にさしもの少年もビックリ。
同じく彼女もビックリ!。
・・・・聞こえていなかったようですね・・・・

レジの方を見やりながら・・・
『本当にかよお・・・』
心の中でつぶやきました。
『いかにも』
また、あの声です。彼は一つため息をついたかと思うと、
「わかった。もう少し話を聞くから待ってろな」
そう言うと作業場へ入っていきました。
彼女も、
「ちょっと・・・まっててね・・・」
そう男の子に言うと、彼の後について作業場に入っていきました。
「でた・・・の・・・ネ」
「ああ  でた!」
「それで?」
「雇えってさ」
「でも、私には聞こえなかったワ」
「まあ  とりあれず使ってみる?・・・・みるかぁ・・・な」
オーブンからパンを取り出して一段落、二人は少年の待つ店の方へ出てきました。
二人は少年と向かい合って腰をおろしました。でも・・・レジの方を気にしてチラチラみてます。
少年はさっきの押しの強さもどこえやら・・・かしこまってしまって・・・・

もともと口数の多いほうではないらしく、会話もとぎれとぎれです。
少年は、今高校2年生で卒業したら専門学校に行こうか就職しようか決めかねているらしいのです。歳に似合わずというか、散歩が好きで・・・休みの日に高台をブラブラしていて、作業の人からこの店のパンをわけてもらって・・・・自分も作ってみたくなったのだそうです。
そう聞くとさっきまで面倒くさそうにしていた彼もニヤリとせずにはいられません。
「とりあえずだ、学校前の2時間と放課後の2時間うちにおいで。もし俺が気に入ったら時間をふやしてもいいぞ。・・・あとバイト代は安いよ。それでもいい?」
なんだか強気だったり弱気だったり・・・・威張れないタイプ・・・・・。
「うん」
「うんじゃない。はいだ。」
「ハイ!」
「じゃ来週からおいで、服は俺のを貸してやるから」
そう言って少年を帰しました。
「まだ3日ある。嫌だったらこないさ。最近の子は気まぐれだかなあ」
「そうかしら・・・」
彼女はニッコリ微笑みました。
「汝にとって幸いとなろうか・・・どうだかなぁ・・・」
「えっ?」
「さっきね、奴が言ってたの。汝にとって幸いとなろうだってサ」
二人は恐る恐る猫の置物に目をやりました。


日曜日いつものように仕事が流れていきます。店の掃除をしていた彼女に彼が作業場から声をかけました。

「おーい  シップもってきてくれエ」
彼女があわててシップをもっていくと、彼は手首をおさえているではないですか。
「どうしたの?大丈夫?」
ミキサーから生地をとりだすときに、手首を変にひねったようです。
「そんなにひどくはないけど・・・・やりにくなああ」
「店を休むわけにもいかないし・・・・」
やっぱり、けっこう痛そうですね・・・・
「あっ  そうか・・・」
彼女が言いました。
「どうした?」
「代わりの手首があるじゃない」
「?」
彼女がニッコリ
「汝の幸いとなろう・・・よ」
彼ものみこめたようです。

月曜から3日間バイトの少年が彼の片腕ならぬ片手首・・・・というわけで・・・
もう、いきなりですもん。ヒーヒーいってやってます。汗もダラダラ。
ハハハ頑張れ!  少年!・・・・力仕事ばっかだもんね・・・

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