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【ep.1】言えないのは、優しさか弱さか

世界が怖かった。
ただ "ここにいる" というだけで責められているような気がして。

だから誰かにとって役に立つ存在になれるように
誰も傷つけず害にならない存在であれるように必死だった。

少しでも "ここにいていいんだ" と安心したかったから。

幼稚園生の頃、風邪を引いてお風呂に入れなかった次の日。父が気合いを入れて髪を洗ってくれた。

「どうだ?気持ちいいだろう?」と嬉しそうに聞く父に、私は究極の2択を迫られたような気がした。一瞬ギュッと考えて私が選んだのは、正直に「痛い」と言うこと。

でもその直後、明らかにテンションが下がった父の声を聞いたとき、私は「間違えた…」と苦しくなった。今の正解はきっと「うん!ありがとう」って、嬉しそうに笑うことだったんだと。

そんな些細な "失敗" をコロコロ繰り返して、私の言動はだいぶ相手に左右されるようになっていった。相手が喜べば正解、相手が悲しめば不正解。

自分の言動で人を傷つけてしまったら、取り返しのつかなさで心が潰されてしまう。優しさなのか弱さなのか、だんだん間違うのがとんでもなく怖くなっていった。

中学校の文化祭。生徒会で劇をすることになった。耳が聞こえないけどピアノが上手な女の子の物語。

ピアノが弾ける役だったのもあり、周りのみんなが私を指名してくれた。主役なんて恐れ多かったけど、内心とても嬉しかった。

けれど。

生徒会にはもう一人ピアノが弾ける子がいて、「その役がやりたい」と言い出したのだ。決めかねた先生の提案で、全員がやりたい役を紙に書くことになった。

文化祭当日。私はステージの正面にいた。私がなれるかもしれなかったヒロインに、スポットライトを当てるために。

私が紙に書いたのは「照明係」だった。その後すぐ、主役はあの子に決まり、私を推してくれたみんなは残念そうだったけど、「主役はやりたくなかったんだね」と引いていった。

当然の結果。私が決めた未来。

ステージを明るく照らしながら、なんて皮肉なんだろうと苦笑いした。だって本当は立ちたかったから、あの舞台に。

あの子が言い出さなければ…なんて、一瞬でも思ってしまう自分の弱さ。周りの空気に逆らって「やりたい」と言い出すのに、どれだけ勇気がいるだろう。私はこんなにもお膳立てしてもらったチャンスさえ掴めなかったのに。

ずっと世界が怖かった。
私なんてお呼びじゃない気がして。

やりたい人がいると分かっているのに、その役を志願なんてできなかった…?ううん、それだけじゃない。

主役なんて似合わない、と思った。それを本当はやりたいなんて、恥ずかしくて言えなかった。それに何より怖かったんだ。"本当の気持ち" を言ってしまった後に訪れるかもしれない、最悪のシナリオが。

相手に合わせることが、相手の幸せに繋がると思っていた。たとえ自分を犠牲にしても、正しいことなのだと信じてきた。

たしかに、私が照明係になったことで、あの子の想いは叶えてあげられたかもしれない。だけど優しさとか言って本当は、逃げてきただけなんじゃない…?

今度こんなタイミングが訪れたなら、
今回のことはちゃんと反面教師にしよう。

眩しい照明の陰で、静かに誓った。

***

「私が私を表現できるようになるまで」の物語集。ep.1は、自分の気持ちが全然言えなかった頃を象徴するようなお話。

言えないのは、優しさか弱さか。どちらの意見もあるだろうけど、私は人の想いを尊重して身を引いてしまうことを「弱さだ」と、決め付けたくはないなと思う。そこにはきっと、胸がキュッとなるような優しさがあるはずだから。

だけど、中学生の自分にもし声をかけられるなら「やりたいって言ってもいいんだよ」と言ってあげたい。あなたにも想いを伝える "権利" があるよ、と。

きっとこのエピソードは、周りを尊重して自己犠牲的だった私が、自分の想いや権利を認識するきっかけになった話でもあると思う。人の幸せを願うのは素敵なことだけど、同じように自分も幸せになっていいはず。そのバランスは、今でも難しいけどね。

そんな私が「表現できるようになるまで」、次回のお話も見守ってもらえると嬉しいです^^

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このお話をテーマにした動画を作りました。
テーマ曲は「明日への手紙/手嶌葵」。

予告編朗読と3つアップしているので、ぜひあわせてお楽しみください!


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