手のふるえと、復帰について

今でこそ、少しずつ人前でオーボエを吹いて、細々とですがプロ奏者として活動してゆけるようになりましたが、こんな日は、私には二度と来ないと思っていました。

信じられないほど、手がふるえた

まだ実家に住んでいたころの話です。オーボエを数年間まったく吹かない日々を経て、もともと専門にやってきたことを伏せるようにして入団した、地元のアマチュア吹奏楽団の初めての定期演奏会で私は、舞台の上で大失敗してしまいました。

開演から終演までずっと、両手がふるえて止まらず、今にも楽器を落としそうなぐらいでした。与えられたソロもまともに吹けそうになく、代わってもらったぐらいです。

客席には、私の久しぶりの舞台を楽しみに来てくれたお客さまもいらして、ほんとうに私は、どうすればよいのかわかりませんでした。両親が、ともにインフルエンザで寝込んでいて、来られなかったのが唯一の救いでした。もちろんご一緒した団員さんたちにも心配をかけてしまいました。

克服しようとしたアマチュアの日々

当時パートで事務員をしていた私にとって、毎週末のその吹奏楽団での活動はとても楽しいものでした。ただ、やはり練習でも本番でも、人前でオーボエを吹くたびに手のふるえは隠せませんでした。当時は人前で吹く前には必ず頓服のふるえ止めを飲んでいました。

また、緊張をどう扱ってゆけばよいのか、たくさん本を読みました。もともと私は、そんなに本番に弱いタイプではなかったのです。吹奏楽団もずっと練習だけならば楽しいのですが、必ず本番の日はやってくるものなので、いつもそれが恐怖でした。いかにやり過ごせるかを考えていました。

一度、考えを大きく変えてみたことがあります。自分のためではなく、周りの、仲間のみんなのために吹こうと。そう思って立ち向かった本番では、なぜかほとんど震えず、成功したな、と感じたことを覚えています。

今となってはリハビリの期間として、その吹奏楽団での日々のことをお話ししていますが、当時はリハビリなどという意識ではありませんでした。こんなに人前で吹くのが苦手な私は、きっと二度と人前でプロとしては吹けないだろう、という諦めがあったからです。専門に学んでいたプライドなど、そこではもうありませんでした。

そうこうしているうちにコロナ禍になり、本番の演奏会が何度も何度もつぶれました。大好きだった毎週の練習も中止されてゆきました。いつ練習が再開されるのだろうか、再開したときは最高の演奏をして仲間に認められたい、という一心で、実家で熱心にオーボエの練習を続けました。そうしていると自然と、当初よりだいぶ技術が戻ってきました。

結婚と減薬で、ふるえはおさまった

2021年の夏に夫と出会い、その後実家から車で1時間程度のつくば市に転居しました。吹奏楽団の活動は水戸市でのもので、なかなか通うのが大変になったため、残念ながら冬に退団しました。

夫は、自分が体調を崩した経験などから日々の生活にとてもこだわりがあり、夫と生活しているうちに、以前から増えるいっぽうだった精神疾患の薬が減り、ついに2022年5月、ゼロになりました。転居と同時に主治医が代わったのも功を奏したと思います。

薬がなくなってからの本番で、私はびっくりしました。ふるえないのです。つまり、手のふるえは、単なる薬の副作用だったのです。けっして私が弱いからでも、プロ失格だからでも、なんでもなかったのです。

現在、年明けからまた少し調子を崩して、その副作用がある薬を飲んでいますが、ふるえは前ほどではありません。急がずに、でも確実にまた薬をなくしたいと思って生活しています。

復帰ができて、嬉しい

少し前までは私は、もう一生アマチュアとしてやってゆくしかないんだ、それも楽しくていいかな、とも思っていました。今は細々と、来た仕事来た仕事と向き合って、プロとして吹かせていただける日々を送れています。音楽を通していろいろな方と交流ができて、とても嬉しいです。

特に昨年12月に行った「第1回サロンコンサート 樹の詩」では、ピアニスト吉田琢磨さんの大きなお力添えをいただいて、オーボエとピアノによる名曲を多くのお客さまにお届けすることができました。とても充実した時間でした。

吹奏楽団の団員さんたちとも、個人的な交流は続いていて、演奏会のたびに水戸市まで観に行き続けています。もし夫と出会っていなかったら、今もそこで楽しく吹き続けていたかもしれません。団内で結婚なんてしていたかもしれません。それなりに、ふるえなくはなっているかもしれませんし、ずっとあの苦悩を抱えたまま走り続けているかもしれません。誰にもわからないことです。

とにかく、調子をやや崩している今は、無理をしすぎず、でも自分が届けられる範囲で、オーボエを使って音楽を届けてゆけたら、と思っています。まだまだこんなハッピーエンドのお話をするタイミングではないかもしれません。食事と運動、睡眠など生活に気を配って、焦らずにまた、ふるえない自分に戻りたいです。それから多少のふるえではびくともしないように、強くもなりたいです。


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